バシオンの教皇
ソレムネの蒸気戦列艦を全て沈め、反獣王組織を壊滅させた俺達は、プリスターズギルド総本部にある教皇の間に招かれた。
さすがに全員は無理だから、エンシェントクラス全員にセカンダリ・オーダーのミーナ、レイドリーダーにファースト・オーダー、そしてアリアだけが来ている。
「此度は我がバシオンをお救い頂き、心より感謝申し上げます」
目の前にいる妙齢のラビトリーの女性が、教皇イデア・リプセット・バシオンだ。
女性プリスターの正装でもある緋袴に白衣、その上に教皇の証でもある袖の長い白い羽織、
神楽舞でも舞うのかって思っちまったぞ。
余談だがバシオン教皇とリベルター総領は、就任中のみ国名を名乗る事を義務付けられている。
グランド・プリスターズマスターでもある教皇はともかく、リベルター総領は5年ごとの選挙で選出されるが、立候補出来るのは力のあるトレーダーかリベルターの貴族だけだから、外交の面で不都合が生じてしまう。
リベルターは大公家っていう外交を担う家があるが、それでも王じゃないって事で、リベルターの両隣のソレムネとレティセンシアは、リベルターを見下しているらしい。
だから国主に就任すると同時に国名を名乗ることで、ある程度だが威厳を保たせるようにしているんだそうだ。
「此度の侵略行為は、アミスターとしても捨て置けぬ事態でした。ですが教皇猊下はもちろん、バシオンに被害が無く、私達としても安堵しています」
シャザーラさんが捕らえたソレムネ海軍南方方面艦隊総司令っていう肩書を持つハイヒューマンと、プリム達が捕らえたレイン・エスタイト王爵の尋問は行われているが、両者が協力関係であった事は判明している。
とはいえ、まだ尋問は始められたばかりだから、重要な情報が出てくるとしてもこれからだろう。
「全ては、ラインハルト陛下のご采配のおかげです。バシオンは裕福な国ではありませんが、出来る限りの褒賞を用意させて頂きます」
俺達やオーダーはともかく、ハンターには必要だな。
「それからマナリース殿下、バシオン複領の件ですが、明日バシオンの民に通達する事になりました」
準備早いな。
バシオンはプリスターズギルドが運営している国だが、教皇を始めとするプリスター達は、出来る事なら国の運営には関わらず、プリスターとして活動したがっている。
だから何年も前からアミスターに複領を願い出ていたそうなんだが、バシオン教を始めとするプリスターズギルドはアバリシアとソレムネ、撤退したレティセンシア以外の全ての国にある。
バシオン教国が建国されたのは今から200年程前だが、同時にプリスターズギルドが設立されたのもこの頃になる。
フィリアス大陸の宗教はバシオン教が最大だが、それ以外にも土着信仰もあるし、バレンティアには
だから宗教間でのいざこざも少なくなかったんだが、それが発展して宗教戦争になる事を恐れた
当時はバリエンテも前身である6つの獣王国だったし、アウラ島もトラレンシアの建国前だった。
リベルターやレティセンシアだって、小国が点在していたと聞いている。
だからアミスター国内にプリスターの聖地を作るのは良くないと判断され、アミスターの南西にある宝樹を聖地と定め、割譲されて建国されたそうだ。
ちなみに6つの獣王国がバリエンテ連合王国として纏まり、小国が連合してリベルター連邦となり、小国だったレティセンシアが周囲の国を滅ぼして皇国となったのもこの頃だ。
アバリシアの初侵攻があり、ソレムネが力でフィリアス大陸を支配しようと目論んだ事が大きな原因だが、ソレムネは今でもフィリアス大陸の支配を諦めておらず、虎視眈々と隣国を狙っている。
俺達のせいで、手痛いしっぺ返しを食らってるけどな。
「明日ですか?いえ、アミスターでも数日中に公表する準備は整っていますが、こんなに早く公表しても問題はないのですか?」
「はい。そもそもバシオンの民は、アミスターのおかげで日々の生活を送れている事を理解しています。ですから、アミスターへの複領を願う者も少なくありません」
それはそれでどうかと思うが、バシオンは国土が狭く、特産品も無いから、多くの物資、特に食料はアミスターからの輸入に頼っている。
100年程前に
バシオン所属のハンターが入ってはいるが、ハイクラスは少ないし、何よりそのディスフルテ迷宮は第10階層辺りまではIランクやTランクモンスターしか出ず、第11階層になってようやくCランクが、第19階層でやっとBランクが出てくるそうだ。
現在確認されている第21階層ではSランクモンスターが確認されたらしいが、それでもほとんどが低ランクモンスターばかりだから、素材としては使いにくく、魔石もそこまで高値で取引されてる訳じゃない。
なんで第21階層で探索が止まってるかだが、そのSランクモンスターがS-Iランクのレッド・ファングだってのが理由だ。
前に俺とプリムが倒したグリーン・ファングの亜種で、火を操る狼さんだな。
「分かりました。では兄王には教皇猊下のお言葉を伝え、いつでもフロートにお迎えできる準備を進めさせていただきます」
「お手数ですが、宜しくお願い致します」
バシオンがアミスターに複領した後は、フロートにあるプリスターズギルド・アミスター本部が新たな総本部になる予定だ。
教皇だけじゃなく枢機卿もフロートに移動って事になるし、父なる神の神像も移動させるそうだが、これを機に新しい総本部の建立も考えているらしい。
エスペランサ総本部は宝樹の中にあるが、フロートには天樹しかない。
天樹はアミスターの王城でもあるから、さすがにそっちは使えないんだが、代わり天樹の枝を使い、さらに桜樹も植樹する事で、エスペランサの総本部と似たような雰囲気になる神殿を考えているんだとか。
ちなみにエスペランサ総本部は、そのまま聖地として使い続けられる事になり、アミスターのヘッド・プリスターズマスターが神殿長を務める予定らしいぞ。
「それでは皆様、晩餐のご用意を整えております。大広間にお集まりください。その前に大和様と真子様、アリアは、申し訳ございませんが留まっていただけますか?」
これから戦勝記念の晩餐って事になってるんだが、何故か俺と真子さん、アリアだけが残るように指示された。
いや、教皇としても俺に聞きたい事はあるだろうから、別に構わんのだけど。
「分かりました」
他の方々はプリスターに案内されて、大広間に向かうために退室する。
マナやプリム、ミーナは何か言いたげだったが、教皇のお願いって事もあって、俺に一声かけてから退室していった。
「申し訳ありません。ですが天空の島を手に入れた大和様とは、一度ゆっくりとお話をしたかったのです」
「ああ、なるほど」
その理由は納得出来る。
イデア教皇がアルカの存在を知ったのは、俺がヘリオスオーブに転移した直後の神託らしい。
同時に新たな
だけどいずれ、
ところが俺が宝樹の根元にある石碑を使い、アルカに転移した事で状況が変わった。
だから新たな神託がイデア教皇に下り、アリアを神託の巫女として派遣する事になったという。
プリスターズギルドでもアリアの派遣には物議を醸したそうだが、当のアリアは神託で指名されていたから、プリスターが何を言っても別の者をって訳にはいかない。
今でも納得していないプリスターはいるらしいが、そこは俺の関与する問題じゃないと思う。
「アリアから聞きましたが、先日エレクト海上に真子様が転移された直後に、神託が下ったとか」
「ああ、あのふざけた神託ですか。本当に一言だけだったらしいし、意味もまるで分かりません」
教皇の前でこんな事を言うのはなんだが、マジで意味が分からんかったからな。
なんだよ、コンプリートって。
何が揃ったってんだよ。
「お気持ちは分かりますが、あまりそのような事は口にされない方が良いですよ。プリスターの中には問題視する者もおりますから」
苦笑しながらやんわりと嗜めてくるイデア教皇だが、それが普通だろうな。
「シンイチ様もそうだったと伺っていますが、
「ああ、それは私達の世界、というか住んでいた国の影響が大きいと思います」
だな。
日本は神社こそ多いが、国民全員が熱心な信者って訳じゃない。
というか神社の息子の俺でさえ、ロクな信仰心は持っていない。
そもそも本当に神がいるのかすら怪しいから、神社を詣でるのも正月とか何か願いたい事がある時ぐらいだ。
一応参拝の手順は決められているが、知ってる人の方が珍しいな。
「私もそう伺っています。ですから、アリアが選ばれたという事も。そもそも初代教皇ルナリア様も、アリアと同じく熱心な信者という訳ではありませんでしたから」
初代教皇が、熱心な信者じゃなかった?
いや、それは普通に大問題なんじゃね?
「それはシンイチさんの神託の巫女だから、という理由もあるという事ですよね?」
「そのようです。ルナリア様は初代教皇でもあらせられますが、同時に初代の神託の巫女でもあらせられます。そしてルナリア様には、神帝の正体も告げられていたのです」
その話は、アリアから聞いている。
初代教皇ルナリア・ミブは、神託を受けてシンイチさんの元にやってきたハイラビトリーで、お互い反目し合いながらも愛を育み、3年後に結婚した。
当時のシンイチさんはアミスターでハンターとして活動していたが、バシオン教国を建国するためにルナリア様と共に現在のエスペランサへ赴き、ホーリナーズギルドの設立にも携わり、自分はグランド・ホーリナーズマスターとして団員を鍛え上げたんだとか。
現在のグランド・ホーリナーズマスターはシンイチさんの直弟子でレベル54のハイオーガだが、マジでシンイチさんの事を尊敬していた。
さらにシンイチさんはレベル95で、トラレンシアのカズシさんより高いし、このレベルを上回った者は誰もいない。
そのルナリア様は、シンイチさんのために数々の神託を受け、アバリシア侵攻の際に姿を見せたアバリシア神帝さえ、あと一歩のところまで追い込んだそうだ。
それが今から30年程前で、それ以来アバリシアの侵攻は無いんだが、その時の傷が元でシンイチさんやカズシさん、エリエール様は亡くなっている。
神帝はレベル86だったそうだが、剣状の刻印法具を生成し、刻印術も使いこなしていたらしく、レベルでは上回っているシンイチさんやカズシさんでさえ苦戦を強いられた。
刻印具の破壊は成功したようだが、刻印法具を生成出来れば刻印具は必要ないし、むしろ刻印法具を使う方が精度も強度も上がるから、完全にシンイチさん達を舐めてたって事だろう。
話を聞く限りじゃ、神帝は刻印術師優位論者の可能性が高いな。
レベルも俺より上だし、多分術式の精度も俺より上な気がする。
真子さんと比べると分からんが、レベルは真子さんの方が下だから、俺達でもかなり苦戦しそうだ。
真子さんに協力してもらって、刻印融合術っていう双刻生成者の切り札を試してはいるんだが、一向に成功する気配がないんだよなぁ。
「大和様、真子様。異界からの
話が神帝の事にまで飛ぶと、突然イデア教皇に頭を下げられた。
どうやらイデア教皇も、今のヘリオスオーブが歪められた世界だって事を知ってるみたいだ。
まだ時間はあると思うが、アルカを管理しているホムンクルス達の話じゃ、神帝は魔化結晶を取り込んで魔族となり、その力をさらに増しているとか。
刻印法具に対するには刻印法具って事はないんだが、魔族と化した神帝が相手となると、最低でもエンシェントクラスに進化してないと戦えないのは間違いないだろう。
「教皇猊下、何故私と大和君だけなのですか?今は戦う事が出来るエンシェントクラスは、私達2人を除いても4人いますし、進化目前と思われてる人も少なくありませんが?」
それは俺も思う。
現在戦闘可能なエンシェントクラスは、グランド・ハンターズマスターを含めると6人になる。
さらにリディアとルディア、ミーナやフラム、エオスだって進化目前と言っても良いレベルだし、トラレンシアに派遣された人達の中にも進化が近いと思う人はいる。
いくら神帝が魔族になってその力を増したとしても、10人を超すエンシェントクラスが相手じゃ、さすがに分が悪いだろう。
「誓約があるため詳しくはお話出来ませんが、恐らくは無理でしょう」
ところがイデア教皇は、10人を超すエンシェントクラスが相手でも、神帝は倒せないって言ってくる。
「私も、魔化結晶の事は存じております。ノーマルクラスがハイクラスに、ハイクラスがエンシェントクラス並の魔力を手にすることも。ではエンシェントクラスが使った場合は、一体どうなるのでしょうか?」
エンシェントクラスが使った場合って、いや、そもそもアバリシアにエンシェントクラスなんて……。
「いえ、神帝のレベルが86ということ事は……」
「あっ!」
真子さんに言われて気が付いた。
そうだよ、神帝がレベル86ってことは、エンシェントヒューマンって事じゃねえか!
ってことは魔族と化した神帝は、エンシェントクラスより上って事か!
「誓約があるため、私からお答えする事は出来ません。ですから恐らく、アリアから伝えられる事になるのではないかと」
ここでも誓約かよ。
ヘリオスオーブを救ってほしいっていう割には、誓約が多過ぎやしませんかね、神様達?
試練って言われたらそれまでかもしれんが、もうちょっと情報を小出しにしてもいいだろうに。
だけどイデア教皇の様子だと、多分エンシェントクラスの上に、別のクラスがありそうだ。
進化の条件は、恐らくレベル101なんじゃなかろうか?
ヘリオスオーブでレベル100を超えた人はいないし、最高レベルがシンイチさんの95だから、そこまで到達するのはとんでもなく大変そうだ。
だけどアバリシア神帝がエンシェントクラスを凌駕する可能性が高い以上、大変でも頑張って目指してみるしかない。
今の俺のレベルは82、真子さんは70だから、不可能ってことはないだろう。
まあ、しばらくはソレムネに対処する必要があるから、それが終わってからになるんだが。
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