魔石の研究と試作獣車

 トラレンシア女王様と側付きのバトラーをアルカに招待した翌日、俺はフィールのアーキライト子爵邸を訪ねた。

 昨夜アルカに招待したヒルデガルド陛下は、本当にアルカが空にあることに驚いていたが、うちの女性メンバーに案内されて湯殿を堪能したらしい。

 滞在期間は4日らしいから、今日は俺達が献上した魔石を見た後は、プリムやマナとの旧交を温めるんだそうだ。


 それはいいんだよ。

 さすがにリカさんは無理だったが、それでもミーナやフラム、リディア、ルディアにアテナも参加らしいが、これも分からんではない。

 だけどなんで、俺だけハブられるわけ?

 いや、それを聞いたら、今回は女の子だけで話したいことがあるって言われちまったから、俺も何も言えないんだけどさ。

 なので俺は、フィールのクラフターズギルドで製作中の試作獣車へのミラーリング付与と、アーキライト子爵に頼んでいた魔石の研究の経過を聞いてみようってことにした訳だ。

 既にミラーリング付与は終わったから、この後の内装工事はクラフターズギルドにお任せしてあるぞ。


「なるほど、それで大和君1人で私の屋敷に来たのか」

「研究がどうなってるのかも気になってましたからね。それに嫁さんとはいえ、ガールズトークに混ざる勇気はないですよ」

「それはな。何の話をされているのかは、何となく予想できるが」


 およ、アーキライト子爵、プリム達がどんな話してるのか、何となくでも分かるのか。


「それで魔石の方だが、凡そは君の考えている通りだった」


 予想でもいいから教えてもらおうと思ってたら、先に魔石の方の答えが返ってきた。

 だいたい俺の思ってた通りってことは、魔石には魔物の情報があったってことか。


「ということは、やっぱり情報があったってことですね?」

「ああ、あった。だが個体差もあるようで、同じ魔物の魔石でも、全く同じということではなかったな」


 それは興味深いな。

 個体差があるのはわかってたし、実際に同じ魔物でも手強く感じる個体はいたから、それも証明されたってことになるぞ。


「まだ研究は必要だが、現時点で判明したことは魔物の名称、生態の一部だ」

「一部とはいえ、生態も分かったんですね」

「ああ、私も驚いたよ」


 アーキライト子爵は、数の多いオークの魔石を調査しているそうだ。

 アライアンスで大量の魔石がもたらされたこともあって、キングやクイーンの魔石も手に入れやすいし、同種の通常種から災害種までを比較することもできるから、調査をする方としてはやりやすいんだとか。


「オークの生態は、それなりに知られている。だが魔石を調べてみると、今まで知られていなかった生態もいくつかあった。その1つが、オークの妊娠期間と成長期間だ」

「それ、かなり貴重な情報じゃないですか?」


 オークの妊娠期間は約1ヶ月、成体になるまでの期間は2ヶ月ほどと言われていたはずだ。

 だけどアーキライト子爵が調べた限りだと、通常種の妊娠期間は約1ヶ月だが、上位種グラン・オークは約2週間、希少種ジャイアント・オークは約1週間、異常種のプリンセスは1日らしい。

 災害種のクイーンは1日に何度も出産出来るって言われているが、それも事実だったそうだ。


「プリンセスも毎日出産出来るってことですか」

「そうなる。もっとも生まれた子のランクがどの辺りになるかまでは、まだ調査できていないんだが」


 あー、確かに父親がキングなら、ほぼ確実に希少種になるそうだし、異常種同士や災害種同士みたいな組み合わせもあるから、調査には時間掛かるよな。


「それは仕方ないですけど、成体までの成長期間も分かったんですよね?」

「ああ。こちらもモンスターズランクによって決まっている感じだな」


 通常種と上位種は1ヶ月程、希少種は10日、異常種と災害種は1日足らずで成体になるそうだ。

 ってことは異常種や災害種は、放置する時間が長ければ長い程、その数を増やしていくってことか。

 どうりでマイライトのオークに、異常種や災害種が多いわけだ。


「また面倒な。一度本格的な山狩りでもしないと、殲滅は難しいってことか」

「マイライトの広さを考えると、それでも無理だろうな。集落を見つけ次第、殲滅していくしかないだろう」


 イデアル連山程じゃないとはいえ、マイライトも広いからな。

 さすがに終焉種が現れるようなことはないだろうが、それでも災害種は普通にいる感じになるから、フィールだけじゃなく他の街や村にも被害をもたらす可能性が高い。


 だけど俺が思ってたより、全然凄いことになってるな。

 アーキライト子爵が言うには、異常種や災害種も元は通常種や上位種だったらしく、その進化をモンスターズランクで追うことが出来ると言っていた。

 実際オーク・キングの魔石をいくつか調べたそうだが、何体かは普通のオークやグラン・オークが最初の形態だったらしいし、オーク・エンプレスが生んだと思われる個体はオーク・プリンスだったことも確認できたそうだ。


「そこまで分かったんなら、成果としては十分じゃないですか?」

「私もそう思うが、判明した生態は一部でしかないから、もう少し研究をしてみるべきだと思っている」


 そういやアーキライト子爵は、ブルーレイク・ブルを家畜化するための参考になるんじゃないかと考えて、この研究を引き受けてくれたんだった。

 判明した生態もあるが、まだまだ不明点は多いから、研究は続けたいっていう子爵の気持ちも分かる。


「でも俺からしたら十分ですよ。判明した生態の中には、魔物の攻撃方法とか特殊能力みたいなのもあったんだから、上手くすれば本当にあれが出来るかもしれない」

「仮想現実、だったか?それを利用して、安全に魔物と戦えるようにしてみたいという君の考えは?」

「ええ、そうです。特に異常種より上になると、基本的には滅多に遭遇しないから、不意に遭遇なんかしたら大きな被害をもたらす。だけど事前知識として、幻相手でも戦うことができていれば、対策は取れなくもないでしょう?」

「それは確かにな。だが幻が相手では、どのような攻撃手段を持っているかはともかく、攻撃力は分からないぞ?」

「それも考えてます。とはいえ、実際に出来るかは試してみないと何とも言えないんですが」


 AR技術の詳細は分からないが、天与魔法オラクルマジックを使えば出来るんじゃないかと思う。

 攻撃力や防御力なんかは、魔石から読み出したり魔力から推測できると思うから、あと必要なのはHPゲージか。

 実際にダメージが残るわけじゃないから、それで過信する奴は出てくるかもしれないが、そこは自己責任の範疇でいいだろう。


「なるほど、ステータリングか。だがそれでも、十分とは言えなくないか?」

「そうなんですよね。だけどステータリングを使わないとどうにもできないと思うんで、どんな感じにするかはこれから考えますよ」


 魔石の研究結果待ちだったから、具体的な構想は全くと言っていい程なかったからな。

 だけど通信機も何とかしたいから、どっちを優先させるかは悩む所だ。

 一応通信機の方は考えがないわけじゃないし、エド達にもだいたいの考えは伝えてあるから、優先させるとしたらやっぱり通信機の方か。


「その話は、私も少しだが聞いている。仮想現実とやらにも興味はあるが、優先度が高いのは通信機の方だろう。なにせ、遠方と会話することができるのだからな」


 そうなるよな。

 G-Sランククラフターに昇格できたことで、Gランクの教本も読めるようになったから、俺の出来ることは格段に増えた。

 魔法を使うから無理矢理感は拭えないが、それでも出来なくはないと思う。


「よし、それじゃこれから、どうやるかを考えてみますよ」

「ああ。私もこれまでの成果を、トレーダーズギルドに報告してこよう。ハンターズギルドも無関係ではいられないから、これからは領代の仕事だけではなく、トレーダーとしても忙しくなりそうだよ」


 そう言いながらも、楽しそうに笑うアーキライト子爵が印象的だった。


Side・フィーナ


 私は今、造船所に来ています。

 先日完成した試作魔銀ミスリル船、そしてロッキングという奏上魔法デヴォートマジックが認められて、私はP-Gランクに昇格しました。

 ですからPランクの教本も購入することができたため、その技術を使って試作船体の製作を行っている所なんです。


「フィーナ、試作の船体が出来たよ」

「分かりました。では本体を乗せてみます」


 乗造部門ビークル・チーフ マランさんに言われて、私は本体に組み込まれている念動の天魔石を起動させました。

 天魔石は魔石を加工し、天与魔法オラクルマジックの特性を持たせた魔石のことです。

 念動の天魔石はその名の通り、念動魔法の特性を持たせてありますから、重い物を動かしたり、遠くの物を取り寄せたりできますし、慣れれば作業の補助に使うこともできるようになるため、クラフターからの需要は多いんです。


 通常は念動の天魔石を使っても、獣車のような大きな物を持ち上げることはできません。

 ですが私が起動させた念動の天魔石は、苦も無く試作獣車を持ち上げ、試作船体に乗せていっています。


 これには理由がありまして、この天魔石は加工こそ宝玉部門オーブ・チーフ エルドさんが行っているんですが、使われたのは大和さんの念動魔法なんです。

 エンシェントヒューマンの大和さんは、何十トンもあると思われるサウルス種を軽々と、それも何体も同時に念動魔法で持ち上げることができますから、獣車の移動は簡単です。

 それに車体もですが、船体を接続するためにいちいちアテナさんやエオスさんに竜化してもらうワケにもいきませんから、念動の天魔石を使うことは初期から決まっていました。

 加工した魔石はダーク・ドラグーンの物ですが、Mランクモンスターの魔石を使えることは皆無に等しいですから、エルドさんも喜んで加工してくださいましたね。


「接続完了。少し動かしてみるわね」

「お願いします」


 そう言ってマランさんは、船大工さんと共に本体を押したり、デッキの上で飛び跳ねたりしています。

 遊んでいるようにしか見えませんが、これも大事な確認作業なんです。


「全く動かないわね。コネクティングとロッキングの二重補強は、十分に有効だって判断してもいいと思う」

「ですな。特にロッキングは、他にも使い道がありそうだ」


 マランさんと船大工の棟梁でもあるドワーフのボルトさんから、お墨付きがでました。

 後は細々とした微調整に使用感の確認が必要ですが、それはベール湖やアルカでも試せますし、トラレンシアに行くことにもなりましたから、それで十分な判断は下せるでしょう。


「ありがとうございます。後は本体の内装が終わったら一度引き取らせていただいて、実際の使用感を確かめたいと思います」

「そうね。そしてこれが成功していたら、次はいよいよ……」

「お待ちかねの天樹ですな。船体は翡翠色銀ヒスイロカネを使うってことだが、本体と車体は天樹を使うから、乗造部門の士気は高いぞ」


 マランさんもボルトさんも、早く天樹を使いたくて仕方ないという顔をされていますね。

 ですがそれも当然ですし、私も気持ちはよく分かります。

 なにせ天樹を下賜されたのは大和さんが初めてですし、それまではフロートの腕利きですら簡単に扱うことが出来なかったんですから。

 最初乗造部門の人達は、天樹を使えるというだけで、全て無料で仕上げるとまで言っていたぐらいです。

 もちろん乗造部門の人達にも生活がありますから、正規のお値段を支払いますよ?


「それと内装だけど、こっちも最初の試作と同じ感じでいいの?」

「それなんですけど、客室の間取りを変更することになりました。あと車輪やクッション、客室の寝台もグランド・ワームになりますから、少し感触は変わると思います」


 最初の試作獣車の車輪やクッション、客室の寝台はMランクモンスターのグラン・デスワームを使っていますが、今回の試作はP-Rランクのグランド・ワームになります。

 ですから座り心地や寝心地は多少悪くなると思いますし、車輪の寿命も短いんじゃないかと思います。


 ちなみに今回新造した試作獣車は、外観こそ最初の試作と同じですが、後部デッキは2メートル伸長してあります。

 それに伴ってミラールームも拡張されたため、広さは驚きの1,300平米になってしまいました。

 ですから大和さん達の寝室は70平米、私達とラウス君達の寝室も50平米に拡張しました。

 さらに同じ広さの寝室を1つ、50平米の貴賓室を2部屋、30平米の使用人室に40平米の工房も用意しています。

 さらに6平米の客室も50部屋あり、可動式の仕切りを使うことで、最大5部屋を繋いで使えるようなっています。


 おトイレは客室以外の各部屋に備え付けてありますが、イスタント迷宮での反省を踏まえてリビングの隣にも40平米を確保、お風呂も100平米です。

 リビングは150平米ありますが、普段は仕切りで半分の広さになるようにしてあります。

 キッチンもイスタント迷宮での経験から独立させ、20平米を確保しました。

 残った300平米は、中庭を兼ねた従魔用のスペースです。

 十分な広さがありますから、体の大きなジェイドやフロライト、シリウスも窮屈な思いをしなくて済みます。

 さすがに飛べる程の余裕はありませんけど。

 さらに従魔用出入口は車体後部に収納式にする形に変更されていますから、前の試作のようにスロープを登る必要もなくなりました。


「それでもPランクモンスターなんだから、十分に高級品よ?」

「だな。まあ希少な高ランクモンスターの素材も使えるわけだから、俺達としてもありがたいが」


 確かにMランクどころかPランクの素材ですら、一生に一度使えるかどうかです。

 私達は大和さんとプリムさんのおかげで大量に使っていますが、普通のクラフターからすれば羨望の状況と言えますから、よく知り合いからは羨ましいと直接言われていますね。


「お邪魔します。ああ、いた」

「え?ああ、大和さん。どうかしたんですか?」


 そこに、アーキライト子爵のお屋敷に行かれていた大和さんが来られました。


「ああ。そっちは研究成果も聞けたし、近い内にトレーダーズギルドに経過報告に行くって言ってた。その後で納品とユニオン・ハウスの事でクラフターズギルドに行ったら、試作の船体が完成間近だって聞いたから、様子を見に来たんだよ」


 ああ、そうなんですね。

 でしたら丁度良いタイミングです。


「だったら丁度良いな。見てみろ、これを」

「おお、船体に獣車が乗って、ちゃんと浮いてますね」

「おうよ。まあ船体は20メートルクラスだから、獣車のオプションとは言い難いが、全体的なバランスも悪くないと思うぞ」

「ですね。さすがに船に船を乗せる感じになるからどうかと思ってたんですが、俺の疑念を払拭してくれる出来ですよ」


 喜びの表情を浮かべる大和さんですが、何度かの仕様変更を経てようやく完成したんですから、その気持ちはわかります。


「初めての事だから、仕様変更は仕方ないわよ。だけど従魔の出入り口を使えるように段差とスロープを設けてあるから、船上戦闘には使いにくいかもしれないわよ?」

「こればっかりは仕方ないですよ。そもそもの話として、どこに従魔の出入り口を作るかって言う問題があったんですから」


 そうですね。

 従魔の出入り口は、本体後部に収納する形で作り付けられています。

 使用する際は縁から引き出し、固定してから開くことになるため、それなりの手間がかかりますが、他に出入口を設けられるような場所は思いつきませんでしたから、苦肉の策でもあります。

 ですがそのおかげで、後部デッキを開く形だった以前の試作本体より使いやすくなりましたし、従魔が専用のスロープを登る必要もなくなっています。


 ところが船体に乗せるとなると、これはこれで問題になってきます。

 ですから後部の従魔出入口を塞がないよう、本体から後部デッキに行くためには段差やスロープが用意されており、従魔出入口に続く部分は緩やかなスロープが設けられているんです。


「まあな。後部デッキを使うっていうのはいいアイデアだと思ったが、アライアンスで使うことを考えると、逆に使えなくなっちまう。それなら多少の手間はかかっても、この形にした方がいい。それに念動の天魔石で出し入れできんだから、そこまで手間でもねえだろ?」

「ですね」


 念動の天魔石は、本体と船体、車体の固定だけではなく、従魔出入口の展開や収納にも使われています。

 全て前部デッキの御者席にある天魔石に魔力を流すことで使えるように調整していますし、念のために予備も用意してありますが、簡単に使われたりしないように天魔石は備え付けられている瑠璃色銀ルリイロカネ製の箱に納められており、さらにロッキングで鍵まで掛けてあります。

 この天魔石はドラグーンを使っていることもあり、希少な物でもありますから、防犯には気を遣っているんですよ。


 ですが試作獣車を新造する必要がありましたから、また天魔石を作る必要がありましたし、天樹製獣車を作る際にも必要になりますから、全部で5つ程余分に作ってもらうことになりましたけど。

 天魔石は他にもいくつかの種類を装備させています。

 何が有用か調べるという意味もありますが、念動の天魔石のように必須の物もありましたから。


 ですがこれで、本当の意味で試作獣車は完成しました。

 後は内装を整え、試乗することになりますが、折よくトラレンシアに行くことになりましたから、獣車としても船としても、そしてドラゴニアンによる運搬も試すことができます。

 これで問題がなければ、次はいよいよ天樹を使うことになりますから、しっかりと使用感を確かめなければなりません。

 私だって天樹を使うことは、すごく楽しみにしているんですから。

 いえ、既に私は、何度か使っているんですけど、それはそれ、これはこれですからね。

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