オーダー・スキャンダル

 メモリアに到着と同時に騒ぎに巻き込まれたが、それもひと段落して、俺達はヒーラーズギルドに向かうことにした。

 メモリアの新しいサブ・オーダーズマスターに就任予定のクリスさんが、ヒーラーズギルドにいるってことだから、何があったのかを聞かないといけない。

 何となく予想はついてるんだが、それでも本人から確認しないといけないからな。


「こ、これはマナリース殿下、ユーリアナ殿下!」


 ヒーラーズギルドの2階にあるベッドに横になっていたクリスさんが、マナとユーリの姿を見るなり体を起こした。

 だけどまだ回復しきってないらしく、フラついている。


「動かないで横になってなさい。オーダーズマスターから、あなたがヒーラーズギルドにいるって聞いてきたんだけど、いったい何があったの?」


 マナはクリスさんに横になるように言い聞かせてから、単刀直入に何があったのかを問いかけた。


「はい。私はメモリアでジェザールの身辺調査を行っていたのですが、路地裏で女性が暴漢に襲われている現場に遭遇しました。そこに介入したのですが、驚いたことに暴漢はジェザール、そして彼の取り巻きのオーダーでした。その場は何とか退けたのですが、それを耳にしたオーダーズマスターが、私に報告しないよう話を持ち掛けてきたのです」


 おいおい、サブ・オーダーズマスターが路地裏で女性に暴行しようとしてたって、完全にアウトじゃねえか。

 しかも取り巻きまでって、治安もクソもあったもんじゃないだろ。

 さらにオーダーズマスターまでそんなことを言うなんて、不法地帯でしかないぞ。


「なんですって?」

「もちろん私はそれを断り、宿舎に戻って報告書を書いていたのですが、その最中に大型の魔物がメモリアに迫っているとの報告を受け、急いで装備を整え、門に向かったのです。ですがその途中で、不意をつかれてしまい……」


 大型の魔物ってのは、十中八九アテナのことだろうな。

 ドラゴニアンはアミスターにはいなかったから、オーダーが竜化したドラゴニアンを魔物と勘違いしてしまったことは、ある意味じゃ仕方ないと思う。

 だけど連絡は入れてたんだから、魔物って断定しなくてもよかったはずだぞ。


「1つ聞くけど、あなたはその大型の魔物を目にしたの?」

「はい。ですがそれは魔物などではなく、獣車を抱えたドラゴンでしたから、連絡のあったドラゴニアンだと分かりました。獣車にはマナリース殿下、ユーリアナ殿下、フレデリカ侯爵が乗っておられることも、しっかりと記憶しています」


 それで安堵してしまい、その隙をつかれたってことか。

 だけどクリスさんはレベル47だし、隙をつかれたとしても早々遅れをとることはないはずだ。

 仮にジェザールが襲ってきたとしても、調査してる相手なんだから、油断することもないだろうしな。

 いや、他にクリスさんを襲う奴なんて、考えられないんだが。


「あなたを襲ったのは誰ですか?」

「ジェザールです」


 やっぱりか。

 クリスさんは1人で門に向かってたんだが、途中で合流したオーダーズマスターとともにアテナが抱えている獣車を確認したそうだ。

 だから慌てる必要はないということになったんだが、そこにジェザールも取り巻きと共に姿を見せ、迷わずに迎撃を進言してきたらしい。

 さらにジェザールも獣車を確認していたそうなんだが、その獣車は魔物に戦利品として運ばれてる最中だと判断してたっていうから、もうオーダーの不祥事なんていう次元の話じゃなくなってきた。

 クリスさんとオーダーズマスターは、当然だがジェザールの進言を却下したんだが、ジェザールにとってクリスさんは自分の地位を奪いに来た相手になるから、背後から攻撃を禁じたクリスさんに剣を突き立てた、というのが流れらしい。


 オーダーズマスターも、ジェザールがそこまでするとは思っていなかったようだが、そのタイミングで他のオーダー達とも合流したため、クリスさんにトドメを刺すことは出来ず、それどころか自分の取り巻きを斬り捨てることで自分が仕出かした所業を隠そうとまでしたんだとか。

 浅はかにも程があるが、クリスさんはそこまで確認してから意識を失ったそうだ。


 そこまで話を聞いて、案の定、リカさんは青い顔になってるし。


「なるほどね。これはすぐに、メモリアを離れるわけにはいかないわね」

「そうですね。少なくとも総本部のオーダーを呼びつけてからでなければ、私達も動けません」


 サブ・オーダーズマスターが、調査員を殺害する寸前だったんだからな。

 しかもこの件はオーダーズマスターも目撃しているが、オーダーズマスターはマナが問い詰めるまでクリスさんのことを告げなかったんだから、不祥事なんていう次元の問題じゃない。


「幸いにも時間はあるから、エオスに飛んでもらって、グランド・オーダーズマスターを連れてくるわ。ユーリはメモリアにいてもらう必要があるから」


 エオスなら1時間半あれば飛べるそうだから、準備とかも含めても日が沈む前にはメモリアに戻って来れるだろう。

 だけど、マナとエオスだけで行かせるわけにはいかないぞ?


「それでしたら、私も行きます」

「あたしもよ。大和だってOランクオーダーなんだから、残った方が良いでしょうしね」

「そうですね。ですがフロートには、マナ様だけではなくオーダーの証言もあった方が良いですから、私も同行します」


 プリム、ミーナ、フラムと、俺と正式に結婚してるメンバーが、マナの護衛に名乗りを上げた。

 確かにミーナはオーダーで、昨日Sランクにも昇格してるから、連絡はつけやすいと思う。

 フラムは弓術士だから、空飛ぶ魔物に襲われてもどうとでもできる。

 さらにエンシェントフォクシーのプリムまで同行ってことだから、護衛としては全く不足がない。


「分かった」

「悪いけどお願いね。クリス、報告書は?」

「まだ途中ですが、ストレージに入れてあります。ですが、私に傷を負わせた件については……」

「それは仕方ないわ。でも調査員に剣を向けたんだから、それだけで十分、ジェザールを罷免することができる。いえ、それどころか犯罪奴隷確定ね」


 犯罪奴隷と言っても、ハイクラスには隷属魔法の効果が薄いから、この場合は処刑ってことになる。

 取り巻きもいるってことだが、そっちはノーマルクラスなら犯罪奴隷でいけるだろう。

 斬り捨てられた連中以外にもいるだろうが完全に自業自得なんだから、知ったことじゃないけどな。


「私は屋敷に戻って、メモリアの治安がどうなっているのかを、お母様に確認しなきゃだわ」

「じゃあリカ様の護衛は、俺達が行きます」


 リカさんの護衛には、ラウスとレベッカ、キャロル、ユリアが立候補してくれた。

 だけどキャロルとユリアはハンターでもオーダーでもないからってことで、リディアも行ってくれるそうだ。


「そうですね。でも獣車はマナ様たちが使うから、徒歩になってしまいますよ?」

「それなら護衛も兼ねて、ジェイドにも行ってもらうよ」


 ジェイド達従魔は獣車に乗ったままだから、召喚する必要もないしな。


「いえ、ユーリ様もいらっしゃるのだから、オネストの方がいいでしょう。私もアマティスタ侯爵家の別邸にお世話になってたんだから、ご挨拶ぐらいはしておかないといけないし」


 そう思ってたら、アプリコットさんが口を開いた。

 確かにアプリコットさんはフィール在住中、アマティスタ侯爵別邸に厄介になってたから、そう考えるのは分かるし、オネストなら5人ぐらいは乗れるから、そっちの方が良いか。


「わかった。じゃあ俺とアテナ、ルディアは、ジェイドと一緒にユーリを護衛をする。気になることもあるしな」

「ええ、そっちはお願い。それじゃ行ってくるわ」

「私達も行きましょう」


 マナはプリム、ミーナ、フラムと一緒に獣車に乗って、メモリアを出ていった。

 あ、エド達は獣車で作業中だから同行って形になってるし、マリサさんもついていってるぞ。

 リカさんはアプリコットさん、キャロル、ユリアと一緒にオネストに乗って、その周囲をリディア、ラウス、レベッカが護衛して、アマティスタ侯爵家に向かっている。

 ジェイドは外で寂しそうにしているが、ルディアとアテナ、ヴィオラが行ってくれたから大丈夫だろう。


「クリス、ヒーラーズマスターはどうされたのですか?」

「孤児院の人手が足りないため、そちらにおられます。ですが最近、ヒーラーズギルドは治癒がおざなりになっているという話も聞いていますので、ヒーラーズマスターはかなりお疲れになられています」


 やっぱりかよ。

 クリスさんは腹を剣で刺されたってことだから、治癒のためにはノーブル・ヒーリングとブラッド・ヒーリングを使うことになる。

 それでもしばらくは安静にしておく必要があるんだが、ベッドから起きられないような事態にはならない。

 クリスさんはそんな事態になっているわけだから、使われた治癒魔法ヒーラーズマジックはハイ・ヒーリングだけで、血液を回復させるブラッド・ヒーリングは使われてないだろう。


「その通りで、私に使われた治癒魔法ヒーラーズマジックはハイ・ヒーリングのみだそうです。まだ調査中の案件だったのですが、高ランクヒーラーの中にはジェザールと通じていた者も少なくないらしく、街の人達の不安を煽っていると聞いています」

「そうですか。つまりジェザールは、ヒーラーズギルドすら私物化しているということですね?」

「おそらく、としか」


 ユーリがキレる寸前だが、気持ちは分かる。

 ヒーラーズギルドは、ユーリの曾祖母サユリ様が設立したギルドだ。

 サユリ様がグランド・ヒーラーズマスターになられることはなかったが、今でもヒーラーの少ない町や村に赴いて治療を行っている。

 ユーリはそのサユリ様に憧れてヒーラーになったんだから、怒るのも当然だし、普通に王家を敵に回す案件だな。


「クリスさん、ヒーラーズマスターが掛かりっきりになってる孤児院って、もしかしてリカさんが場所を用意したところですか?」

「そうだね。正確には空き家になっていた屋敷を先代アマティスタ侯爵が買い取って改装し、孤児院として使っている。ヒーラーズマスターだけではなく他のギルドマスター達も賛同し、協力してくださっているんだけど、先任のオーダーズマスターは貴重なオーダーを使う意味がないということで、警備を減らし、それは今も続いているらしい。その結果ならず者達が孤児院周辺に集まり、子供達を脅したり、金品を巻き上げたりしているとも聞いているね」


 孤児院出身のハンターが見回りをしたりしてくれてるそうだが、何度捕まえてもすぐに現れるとも続いた。

 それ、確実にジェザールが裏で手を回してるだろ。


「そうですか。でしたらまず行くのは、その孤児院ですね」

「だな。俺にはオーダーズマスターの行動を縛る権限はないが、それでもOランクオーダーってことで、グランド・オーダーズマスターが来るまでは何とかできるだろう」

「いや、大和君。アウトサイドとはいえOランクオーダーは、かなりの権限があるって聞いてるよ。少なくとも問題行動を起こしたオーダーは、それがオーダーズマスターであっても捕らえることができたと思う」

「そうなんですか?」


 そんな話、聞いた覚えが……あ、そういや授与式典の後で、トールマンさんからオーダーズギルドの契約書を渡されたな。

 もしかして、それに書いてあるのか?

 俺はステータリングを開いて、その契約書がストレージに仕舞い込まれていることを確認してから取り出した。


「何々……げ、マジだ。しかも、使用許可の出てる騎士魔法オーダーズマジックも書いてあるじゃねえか」


 契約書にはクリスさんが言ったことがそのまま書かれてたし、俺が使うことができる騎士魔法オーダーズマジックも書き記されていた。

 驚いたことにスキャニングも使えるみたいだが、実はそれ、天賜魔法グラントマジック魔眼魔法で使えるから、まったく意識してなかったぞ。

 さすがにヒアリングや、ロイヤル・オーダーが使う天樹城内を移動する魔法は無理だったが。


「まあ、あの時は立食パーティーの前でしたし、翌日にはお姉様やミーナ、フラムとの結婚儀式があったんですから、そっちに意識が行っていたんでしょうけど……」

「それでも確認ぐらいはしておこうよ……」


 ユーリとクリスさんの視線が痛い。

 実際にユーリの言う通りの理由で、契約書のことは今の今まですっかり忘れてたからな。

 さらにその後はアミスターを裏切ったハイハンター ルクスのせいで面倒事に巻き込まれたから、思い出す余裕もなかったんだよ。

 とはいえ問題行動を起こせばオーダーズマスターですら拘束できるってことなら、先にそっちを何とかしとくべきだな。


「それは大丈夫だと思う。オーダーズマスターはジェザールに強く出られなかったことからも分かると思うけど、基本的に気が弱い人なんだ。あと私にジェザールの問題行動を報告しないように言ってきたのも、オーダーズマスターという地位を失いたくないからだよ。それと孤児院の見回りについてはジェザールに一任していたから、多分本人はしっかりと見回りができていたと思ってるんじゃないかな?」


 いや、それはそれで問題だろ。

 保身のために報告するなって、オーダーとしてどうなんだよ?

 しかも孤児院のことはジェザールに丸投げしてたって、普通にアウト案件じゃねえか。


「オーダーの風上にも置けませんね。それだけで十分、オーダーズマスターを解任する理由になります。クリス、あなたはサブ・オーダーズマスターとして赴任してくることになっていますが、いっそのことオーダーズマスターになってはどうですか?」

「それはさすがに勘弁していただきたいですね。確かに私の子供はまもなく成人しますが、同妻の子はまだ5歳ですから」


 クリスさん、結婚してたのか。

 つうか子供がまもなく成人ってことは、もしかして40歳近いお歳ってこと?


「大和君、何か聞きたそうだね?」

「いえ、何でもありません」


 脊髄反射で返したが、視線に殺気が籠ってたぞ!

 女性の年齢を聞くなんて自殺行為以外の何物でもないんだから、いくら俺でもそんな迂闊な真似はしないって。


「そうですか。ですがご家族もメモリアに引っ越すことになるのですから、そこは何とかなりそうなものですけどね」


 オーダーズマスターは男性が務めることが多いが、女性が皆無っていうわけじゃない。

 理由としては、女性は妊娠するとオーダーとしての職務をこなすことができなくなり、子供がある程度大きくなるまでは休職することも珍しくないからだ。

 これはサブ・オーダーズマスターも同じだから、フィールのサブ・オーダーズマスター ローズマリーさんは、オーダーズマスター レックスさんと結婚すれば、サブ・オーダーズマスターを退くことになっている。

 だけど子供が大きくなれば復帰できるから、それからオーダーズマスターに就任する分には問題ない。

 確かクリスタロス伯爵領やボールマン伯爵領のオーダーズマスターは、そういった女性だったはずだ。


「そこは陛下やグランド・オーダーズマスターの判断次第ってことか。さすがにオーダーズマスターまで不祥事を起こしてたとは、思ってもなかっただろうな」

「でしょうね。とはいえサブ・オーダーズマスターの横暴を放置していたのですから、候補ぐらいはいると思いますよ」


 ああ、それもそうか。


「よし、それじゃアテナとルディアも連れて、オーダーズギルドの本部に行くか。そこでオーダーズマスターに釘を刺してから、孤児院に行ってみよう」

「そうですね。ですがその前に、『ブラッド・ヒーリング』。どうですか、クリス?」


 おっと、そうだった。

 クリスさんはハイ・ヒーリングのみしか使ってもらってないから、ベッドから起き上がることができないんだが、ユーリがブラッド・ヒーリングを使うことで、体を起こせるようになった。

 本来ならノーブル・ヒーリングも使うべきなんだろうが、ハイクラスにノーブル・ヒーリングを使うと、ヒーラーもかなりの魔力を消耗する。

 動けなくなることはないまでも消耗は避けられないから、先のことを考えて使わなかったんだろうな。


「ありがとうございます、殿下。かなり楽になりました」

「ですが、まだ無理をしてはいけません。お姉様達がフロートに飛んでくれていますから、今日中にはグランド・オーダーズマスターもメモリアに来られるでしょう」

「マナリース殿下もドラゴニアンと契約されたと聞き及んでいますが、まさかフロートまで短時間で行けるとは。すごいものですね、ドラゴニアンの竜化というものは」


 獣車ごと運搬できるっていうのも強みだよな。


 さて、それじゃオーダーズギルド本部に行くとするか。

 本来ならクリスさんにも護衛は必要なんだが、ユーリのブラッド・ヒーリングのおかげで失った血も戻ってきてるから、まだ無理はできないとはいえ防御ぐらいなら何とかなるはずだ。

 それにジェザールの息のかかったヒーラーがいるとしても、そのジェザールは既に隷属魔法まで使って捕縛してあるから、耳の良い奴なら今頃は逃げ出す算段をしててもおかしくない。

 念のためにオーダーズギルドに行ったら、信用できるオーダーに護衛を頼んでおくけどが。

 その後で孤児院に行って、ならず者ってやつがいたら片っ端から狩っておかないとだな。

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