侯爵への返答

Side・フレデリカ


 私は今、とても困惑している。

 私の屋敷に集まるのは5時だったはずなのに、既にウイング・クレストが来ているんだから。

 まだ3時を過ぎたばかりなのに、こんなに早く来るなんて、さすがに早過ぎるわよ?


「というわけで、アビス・タウルスの肉を持ってきました」


 何がというわけなのかわからないけど……いえ、私の屋敷に集まるのは、ここ最近は大和君やプリムローズ嬢のしでかしたことが原因になってることが多いから、せめてもの気持ちということで、食材を用意してくれたんでしょうけど……。


「だからといって、いきなり災害種の肉を持ってこられても、こちらとしては反応に困るんだけど?」


 思わず口に出てしまったけど、やっぱりですか?みたいな顔をされても、こっちも困るんだけど?


 確かにアビス・タウルスはブルーレイク・ブルの災害種だから、そのお肉が美味だということはわかる。

 わかるんだけど、アビス・タウルスの討伐なんて、私が知ってる限りじゃアミスターでは初だから、食べたことがある人は、それこそ王族でもいないんじゃないかと思う。

 湖の国とも言われているレティセンシアじゃ何度か討伐実績があるそうだけど、それもアライアンスでだし、レティセンシアのハンターはおろか、騎士団でさえほとんど参加していなかったとも聞いてるけど。


「アビス・タウルスのお肉なんて、食べたことありません!」


 無邪気に喜ぶのは我が国の第3王女、ユーリアナ殿下。

 アーキライト子爵の屋敷にご滞在されているんだけど、今回のアライアンスは私が知る限り最大規模の戦力を派遣し、対処に当たることになっているから、アーキライト子爵と共に来訪なされているの。

 ソフィア伯爵も来られていて、万が一の事態や最悪の事態の想定を、何度も行っているわ。

 エンシェントクラスが2人もいるから、よっぽどのことがなければフィールを放棄するような事態にはならないと思うけど、それでも想定しないわけにはいかないし、対応も検討しなければいけないから、領代としてはイヤな仕事よね。


「普通、災害種の肉など、倒すのが精一杯なのだから、食せる部分などほとんど残らないと聞いているんだがな……」

「今更よね」


 アーキライト子爵とソフィア伯爵は、既に諦めの境地に達している。

 そもそも大和君とプリムローズ嬢が出向いて解決できなかった問題はないし、それどころか次々と新しい問題を巻き起こしてくれるから、私達は連日、頭と胃が痛い生活を送らされていたわ。

 その過程でつい本音が漏れて、大和君にプロポーズしてしまったこともあるし、シングル・マザーになることを懇願してしまったこともあるけど、いくらユーリアナ殿下に許可を頂いたとはいえ、あそこまでストレートに迫っちゃうとは、我ながら思いもしなかった。

 やっぱり疲れてるんでしょうね……。


「ありがたいのは間違いないし、殿下も喜ばれてるからいいんだけどね。それじゃあミュン、今晩はこのお肉をメイン、はもう出来てるでしょうから、簡単な物でもいいから、追加するよう料理長に伝えてくれる?」

「かしこまりました」


 アライアンスに参加するハイハンターやハイオーダーへの景気付けにもなるし、来訪される人のことを考えれば、これ以上ない食材なのは間違いない。

 ありがたく使わせて貰うわ。


「それで、どうしてこんなに早く来たの?いえ、お土産はありがたいんだけど、それだけじゃないわよね?」


 ソフィア伯爵に先手を取られたけど、確かにお土産はありがたかったし、何より嬉しかった。

 だけど、それだけでこんな早くに来る必要はないはず。

 確かに仕込みとか調理の時間は必要だけど、それでも2時間近く前に来るのは早過ぎるって言ってもいいと思う。


「あ~、まあこれは挨拶代わりと言いますか、先に伝えておいた方が良いんじゃないかって思ったと言いますか……」


 大和君が顔を赤くしながら、言いにくそうに口籠ってるけど、もしかしてこれって、期待してもいいの?


「ふむ。察しはついた。ソフィア伯爵、我々は一度、退室した方がいいのでは?」

「みたいね。フレデリカ侯爵、私達は別室をお借りしますから、どうぞごゆっくり。案内をお願いできる?」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 アーキライト子爵とソフィア伯爵が、気を利かせて退室してくれた。


「ソフィア伯爵もアーキライト子爵も、気が利くというか、利かせすぎというか……」

「他家のことだし、何より本人達のことだしね。それより大和」

「わかってるよ。その、フレデリカ侯爵、俺は未だ、シングル・マザーには抵抗があります。だけど……だけど生まれてきた子がアマティスタ侯爵家を継いだら、責任は取りたいとも思ってます」


 一瞬断られるのかと思ったけど、そうじゃなかった。

 大和君は、その先の事まで考えてくれてたんだわ。

 私は嬉しくて、天にも昇る心地になった。


「じゃあ私、大和君の子を産ませてもらってもいいの?」

「侯爵が良ければ」


 良いも何も、私はずっとそう望んでたんだから、答えは決まってるわ。


「ありがとう、大和君。プリムローズ嬢、ミーナ、フラム、私は大和君の子を産みたい。そして子供が家督を継いだら、私と彼の結婚を許してもらえるかしら?」

「もちろんですよ」

「生まれたら、私達も会わせてください」

「可愛い子が生まれるんでしょうね」


 3人とも、快く了承してくれた。

 事前に快諾されていたとはいえ、大和君本人が首を縦に振らなければこの話はなかったことになっていたから、本当に嬉しいわ。

 いえ、私は本当にシングル・マザーになるつもりだったから、結婚できるなんて考えてもいなかった。

 幸福感で満たされるって、こういうことなのね。


「おめでとうございます、フレデリカ侯爵。これでアマティスタ侯爵家は安泰ですね」

「ありがとうございます、ユーリアナ殿下。ですが、ユーリアナ殿下は……」


 ユーリアナ殿下も祝福してくださったけど、その殿下も、大和君との結婚を望んでいる。

 褒賞の1つとして、ユーリアナ殿下かマナリース殿下が大和君に嫁ぐという案も出ているみたいだけど、既に成人されているマナリース殿下はともかく、ユーリアナ殿下はまだ13歳、ああ、昨日14歳になられたわね。

 どっちにしても未成年に変わりはないけど。

 17歳にならなければ、結婚は認められないから、ユーリアナ殿下が大和君に嫁ぐことになったとしても、あと3年は待たなければならない。

 なのに私は、結婚そのものは子供が家督を継いでからだけど、先に彼に抱いてもらい、子を産ませてもらうことになる。

 王家の姫を差し置いて、という形になってしまうのが、すごく申し訳ない。


「気にするようなことではありませんよ。そもそも大和様は既に結婚されていて、私は後から割り込んだ形になるんです。ですから私のことは気にせず、立派な子を産んでくださいね」

「ユーリアナ殿下……ありがとうございます」


 だけどユーリアナ殿下は、私の懸念を理解してくれたかのように、そう仰ってくださった。

 本当にありがたいことだわ。

 これからも私はアミスターの貴族として、一層励まないといけない。

 そして生まれてくる子を、立派な跡取りとして育てないと。


 アライアンスに参加する大和君とプリムローズ嬢の希望もあって、今日はアマティスタ侯爵家に泊まることになった。

 そこで私は、彼に抱かれることになる。

 男を受け入れるのは初めてだけど、そこはプリムローズ嬢が、アプリコット様に妊娠促進魔法プレグネイシングを使ってもらえるよう頼んでくれることになった。


 プレグネイシングは妊娠促進魔法だけど、それでも必ず妊娠できるようになるわけじゃない。

 元々ヘリオスオーブの女性は、妊娠しにくい。

 ハンターやオーダーみたいな戦闘職が、いきなり、それも大勢妊娠しましたって言われても困るから、避妊魔法コントレセプティングもあるんだけど、そんな事態は、ハッキリ言ってあり得ないと言える。

 そもそもプレグネイシングは、ヒーラーズギルドの設立を祝って、神々から賜ったとされる治癒魔法ヒーラーズマジックだから、ヒーラーズギルド設立以前には存在していなかったの。

 その時代の妊娠、出産は、成人してすぐに結婚したとしても、10年近くも子ができなかったなんて話はザラで、一生子供ができなかったっていう女性も普通だった。

 子供ができなかったっていう女性は今もそれなりにいるけど、それでも数は減ったって言われているわ。


 だから今夜、プレグネイシングを使って大和君に抱いてもらったとしても、私が妊娠できるとは限らない。

 というか、おそらく無理でしょう。

 だけど関係を持たないと子供はできないし、すぐに子供ができる人だっているんだから、こればかりは抱いてもらわないとわからない。


 それでも、私にとっては心から嬉しいことだから、アライアンスの決起会が終わったら、しっかりと湯浴みをして、身を綺麗にしておかないといけないわ。

 ついでってわけじゃないけど、プリムローズ嬢やミーナ、フラムからも話を聞いておきたいところね。


 今夜が楽しみだわ。

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