グラントプス

 昨夜はよく眠れなかった。

 いきなり異世界に転移して、戦闘に巻き込まれて、獣人貴族の護衛を依頼されてと怒涛の展開だったな。

 ザックまでの道中は護衛ってことで気が張ってたし、お互いに聞きたいことが山ほどあったから、考えるっていうより状況説明、把握で終わった。


 だがザックに到着し、宿に入って飯を食ってから一息つくと、それらの問題が一気に降りかかってきた。

 プリムとアプリコットさんが風呂に入って俺1人になってしまったことも、考える時間ができてしまった理由だ。


 かつてこの世界へやってきた客人まれびと達が、例外なくヘリオスオーブで亡くなっていることから考えても、俺が元の世界に戻る方法はない。

 俺がヘリオスオーブにやってくることになった原因を一晩考えたが、やはりどう考えても元の世界にある。

 少なくとも、あれと同等のものを見つけない限りは無理だろう。


 だが探すにしても、無一文じゃまず無理だ。

 アプリコットさんの依頼でフィールっていう町まで護衛し、ハンター登録もすることになったし、盗賊退治の懸賞金も入ったから当面は問題ないだろうが、だからって何もしないわけにはいかない。

 そのためにザックにある武具屋で、俺とプリムの装備を購入したところだ。


「あれだけ悩んでたのに、結局はオーソドックスな片手用直剣にしたんだ」

「本音を言えば、反りがある片刃の剣が良かったんだけどな。だけどフィールについたら魔銀ミスリルの武器を買うわけだから、このアイアンソードでも十分だと思ったんだよ」


 俺は刻印術やマルチ・エッジを生成できることから、武器はいらないって言ったんだが、護衛として素手というのはマズいと反論された。

 もっともだし、必要なことだと理解したから、とりあえずアイアンソードを買うことにしたんだが、元の世界で剣術を習っていた身としては、やはり日本刀が欲しかったというのが本音だ。

 だが異世界で日本刀といっても伝わらないだろうし、何より先を急ぐ旅でもあるからじっくりと探すこともできない。

 それにフィールで魔銀ミスリル製の武具を買うつもりでいるから、間に合わせとしては十分だ。

 同じ理由で、防具の購入も見合わせてある。


 ちなみにプリムも同じ考えなんだが、俺と違って武器を生成したりはできないから、念のためにと予備にアイアンスピアを購入している。


「まあ間に合わせだし、フィールまでもってくれればそれでいいしね」

「ああ。それに日本刀の製造方法ならある程度は知ってるし説明もできるから、フィールで頼んでみるのも手だと思ってるよ」


 そう、俺の持っている刻印具には、電子書籍や教科書なんかも入ってるし、いくつかゲームもインストールされている。


 刻印具は電子機器だから、当然電池が切れれば使うことができなくなってしまう。


 と、お思いだろう。


 だがその問題は、何十年も前から既に解決されている。

 刻印具は刻印術を使うことを大前提に製造されているため、いざというときに電池切れで使えませんでした、ではお話しにならない。

 つまり印子(魔力)を流すことでも使えるように作られているわけだ。

 さらに俺が持っている多機能情報端末状刻印具は、特別製でもある。

 印子を電力に変換することで簡易充電ができ、刻印化プログラムをフルスペックで使うことができる。

 試作品だからということで採算度外視で作られたこともあって、かなり高性能な刻印具になっている。


 その刻印具には、師匠から刀剣に関するデータを入れられてあるから、資料に関しては問題ないと言える。

 剣術を学ぶためには剣の構造や歴史、製法も知っておく必要があるってことで昔っから叩き込まれてたから、半分ぐらいは覚えちまったが。


「それはそれで面白そうだけど、いきなり頼んでも作ってはくれないんじゃない?」

「だろうな。まあ日本刀は俺の好みというか、趣味っていう部分も多々あるから、焦らずに考えるさ」


 魔力で強化もできるから、実用性も高いとは思う。

 魔銀ミスリルは軽いそうだから、取り回しも楽にできるだろうな。

 まあ俺には刻印法具があるから、どうしても欲しいってわけでもないんだが。


「それじゃあ馬を買ってから出発しましょうか」

「そうだな。というか、御者とかはいいのか?」

「うわ、そうだったわ……。馬には乗れるけど獣車なんて操ったことないし、雇ったほうがいいのかしら?」


 まあ、貴族のお嬢様、というかお姫様だったんだからそうだろうな。

 雇うってのが現実的な選択肢なんだろうが、こっちの事情もあるから簡単に雇うのも問題ある気がするな。


「そのことだけど、いっそのことグラントプスを買おうかと思ってるのよ。従魔契約をすれば、道中の私の護衛にもなるでしょう?」

「ああ、その手があったわね。いいかもしれない」

「グラントプスとか従魔契約とか、何だそれ?」

「グラントプスは地竜の一種ね。獣車を引かせても騎獣としても優秀だから、従魔契約をする人は多いわよ。力も強いしね」

「従魔契約っていうのは奏上魔法デヴォートマジックに分類されてる従魔魔法を使って、魔物と契約することよ。それを使えば魔物を1匹だけ、自分の従魔にすることができるのよ」


 なるほど、地竜に、それを使い魔にするための魔法か。


 人間が使役しているドラゴンの亜種は陸のグラントプス、海のプレシーザー、空のワイバーンがいるらしい。

 聞けばグラントプスはトリケラトプス、プレシーザーはプレシオサウルス、ワイバーンはプテラノドンっていう感じがするな。

 もちろん細かい違いはあるが、どうやらドラゴンは小説とかゲームとかで有名なドラゴンタイプと恐竜タイプがいるようだ。


 従魔契約ってのをすると護衛にもなるし、意思疎通もしやすくなるから、御者がいなくとも獣車を引かせることもできるようになる。

 まあ、その分高いし、餌代とかもけっこうかかるらしいが。


「俺は雇われてる身だから、2人がいいならそれでいいと思うぞ」


 盗賊退治の懸賞金のうち半分はプリムの取り分だが、それでも15万エルはある。

 予定外の出費には予定外の収入で対応するのがいいと思うんだが、プリムもアプリコットさんも頑として受け取ってくれなかった。

 グラントプスがいくらで買えるのか知らないが、それでも十分足しになると思うから、俺としては受け取ってもらいたかったんだがなぁ。


「なら決まりね。母様、獣舎に行きましょう。良い子がいるといいんだけど」

「そうしましょうか」


 まあ生き物だから、性格の良い方が扱いも楽だよな。

 そんなわけで俺達は獣舎に向かい、そこで1頭のグラントプスを購入した。

 初めて見たグラントプスは、本当にトリケラトプスだったから驚いたよ。

 角は二本だったが、見た目に似合わず人懐っこいやつだ。

 グラントプスの相場は10万エルが平均とのことだが、今回購入したグラントプスは7万エルだった。

 なんでも血統が良くないそうで、グラントプスにしては力が弱いそうだ。

 そのため買い手が現れなかったらしい。

 人懐っこくて大人しいのは魅力だが、道中の護衛戦力の一角を担うグラントプスの力が弱いのは、貴族や商人からすれば歓迎されないってのが大きな理由みたいだ。

 つか血統って、競走馬かよ。


「力が弱かろうと、そんなことは見た目で判断できないし、そもそもグラントプスに手を出す盗賊なんて、切羽詰まってるか倒せるだけの実力を持ってるかのどっちかだから、そこはあんまり気にしなくても大丈夫なのよ。大和君やプリムがいるしね」


 とはアプリコットさんの弁だ。

 確かに切羽詰まってる連中はともかく、倒せるだけの実力を持ってる盗賊に襲われたら、逃げるのも一苦労だ。

 だが俺とプリムなら、そこら辺の盗賊なら束になって襲ってきても返り討ちにできる。

 だからグラントプスの強さってのはあまり考慮しなくてもいいだろうってことみたいだし、そもそもグラントプスを倒せる盗賊がいるなら、ハンターとかオーダーとかが討伐に乗り出してるだろう。

 街道が危険ってのは、国にとってもハンターズギルドにとっても大問題だからな。


 アミスターでは、騎士のことをオーダーと呼ぶ。

 これには理由があって、アミスター王国にはオーダーズギルドがあるからだ。

 ギルドと言ってはいるが、オーダーズギルドはアミスター王国騎士団のことなので、アミスターにしかない。

 国王の直属組織でもあり、各地の治安維持部隊でもあり、貴族達の監視でもあるらしいぞ。

 ハンターが魔物狩りに特化しているとしたら、オーダーは対人戦に特化してると言えるか。

 まあどっちも戦闘職であることに変わりはないし、魔物狩りが得意なオーダーも珍しくないそうだが。


「それじゃあ契約してしまいましょうか」


 そう言うとアプリコットさんはナイフを取り出し、掌に傷をつけ、グラントプスの前足にも傷をつけた。そして傷口を合わせることで血を交わらせ、魔力を流しだした。


「『フォロイング』」


 従魔魔法は魔物と契約するための奏上魔法デヴォートマジックで、契約するためには自分の血と従魔になる魔物の血を交わらせて、魔力を流す必要がある。

 そうすることで簡単にだが互いの位置を察することができるようになり、魔法陣による召喚も可能となる。

 あとは意思の疎通もしやすくなるらしい。


 同じく魔物と契約する魔法に、召喚魔法っていうのもあるらしい。

 こっちは天賜魔法グラントマジックで契約できる数に制限はないそうだが、魔物の世話もしなきゃいけないし、何より餌代もかかるから、名のあるハンターや金持ちでもなければ使いにくい魔法だそうだ。

 その召喚魔法で契約した魔物は、召喚獣と呼ばれているんだとか。


「これでよし。あなたの名前はオネストよ。よろしくね」


 アプリコットさんがグラントプスに名前を付けると、それぞれの傷が跡形もなく消えて、オネストと名付けられたグラントプスは一声鳴くと、アプリコットさんに甘えるようにすり寄った。


「あとは獣具を付ければ、いつでも出発できるわね」


 契約が終わったことを確認すると、獣舎の人がオネストに獣具を取り付け始めた。

 獣車を引いてもらうことが前提なわけだから、当然獣具も購入しているぞ。


 おっと、どうやら終わったようだ。

 宿で昼飯も買ってきてあるから、これでいつでも出発できるな。

 この世界にはストレージングっていう収納魔法にミラーリングっていう拡張魔法、それらの魔法を付与したマジックバッグっていう魔導具があるから、出来立ての料理を収納して旅先で食べることも簡単にできる。

 本当に便利な魔法だよな。

 ちなみにストレージングもミラーリングも奏上魔法デヴォートマジックに分類されているが、ミラーリングは普通に鏡としても使えるらしい。


「それじゃあ出発しましょうか。よろしくね、オネスト」


 元気よく一声上げたオネストを優しく撫でながら、アプリコットさんが目を細めた。

 相性もいいみたいだし、問題はなさそうだな。

 オネストの餌を購入し、俺達はザックの町を後にした。


 ザックからフィールまでは、獣車を使えば3日ほどだが、徒歩だと4日から5日ぐらいかかる。

 徒歩だと場合によっては野宿をせざるをえないが、獣車だとエモシオンという大きな街、北にあるプラダ村に宿泊することができる。

 進路上にあるエモシオンと違ってプラダ村は少し寄り道することになってしまうが、宿で一泊することができるため、フィールに向かう人達はほとんどがプラダ村に宿泊するそうだ。

 俺達としても野宿は避けたい事情があるから、ザックの街を出た俺達はエモシオン、プラダ村に向かっているところだ。


 あ、今は真夏で、ヘリオスオーブの暦だと7月15日ってことになってるぞ。夏は日が長く、冬は短いってのは地球と変わらないみたいだな。

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