13.そしてまたあのひとがそこにいる 4

「僕的にはわりと他愛なくないやつを貰ったこともありますね。父の日とか」


 不二は新田の父親について聞いてみたときのことを思い出した。結構内容が重かったうえにまさか二連発で作り話を聞かされるとは思ってもみなかったのでその件は今でもちょっと根に持っている。


「あれは嘘じゃなくて創作だから」


「こんな酷い詭弁なかなかないですよ」


「まあその件はちょっとやり過ぎたかなーという気持ちが全然ないとは言わないけれど既に梅雨だったので許して欲しい」


「このひとなにもかも梅雨と暑さの所為にして乗り切るつもりだ」


「ははは、さておき」


「話題の切り替えが自由過ぎる」


「まずは原稿を出したまえ」


 新田が笑みを浮かべる。

 それは夏休みにはあまり見なかった、初めて会ったときのような不敵で、冷笑的な。


「室内プールの件はまだ終わったわけじゃないぞ。提出に足る内容かどうか今からチェックと校正をするからね。これが通らなければ」


 ごくりと不二が喉を鳴らす。


「と、通らなければ?」


「今日は何時まででもやる。下校時刻になったらフタバで閉店まで徹底的にやるから覚悟しておくように」


「マジですか…」


「プール行きたくないのかい?」


「い、行きたいです…」


「声が小さいな。私と室内プールにぃ!行きたいかぁ!」


「お、おぉー!」


「では見せたまえ」


「はい」


 原稿を渡すと新田は筆入れから赤い消せるボールペンを取り出して視線を落とし無言でチェックを始める。そこに先ほどまでのふざけた感じはまったくなく、真剣そのものだ。


 彼女の作業を黙って見守りながら不二は思う。

 確かに梅雨の頃や夏休みはこういう図々しいくらいのキレが無かったような気がする。

 そんな先輩も可愛くてよかったけれども、やはり文芸部長、新田律花にったりつかはこうでなくちゃ張り合いがない。

 夏休みが明けて彼は、久しぶりに本来の文芸部が戻ってきたような、少し奇妙な懐かしさを感じていた。




「ところで裸足ってことはまた水溜りにハマったんですね。廊下に凄い足あと残ってましたし」


「う、うるさいな」


「ドジっ子」


「黙りたまえ」

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