7.勝負にならない負け上手 7
「目の届くって…あ」
確かにアイスコーヒーの話を始めるまで、彼女は本を読んでいた。言われてみればえんじ色の表紙だった。どうして気付かなかった?
「手帳を目線の高さでひらひらさせてたのは」
「机の上に置いてある本から注意を逸らして欲しかったからね」
「時間をこまめに告げて来たのは」
「焦らせるためさ。目論見通り君は慌てて書棚に向かってくれたよ。表紙の色を聞く前に」
確かに、先に聞いていれば気付いたかも知れない。けれども書棚の前で大量の本を目に、しかも言われた色の表紙が50も60も並んでいるのを即座に見つけてしまったあの状況では、記憶の端にも浮かんでこなかった。
「読んだのは新学期以降って…」
「今日だって新学期以降だろう?私は事実しか言ってない。あのとき日付を細かく掘り下げられてたら一発アウトだったかもね。ここだけは綱渡りだったよ」
「ああああああああああもう、最初から仕組んでましたね!?汚いっ!汚いです先輩っ!」
頭を抱えて足をバタバタさせる後輩に得意げな笑みを向ける。
「ふふ、知的と言いたまえよ不二くん」
「ったくもー。はいはい知的知的」
ひとしきり不満をアピールし終えるとぞんざいな返事をしてアイスコーヒーを啜る。
「勝負とはね、始めたときには既に勝敗が決しているものなんだよ」
「どこの軍師ですか。そこまでして後輩に賭けを持ちかけるんだから酷い集りもあったもんですよ…ま、いいですけどね」
なおも上機嫌に語る新田の言葉に、にこーっと無表情な満面の笑みを作る。
「今日は色々聞けましたし、珍しいものも見れましたからね」
ぴくりと新田の眉が痙攣するように動いた。
「ちなみに最後の2分も机の上に意識を向かせないために小芝居を頑張った。なかなかの演技だったろう」
「え、あれはガチだったでしょ」
「演技だったよ」
「嘘だあ」
「嘘じゃない」
「…本当ですか?」
唐突に真面目な表情で念を押してくる不二と一秒目を合わせ、気まずそうな表情でふいっと視線を逸らす。耳が少し赤い。
「じゃあ、そういうことにしておきましょうか」
その様子に、不二は薄笑いで肩を竦めた。
「あーあ、また勝てなかった」
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