1.桜想えど筆は奔らず 3

 彼女はその従順な態度に満足したのか構えを解くとその丸まった肩をぽんぽんと叩いて自席へ戻って足を組む。


「さて、冗談はさておき」


「冗談なんですか、僕それなりに落ち込んだんですけど」


「もちろん部室にある本の背表紙くらい目を通してくれたほうが良い」


「あっはい」


「ぜんぶ私のオススメだヨ☆」


 少し空気を重くしてしまったことを憂慮した先輩はめいいっぱい茶目っ気を盛り込んで横ピースしながら言ってみたけれど、ふたりの間を悪魔が通り過ぎただけだった。


「あー、こほん。なにか言いたまえよ」


「えっと、すみません」


「そこで謝られるの逆にキツいのだけれども」


 ほほを赤らめた仏頂面で静寂に飲まれかけた先輩だったが、その空気を振り払うように目の前で両手をぱんっと合わせる。


「よし、この話はやめだ。今からフタバ行こう。今日は私が奢るよ」


「ええ…また急ですね」


「始業式の日から部室にこもっていることもあるまい。それに今思い出したが昼食を用意していない」


「あ、実は僕もです」


「よし、今日は好きなだけ食え、おかわりもいいぞ。とまでは言えないが、好きなコーヒーとサンドイッチくらいは私持ちだ。存分に崇めたまえ」


「ははーお供しますお大尽さま」


 一連のやりとりにくすくすと笑いあって荷物を手に早々に部室を出ていく。先輩も本気で叱っているわけではないし不二も本気で落ち込んでいるわけではない。それがわかる程度の信頼関係はあった。

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