第54話 アイスクリーム
「はぁ、なんだか熱くなってきちゃった」
シルが頬を赤くして湯から足を上げ、アルはそれをタオルで拭いてやる。
気温は二十度ほどで過ごしやすいが、ずっと足湯に浸かっていると流石に体が火照ってくる。
「足を暖めると全身が暖まるからな。冬なんかはもっと気持ちいいんだろう」
「そうですね、今度は冬にまた来たいですね」
「ねえねえ、温泉はいつ行くの?」
シルが期待のこもった目でアルとセアラを見る。
二人はもう少し風情のある町を散策したかったのだが、シルには景観を楽しむというのはまだ早かった。最初は珍しくて喜んでいたが、既に飽きていた。
アルがどうしたものかと考えていると、セアラが提案する。
「なにか甘いものでも探しませんか?」
「ああ、それはいいな。シルはどうだ?」
「甘いもの?うん!食べたい!」
現金なシルの様子に、二人は苦笑する。
シルに急かされた二人は足湯を切り上げて、改めて町を散策する。すっかり機嫌が直ったシルは、二人に手を繋がれながら軽くジャンプして遊んでいる。
ケット・シーは力は強くないものの、身のこなしは猫に通じるものがあるようで、そのジャンプ力に二人は驚く。
やがて気になるものを見つけたようで、シルの目が輝く。
「パパ、ママ、あれなに?緑色のアイスがあるよ!」
「本当ね!アルさん、分かりますか?」
二人が興味を持ったのは抹茶アイス。こちらの世界にも普通にアイスクリームは普及しているが、バニラやチョコレートの他は果汁と砂糖によって味を調整したものが一般的だった。アルは元の世界では好んで抹茶アイスを食べていたが、こちらでは初めて見る。
「あれは抹茶というお茶の一種だ。食べてみるか?」
アルの提案に二人はもちろんと首肯して抹茶のアイスを、アルはバニラアイスを注文する。
三人はアイスを受けとると、店先に置かれたベンチに座り、早速食べ始める。
「セアラ、シル、どうだ?」
「香りが良くて美味しいです!」
「私もこれ好き!」
シルが美味しそうに食べ進める様子を確認して、アルも自身のバニラアイスを食べ進めると、半分食べたところでセアラが提案をする。
「アルさん、交換しませんか?」
「いいのか?」
「はい、違う味も食べたいので」
「分かった、そうしよう」
いつものニコニコした笑顔でセアラが言うので、アルとしても断る理由などない。
「ママ、私もバニラ一口ちょうだい!」
早々に食べ終えていたシルがセアラにねだる。
「いいよ、じゃああ〜んして」
「あ〜ん……うん、バニラも美味しい!」
「ふふ、よかった」
三人仲良く並んでアイスを食べ終わると、それが呼び水になったのか、少し小腹が空いてくる。恐らく宿の食事が豪華なので、昼は食べすぎないように軽く済ませようと決めていた。何か適当なものは無いか、再び三人が散策を始める。
そんな三人が食べたのは温泉まんじゅうと、牛串。
牛串はその香りにつられてシルが食べたいと言い出したもの。アルとセアラはあまり温泉地に来た気分ではなかったが、シルが喜んでくれたので良しとする。
温泉まんじゅうは、単に温泉地で売っているまんじゅうではなく、本格的なものだった。生地に温泉水を使い、蒸すときにも温泉の蒸気を利用しているという説明書きがされていた。
小腹を満たしながら、ある程度散策を終えることができたので、三人は腹ごなしに歩いて旅館へと向かう。
「アルさんの国では、温泉はたくさんあったんですか?」
「そこら中にあったよ。火山が多い国だったから、温泉も湧きやすかったんだ」
「ここも火山があるの?なんだか怖いな……」
シルが二人の手をぎゅっと握る。
「シル、火山なんて別に珍しいものじゃないぞ?」
「そうなの?」
「ああ、もちろん活動している火山に近づくのは危険だが、噴火の心配がないやつもあるし、休んでいるやつもある。それにもし突然噴火しても、二人はちゃんと俺が守るから」
「はい」「うん!」
途中シルが疲れたと言い出したので、いつものようにアルが片腕で抱えてセアラと手を繋ぐ。
やがて目当ての温泉旅館『華月苑』が見えてくると三人は驚く。
「ここ、でしょうか?」
「ああ、そうだろうな」
「わー、きれいなお庭!」
アルもセアラも旅館の外観を全く聞いていなかったので、その佇まいに驚く。
たかだか町のコンテストの副賞なのだから、ちょっと豪華な二階建てか三階建ての旅館みたいなものをイメージしていた。
今三人の目の前に広がっているのは、見事に整備された広大な日本庭園。美しく刈り込まれた芝や木々、敷き詰められた玉砂利、錦鯉のような魚が泳ぐ池、遠くには小さな滝まで見える。
そしてその景観と調和するように、計五棟の離れが存在している。つまり部屋数は五部屋しかなく、予約が取れないのも納得だった。
「ようこそお越しくださいました、お名前をお伺いしてもよろしかったでしょうか?」
物腰の柔らかい、三十前後と見られる女性が三人を出迎える。その装いは着物で髪の毛と目の色はアルと同じく黒。アルはまるで日本にいるかのような錯覚を覚え、思わず呆けてしまう。
「お客様?」
「ああ、すみません、アルと申します。あまりにも故郷の装いに似ていたもので、ボーッとしてしまいました」
アルは言葉にしたあとにしまったという表情を浮かべる。隣ではセアラも驚いた顔をしている。
普段のアルからするとあり得ない失態ではあるが、それほどまでに女性と旅館の雰囲気に絆されていた。
「まあまあ、もしかしてユウキ様と同じ国のご出身ですか?」
アルはいきなり日本人らしき名前が出てきて混乱する。
「失礼、この国についてあまり知らないもので。ユウキ様とは?」
「ユウキ様はこの国を建国された方の一人ですね。あっ、このような場所で立ち話をするなど申し訳ございません。ついつい嬉しくなってしまいまして。それではチェックインを済ませて頂いてもよろしいでしょうか?」
女性に連れられて、三人は受付へと進むと壮年の男性が対応をしてくれる。
「アルの名前で三人で一泊の予約をしているかと思います。あとはこれを」
アルは副賞の宿泊券と、ブレットからもらった名刺を渡す。
「はい、アル様ですね。ファーガソン辺境伯様よりお話は聞いております。ではこちらへ」
ブレットはわざわざ魔道具を使って、連絡までしてくれていた。
アルは心の内でブレットに感謝をしつつ宿帳へ記入を終えると、入り口で出迎えてくれた女性が部屋へと案内してくれる。
セアラとシルは何もかもがとにかく新鮮なようで、キョロキョロしている。
日本庭園を損なわないように作られた回廊を歩き、いくつかの飛び石の先にある離れへと案内される。
「こちらが今回お泊まりいただく部屋となっております」
「和室……」
思わずアルが呟く。旅館の佇まいから予想できたとは言え、完全に和室が再現されているのを目の当たりにすると、驚かずにはいられなかった。
通された離れは二間の和室から庭園が見える、最高のロケーションだった。
「変わったお部屋ですね。靴を脱ぐのでしょうか?」
「はい、こちらで履き物をお脱ぎ下さいませ」
三人は女性に促されて靴を脱ぎ、部屋の中へと入る。畳の香りが鼻をくすぐり、思わずアルの表情が少し綻ぶ。それは初めてのセアラとシルも同様で、シルに至っては畳に寝転んで気持ち良さそうにしている。
「シル、行儀が悪いわよ」
困ったような顔をしてセアラが注意すると、はーいと言いながら、ちょこんと座布団に座る。
「ふふ、仲のよろしいご家族ですね。今回皆様の担当をさせていただきますリコと申します。よろしくお願い致します」
明らかに年齢的には親子では無さそうな三人について何も言うことなく、三つ指をついて頭を下げるリコに、アルたちも頭を下げる。
「よろしくお願いします。リコさんはもしかして……」
「私は転移者ではありませんよ。私の両親がそうでしたね。アル様は転移者なのでしょうか?」
ストレートな質問にアルは逡巡するが、ここは正直に言った方が情報が得られそうだと判断する。
「今さら隠しても仕方ないですね。私は日本という国からアルクス王国に召喚されてこの世界に来ました」
「そうでしたか、この国では転移者は大事にされますので、ご心配はいりませんよ」
そしてアルたちは少しの時間、リコに話を聞くことにする。
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