第33話 この先もずっと一緒に

 ステージにずらりと二十人の女性が姿を表す。

 今から行われるのは水着審査。当然全ての女性が水着を着用しており壮観だった。

 アルはセアラがどこにいるのかと思い視線をさまよわせると、真っ赤なビキニを着て恥ずかしそうにしているセアラの姿が見える。

 アルからすればどう考えても露出が激しいのだが、他の出場者を見て考えを改める。確かに布面積的にはセアラのものが一番大きいように見える。

 むしろ他の出場者のなかには、本当にあれは水着としての機能を果たすのだろうかと思えるものを着用している者もいた。


「うわぁ、ママすごい!一番きれいだよ!」


 シルが感嘆の声をあげる。出場者は確かに予選を通っている者たちなので、かなりスタイルがいい者ばかり。一番かどうかはともかくとして、その中にあっても決してセアラは見劣りしない。


 本選には水着審査とドレス審査があり、それぞれの衣装で一人ずつランウェイを歩く。最後に会場にいる観客が投票をして最多得票の者が優勝となる。そのため過激な水着を着て、目を引こうとする者が多いということだった。


「ああ、全く見劣りしないな」


「どうですか?アルさん!赤い水着がセアラの白い肌と金髪に映えると思いませんか!?まあ私としてはもっと攻めた水着を着させたかったんですが……泣く泣くあれで妥協しました」


 アルの感想を聞くためか、いつの間にか戻ってきているメリッサがアルに力説してくる。


「良く似合っているよ。露出は……正直なところ、あれでも多いな」


「アルさん……あなたはいったい何を言っているんですか?生娘じゃあるまいし!」


「そういうことを大声で言うな……」


「パパ、生娘ってなに?」


 案の定アルに抱っこされているシルが聞いてくる。


「……おい」


「ええっと……私セアラのとこに戻りますので」


 そそくさと退散していくメリッサにアルが嘆息する。


「まあ、シルみたいに小さい女の子って意味だ」


「ふーん、じゃあママは違うね!」


「……そうだな」


 的確ではないが、完全に間違っているわけではないのでいいだろうと、アルは自分に言い聞かせる。


「あ!最後はママの番だ!頑張れー!!」


 セアラがアルとシルをちらっと見て微笑むと、アルも微かに頬を緩めて頷く。

 先程までの恥ずかしそうな様子が嘘だったかのように、堂々と歩くセアラ。その表情は自信に満ちており、やはり妾腹とはいえ元王女だということを感じさせるに十分なものだった。

 そのどこか気品溢れる佇まいに、セアラの素性を知らない観客たちも息を飲む。


「セアラさん、かっこいいです」


 ヒルダがまるで恋する乙女のような視線をセアラに向ける。


「ええ、素晴らしいですわ……あなた、鼻の下は伸びてないですが、口を閉じてくださいまし」


「え?ああ、すまん。いや、あまりにも美しくて驚いたよ。いや美しいと言うのが、適切な表現なのか分からないくらいだ」


「ええ、本当に。あれでは……いえ、何でもありません」


 二人は面識のある他の王女たちよりも、セアラの持つ存在感が抜きん出ていると感じている。しかしそれを口に出すことはしなかった。


「パパ、ママすごいよ!」


「だから心配要らないと言っただろ?」


「うん!」


 水着審査が終わり、ドレス審査へと移るために少し休憩時間が設けられると、アルたちの回りからは先程の水着審査の感想が聞こえてくる。


「やっぱりあの九十八番の娘でしょ。あれは別格じゃないか?」


「順番が悪いよ。最後にあの娘が出てきたら、それまでの娘の印象が残らないだろ」


「俺ファンクラブ立ち上げるわ」


 最後の感想にアルは眉をしかめるが、特にこの場で何か言うことはしない。それでも、終わった後に本当にファンクラブが出来ていたらどうしようかと思案する。その結果、とりあえずセアラが困らない限りは手を出すつもりはないが、セアラにも自衛の策を持たせないといけないという結論に落ち着いていた。


「パパ、出てきたよ!」


「ああ、セアラは……!」


 アルが思わず息を飲む。長い髪を纏め上げて、瞳の色と同じ鮮やかなブルーのハイウエストデザインのドレスを着こなすセアラを見て、思わず見惚れてしまう。

 シルも瞳をキラキラと輝かせながら、『ほわあぁ』と言うだけで言葉にはならない。

 やがてセアラがランウェイを歩く。観客から上がるのは歓声ではなく、感嘆のため息。

 大声を出すことが憚られるような、どこか神聖な空気が場を支配する中で、柔和な笑みを浮かべて観客に手を振りながら堂々と歩くセアラ。

 その人並み外れた存在感を放つ姿から、誰も目を離すことは出来ない。その一挙手一投足を見逃さないように、観客が固唾を飲んで静かに見守る。

 そして自身の姿をぼーっと眺めている家族の姿をセアラが見つけ、一層笑みを深くして手を振ると、アルとシルはようやく正気に戻り手を振り返す。


「まるで魅了にかけられているみたいだな……」


 口をぽかんと開けて、同じように視線を動かす観客の様子を見て、アルが率直な感想を呟く。

 普段優雅な社交界に身を置いているはずのファーガソン家の三人でさえ、セアラの放つ存在感、そして彼女が持つ佇まいに魅了されている。

 そしてランウェイを歩き終えたセアラが元の位置に戻ると、怒号のような歓声が上がる。

 セアラはその歓声が自身に向けられているものだとは分かっておらず、全員の審査が終わったからだろうかと思っていた。


「ねぇパパ、ママ、優勝できるかな?」


 シルの笑顔が弾けている。アルに尋ねているものの、セアラの優勝を信じて疑っていないようだった。


「ああ、きっと優勝できるよ」


 既に投票所には長蛇の列が出来ているが、アルたちはセアラが戻ってくるまでは投票に行かず、その場で待つ。

 一方で、さすがにファーガソン家の三人は、並ぶことなく投票が出来たようで、すでに投票を終えていた。

 しばらくすると元のワンピースに着替えたセアラが、アルたちの元に戻ってくる。化粧はそのままだが、上げていた髪は下ろして一つに纏めており、いつもと違う雰囲気が新鮮だった。


「アルさん、シル、どうでしたか?」


「ママ、きれいだったし、かっこよかったよ!」


「ああ、すごかったよ。惚れ直した」


「え?そ、そこまででしたか?ありがとうございます」


 シルのまっすぐな賞賛と、アルの嬉しい言葉にセアラが顔を赤くするが、その表情は大輪の花のように明るい。


「じゃあ、俺たちも投票に行くとするか」


「はい!シルも行こ?」


「うん!」


 シルを真ん中にして手を繋ぎ、三人が投票の列に並ぶ。あれだけ目立ったのだから、さすがに回りからの視線があるものの、三人は気にも留めない。

 二十分ほど待って投票を終えると、時刻はもうすぐ二十時というところだった。

 このあと祭りのクライマックスでミスコンの優勝者が発表されるとのことだった。そして、それに間に合わせるため、投票所は片っ端から集計をしており、戦場のような慌ただしさを感じさせていた。

 三日間に及ぶ祭りもほとんど終わりに近づき、屋台の中には既に店仕舞いを始めているところも散見される。


「お祭り、終わってしまいますね……」


 徐々に片されていく屋台を眺めながら、セアラが寂しそうに呟くと、アルが空いている右手でセアラの左手を取る。


「セアラ、俺たちは来年も再来年もこの町にいる。だから何度でもこの祭りを一緒に楽しめるさ」


「私も来年も一緒に回りたいな!」


「そう、ですよね。ずっと家族でこの町に住んでいれば、寂しいことなんてないですよね」


「ああ、そうだ。俺たちはこの先もずっと一緒にいるんだから」


 セアラとシルはアルのその言葉に破顔する。

 アルは物心ついたときから両親はおらず、セアラは慕っていた母親から引き離され、シルは家族がいるかどうかも分からない。

 そんな三人だからこそ、これからも一緒にいてくれる存在がいるということが、堪らなく嬉しかった。

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