第30話 アルとシルのお祭りデート

「アルさん、シルにお祭りを見せてあげてもらってもいいですか?」


 メリッサによるセアラ改造プロジェクトが始まったことで、手持ち無沙汰になってしまった二人を見て、セアラが声をかける。


「ああ、そうだな。シル、行こうか」


「うん!」


「人が多いからはぐれないようにな。しっかり手を繋いでおこう」


「うん、分かった」


 二人は通りに出ると、様々な屋台を見て回る。定番の食べ物はもちろんのこと、的当てや輪投げといった遊ぶものまで揃っている。


「パパ、あれやりたい!」


「ああ、的当てか。いいぞ」


 形式としては日本の射的のような物で、欲しい景品にボールを当てて、それが落ちたら取れると言うもの。


「シル、欲しいものがあるのか?」


「うん、あれが欲しい」


 シルが指差したのは、猫の銀細工がトップに付いたペンダント。どうやら目玉景品の一つらしく、三角錐状の小さな的にぶら下げられている。


「よし、やってみろ」


「うん!」


 アルが店員に鉄貨を三枚渡すと、五個のボールを手渡される。大きさは普通のスーパーボールくらいしかないので、シルの目当てを取るのはかなりの難易度だ。

 シルが腕をスリークウォーター気味に振ってボールを投げると、一球目は左に大きく外れ、二球目は右に大きく外れる。


「あれ?当たらない……」


「シル、腕を的に向かってまっすぐ振り下ろすんだ。そうすれば方向は定まる」


「うん、分かった!」


 三球目は的の下に外れ、四球目は的の上に外れる。しかし最初の二球に比べれば惜しいといえる。


「惜しいぞ、最後の一球、頑張れ」


「うん!」


 シルが集中して投げたボールは見事的に命中する。だが落ちない。


「あれー?当たったのになぁ……」


 一瞬喜んだシルの表情が曇ってしまう。


「シル、俺がやろう」


「え?うん、頑張ってパパ!」


 普段のアルであれば娘の声援に少し表情を緩めたかもしれない。だがそんな気分にまるでならないほどアルは怒っている。

 シルの投げたボールは完全に的を捉えていた。それにもかかわらずびくともしなかった、ということは細工がしてあるのだろう。

 アルは再び店員に鉄貨を三枚渡す。いいカモだと思っているのか、口元がにやけている。

 野球部の助っ人バイトでアルはピッチャーもやったことがある。

 ただし普通の公立校にも関わらず、あまりにエグい球を投げるので、キャッチャーの手が死ぬと言うことで一イニングで交代になった。

 アルがテイクバックを取って腕を思いっきり振りながら叫ぶ。


「うちの娘を……悲しませてんじゃ……ねえっっ!!」


 ボールが軽いのであればスピードを乗せればいい。初速で時速三百キロはゆうに越えるボールが、的を直撃し吹き飛ばす。


「店員さん、落ちたよ?」


「え?あ、は、はい……」


 何が起きたのか良く分かっていない店員が、言われるがままにペンダントをアルに手渡す。

 それなりの重量感があり、確かに祭りの景品とは思えないほど、上質なものだと分かる。


「もう欲しい物はもらったから、あとのボールはいらん」


 アルは店員にそう言うと、屈んでシルにペンダントをつけてあげる。


「よし、良く似合ってるぞ」


「ありがとう!パパ!」


 シルは屈んだアルの首に腕を回して抱きついてくる。するとアルはそのまま立ち上がり、シルを抱きあげる。


「これで回るとするか」


「うん!」


 二人が祭りを見て回っていると、前から黒髪の猫獣人、ギルドの受付嬢アンが歩いてくる。


「アルさん?えっと、そのは?」


 挨拶をするのも忘れるほど驚いたようで、目を白黒させている。


「娘のシルだ。訳あって引き取ることになった」


「初めまして、シルです」


「は、初めまして。アンと申します。ギルドの受付嬢をしております」


「なんで敬語なんだ?」


「あ、え、っとすみません。少し混乱してしまいまして」


 アルはもしかしてシルの正体がバレたのかと思い、警戒するが杞憂だった。


「それにしてもかわいい娘ですねー。きれいな銀髪、羨ましいです」


「……やはり珍しいか?」


「そうですね、少なくとも私は初めて見ましたよ。この辺の娘じゃないんですか?」


「ああ、身寄りがなくて困っていたから、俺たちが引き取ったんだ」


「そうでしたか、苦労したんですねぇ」


 アンがしみじみと言いながらシルの頭を撫でる。シルもアンが自分を心配してくれているのが分かるので、嫌がる素振りを見せずにそれを受け入れている。


「そうだ!ギルドで銀髪の猫獣人の情報が無いか、調べてみましょうか?」


 この提案にアルは逡巡する。情報が少ない現状では、シルの存在をあまり大っぴらにするのは良くないかもしれない。


「……シルのことを表に出さずに、情報を集めることはできるか?」


「?はい、それは構いませんが……」


「すまんがそれで頼む。シルのことはまだ俺達も良く分かっていない。もしかしたら変な奴に狙われていた可能性もある」


 可能性どころか、ほぼ間違いないとアルは踏んでいるが、そこまでは言わない。


「ああ、そういうことですか。それなら大丈夫ですよ」


 得心が行ったという様子で、アンが耳をぴょこぴょこ動かす。


「アンお姉さん、よろしくお願いします」


「任せておいて!同じ猫獣人として力になりたいからね!」


 地面に下りたシルから頭を下げられると、アンは薄い胸を張り、拳でとんとんと自身の胸を叩く。


「あ、そういえばアルさん、昨日の力自慢コンテスト優勝おめでとうございます!」


「見てたのか?」


「ええ、もちろん!昨日の活躍を見て、ギルマスもアルさんがギルドに入ってくれることを、心待ちにしていますよ!ですから祭りが終わったら、お分かりですよね!?」


 アンは絶対に逃がさないという強い意思のこもった瞳で、アルに顔を寄せてくるので、アルはそれを手で押し返す。


「そういえば、ギルマスには会ったこと無かったな」


「ああ、そうでしたね。まだ三十代半ばで若い方ですよ?もともとカペラ所属のSランク冒険者でしたので、その功績でギルマスになられた方です」


「じゃあかなり強いってことか」


「ええ、ギルドではもはや伝説的な存在ですね。今も体が鈍らないように指導教官をしていますが、まだ勝てる人は出てきていませんから。でもアルさんなら勝てるかもしれませんよ?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、尻尾を振りながら、アンがじっとアルを見てくる。


「興味ないな。別にギルドの中でトップを取りたい訳じゃない。日銭を稼げれば十分だ」


「アルさんがそうでも、ギルマスは手合わせをしたがるでしょうねぇ」


「……ならギルドの登録は止めておこう」


 心底面倒くさそうな様子でアルが言うと、アンが泣きそうな顔で飛び付いてくる。その勢いに思わずシルが声を上げて驚く。


「ダメですよ!アルさんが入ってくれなくなったら、私の首が飛んでしまいます!物理的に!」


「……大袈裟すぎるだろ」


「いいえ、あの人ならやりかねません!」


 そんなことを言われたら完全に入る気が失せそうなものだが、今のアンにはそれを考えるほどの余裕はない。


「はぁ、分かった。約束だしな」


 嘆息しながらも同意をするアルを、驚いたような表情でアンが見上げる。


「……アルさん、やっぱり変わりましたね」


「そうか?」


「ええ、今までならそんなことは知らんと言いそうなところです」


「……やっぱり止めてもいいか?」


「ダ、ダ、ダ、ダメですよ!すみません!でも……セアラさんとご結婚されて、前よりも雰囲気が丸くなられました。話しやすくなったというか、優しくなられたというか……」


 焦って謝罪し、引き留めるアンが、その発言の意図をアルに告げる。すると黙って話を聞いていたシルが話に割って入ってくる。


「パパは優しいよ!私のことを心配してくれるし、私のために怒ってくれるし、頭を撫でてくれるし、抱っこしてくれるもん」


「シル……」


「そっか、シルちゃんにとって、アルさんはいいパパなんだね?」


「うん!」


 アルは何も言わずにシルを抱き上げると、シルは嬉しそうにアルに頬擦りをした。

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