小太郎と隆盛
最強の男だった。
京間誠一郎さんは最強の男だった。
いつも、守ってくれた。
ボクシングを俺達に教えてくれた。
立ち向かう術を教えてくれた。
今、その男はそばにいない。
俺が守らなきゃいけないんだ。
繚蘭は、俺が、必ず守る。
男達に痛めつけられ、隆盛はうずくまる。
繚蘭が泣き叫びながら、隆盛を離す用懇願する。
隆盛は繚蘭に対し、「大丈夫だ」と声をかける。
ここは指定暴力団回生会の事務所だった。
ヤクザ達の中に、ローブを羽織った男が何人かいる。
その中の一人は、ヤクザ達に声をかける。
「おい、妹の方は名古屋へ送れ、そこで儀式を行う」
そういうと、繚蘭はヤクザ達に無理やり引きずられ連れていかれる。
「京間誠一郎はどうした。殺したか」
「ああ、あいつは放っておいた。どのみちあれじゃあ助からねえ」
その言葉に隆盛は涙を滲ませる。
自分達があの時一歩間に合えば、ああはならなかった。
おそらくあの悪魔は瞬間移動の能力を持っていて、京間を上空に転移させたのだと思った。
だが、わかってももう遅い。
京間は、自分達の防人は死んだ。死んでなくても、助けてはくれないだろう。
「その少年は縛っておけ、そうすればガープ様が食らってくれるだろう」
そういうと、ローブを纏った男たちは去っていった。
「……薄気味悪い奴らだ。まあいい、おい、このガキ暴れねえようにしておけ」
ここまでかと隆盛は、思った。最後に一矢報いてやろうと翠炎を巻き上げる。
ほどなく、悪魔が目の前に現れる。だが、ヤクザ達は見えていないのか気づいた様子はない。
せめてロープが解ければ、必殺の一撃を叩き込めるのに。
そういった時、呼び鈴が鳴る。
悪魔は気を散らされたように扉を見やる。
扉を見ると、そこには一人の少年が立っていた。
身長は175センチ程度。その肉体は鍛え上げられており、手には鎖鎌が握られていた。
「……なんだてめえ」
その言葉がその男の残した最後の言葉になった。
ひゅっと近づいたと思うと首筋に鎌が一閃、滝のような鮮血があふれた。
男達が一様にざわめき立つ。
「何だ、てめえ!」
「あ、こんちわ。忍者です」
事務所にヤクザ達は4人いた。
一人に近づいて鎌で切り裂き、銃を構えた男に鎖分銅を投擲し、絡めとる。
さらにもう二人が銃弾を放つのを前転して避け、隆盛にまかれた縄を切り裂く。
そのまま一回転し、鎌と鎖を同時に投げつけ、銃を絡めとり、あるいは腕を切り裂いた。
隆盛は立ち上がると、悪魔に対し右ストレートを放つ。悪魔は瞬間消え失せる。
その後、隆盛は残った男に殴りかかった。
肝臓、水月(みぞおち)、そして顎と瞬く間のラッシュで男を沈めた。
「ふうん、結構やるじゃん」
男を鎖で締め落としながら、少年は隆盛に声をかける。
「さっきの右ストレートは何なん。無茶苦茶からぶってたけど」
「……気にしないでくれ。君は?」
悪魔は見えていないようだと隆盛は確認した。
「俺は蓮野小太郎。よろしくー」
蓮野小太郎。聞いたことがある。
九州で暴力団事務所の人間を20人皆殺しにし、目下指名手配中の男の名だ。
「……
「ふうんカザキリュウセイ君ね、どぞよろしくー」
隆盛は銃を懐に入れながら握手する。
握手を終えると、気絶した男を引っぱたいた。
程なく男は目を覚ます。
「おい、妹は名古屋のどこへ行った」
「し、知らねえな」
隆盛はじゃきりと銃を鳴らす。
男はビクリとするが、同時に笑う。
「撃てるもんなら、撃ってみな」
隆盛は男の返事に膝に照準を合わせる。
「ああ、まてまて、銃弾がもったいない。まず椅子にふんじばるだろ」
小太郎は見かねて男を座らせ、紐で縛った。
そして、口笛を吹くと、何の躊躇もなく鎌で額に線を引いた。
「ま、まて、何する気だ」
「動くなよ。きれいに顔の皮が剥げない」
「! わ、分かった、言う、言う」
「また! 日本のヤクザは根性ねえな。一回も皮が剥けるまで行ったことがない」
「名古屋の金星教団跡地だ。そこで儀式か何だかやるって、わけがわかんねえよ!」
隆盛は頭を掴んで天を仰いだ。小太郎はその答えに納得すると、期待を込めた眼差しで男を見る。
「じゃあ、次は俺の質問だ。悪魔ってなんだ?」
「そ、そんなの俺が知りてえよ。4月に入った辺りから急にあのローブの奴らが来て、あーだこーだ指図しやがる」
「そうか、まあ詳しくは移動しながら聞くか、立て、車位あんだろ?」
そう言って、二人は男を伴って歩き出した。
その様子を悪魔は数百メートル上空から興味深げに見ていた。
数時間後、兄と離れ離れになった少女は、倉庫のようなところに閉じ込められた。
そこには自分と同じように年端もいかない少女や妙齢の女性、十人ばかりが閉じ込められていた。
皆猿轡をされ、縛られている。
そこで、彼女はふと違和感に気づく。
(私と同じ神殺しが、いる?)
そこに囚われていたのは、ボーイッシュな印象を与える日に焼けた肌の少女。
井上勇美だった。
男達が去った後、勇美は繚蘭に目線をやる。
勇美が紫の炎を揺らめかせると、繚蘭も同じく翠色の炎をともした。
そのまま、勇美はすくりと立ち上がると、袖口に隠し持っていたナイフでロープを切り裂いた。
「助けが来るまでおとなしくしてようと思ったけど。同じ神殺しがいるなら話は別ね」
勇美は抜き足で近づき、猿轡を取る。
ぷはあと呼吸を荒くする繚蘭に、勇美は唇に指を押し当てる。
「静かに、私井上勇美。あなたは」
「……華崎繚蘭」
自己紹介すると彼女は、屈託のない笑顔を見せる。
「静岡の華崎兄妹ね、噂は聞いてる」
「名古屋の井上さんね、同い年だっていうから、会いたかった」
「つもる話は後、すぐに助けがくるから、ここは捕まったフリを……。誰か来る」
そう短く話すと、勇美はすぐにもといた位置に戻り、繚蘭も縄を自分に巻き付け、猿轡を結んだ。
「本当に美人なのか」
「ああ、すげえ美人だぜ、生贄にするなんざもったいねえよ。ちょっと年は若すぎるけどな」
「あのローブの男達は変態だからな、女を殺して血を絞るしか考えてねえ」
そんな会話をしながら、男が二人入ってくる。
そのまま暗がりの中を繚蘭に近づいてくる。
「俺はあっちのボーイッシュな子も好みなんだが」
「じゃあ好きにしろよ。俺はこっちやるから」
その会話に、二人は嫌な予感がする。
男は、近づくと、制服のスカートの中に手を突っ込んだ。
繚蘭はたまらず短い悲鳴を上げる。
「あんま騒がしくすんなよ。見つかるとやべえぞ」
「分かってるよ」
そういって、男は繚蘭の些細な抵抗にも楽しみを覚えているようで、下卑た笑いを上げなが彼女を引っぺがそうとする。
「じゃあ、俺はこっち……あ」
いつの間にか目の前に立っていた勇美に、男は間抜けな声を上げる。
金的蹴りのコツは、足の甲に睾丸をのせ、相手の骨盤と
男は絶叫を上げることもできず白目を向き、そのまま沈み込んだ。
泡を吹いて気絶し、しばらく起き上がることもままならないであろう。
「な、なんだてめえ、ぐえ」
そのまま勇美は繚蘭に跨っていた男にえぐるように平拳を首にぶつけ、捩じりこむ。
男は必然呼吸困難になり、転げまわる。追撃し、マウントをとり、何度も何度も顔を叩く。
そうして溜まらず男は後ろを向こうとする。
そこを、彼女は腕を回し裸締めの体勢に移行する。
「とっとと落ちろくずが」
そうして数秒し、男が泡を吹いて動かなくなった。
しばらくして、勇美は息吹を行い気を整えると、繚蘭に向き直る。
「だ、大丈夫? ケガない?」
心配そうに頬に手を当てると、繚蘭は顔を真っ赤にして近づいた。
「あ、ありがとう」
「……ここは、危ないな、行こうか」
そういって、二人は倉庫を出て行った。
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