神殺しは銃で死ぬ

「で? 何が起こったんだ」

 やってきた井上雄大に、井上勇美と釧灘大和は向き直る。

 既に当たりはパトカーと救急車でごった返している。

 あの撃たれた男を除いて、死者が出ていないようなのは奇跡だった。

「とりあえず、釧灘を病院に連れてってくれ。三か所も撃たれてる。」

「それよりも、井上を病院に連れてってくれ。四分近く心停止してた。」 

「……何でそうなった!」

 勇美と大和は黙って大男を指さす。

「何だこのおっさん?」

「そいつに撃たれて、三階から突き落とされた」

「私は首を絞められた」

「分かった潰しておく」

「「待って待って待って」」

 つかつかと進む雄大を二人は止めた。

「騙されてたんだよ。フルフルに。いや、あいつだけじゃないだろうけど」

「うまく復讐心を利用されたんだ。別によくある」

 神殺しにとって一番の脅威は強力な神ではない。

 操られ、唆された人間こそが最も恐ろしい脅威なのだ。

「お前らが許しても、俺が許さねえ」

「雄にいが無職になったら私が困るからやめて」

「別に、自分でやります」

「あんたは安静にしてな。それより、あいつらの教団とやらを何とかしてくれ」

「ああ、そっちは安心しろ。別件で引っ張る」

 救急車を待つ間、一人の刑事が証拠品を持ってきた。

「このスタンガンとナイフなんだけど、あの男の物で間違いない?」

「はい、そうです。あの、あの人って、どうなります?」

 井上勇美は、おずおずと刑事に聞いた。

「うーん、日本で拳銃を持ち込んで、その上二人殺して二人殺人未遂。相当年数は出てこれないから安心していいよ」

「……そうですか」

 勇美は静かに男を見た、名前も知らぬ、家族を失った男を。

「……同情か?」

「まあ、そうだね。あの人、私の首を絞めながら泣いているようにみえたから」

「じゃあ、やめればよかったんだ」

 大和は、吐き捨てるように言った。

「泣きながら殺す位なら、助ければよかったんだ」

「……ま、そうだな」

 大和の手は勇美の腕をとっている。まるで脈を測るように。

「そっか、私、心臓止まってたんだね」

「そうだよ!」

 大和は叫んで、勇美は先ほどまで死にかけていたとは思えないほど、飄々としている。

「だって、あんたがあんまりに怒るから、自分で怒る気がしなくなってね」

「あのなあ」

 大和は、しばらく口ごもっていたが、盛大な溜息を吐いて、話を打ち切った。

 勇美はそんな大和を見て、さらに嬉しくなって、もっと笑った。

 遠目に男が運ばれていく。

 刑事の会話が遠くに聞こえる。

「拳銃が見つからない!? どこに行った」

 記憶がフラッシュバックする。

 聞こえてきた銃声が2発。

 倒れた男が二人。

 あの悪魔は、襲ってきた男に化けていた。

 つまり。

 あの死体は。

 動き出した死体が、拳銃を構え、勇美に照準をあわせる。

 それと同時、大和は刑事の持つ押収品のナイフを奪い、構える。

 銃声がした、俺は勇美に飛びついた。肩口を銃弾がかすめる。

 倒れこみながらもナイフを振りかぶる、銃口は大和を向いている。

 引き金が引かれるより早く、銃にナイフが突き刺さり。

 呆然とする悪魔に、少年は走り、飛び込み。

 現れた刀で切り裂いた。


 沈黙が、辺りを包んだ。


 切り裂かれた傷口から電流がバチバチと鳴る。それにもかかわらず、悪魔は笑っていた。心底楽しそうに。

「まいったな、銃でも無理か」

 悪魔は、脱帽とでもいうように大仰に肩をすくめた。

 戦ったというのに、負けたというのに、消えるというのに、心底楽しそうに笑った。

 そして、思い出したように、大和と勇美の顔に順繰りに視線を移し、言った。

「ルシファーからの伝言だ」

 その言葉に、大和と勇美の顔が険しくなる。

「『大きくなったな』それと……『これから忙しくなるぞ』……なんだかよくわかんねえし、別段興味もねえが、大変だな」

 ろくなことにならないぜ。

 そう言い残した悪魔は、雷となって、消え去った。


 静寂が辺りを包む。警察官も救急隊員もこちらを見るが、釧灘大和は井上勇美しか見ていない。

 無事だ。呆然としているものの、無事だ。 

「とりあえず……寝るか」

 大立ち回りをした大和は呟いて、座り込んだ。

 

(神殺しは銃で死ぬ。俺が死ぬとは言っていない)

 そう心の中で呟いて、まどろみに身を任せた。


 

 とある下水管に、紫色の蛇が這いずっていた。

 その蛇に、上等なスーツの男が近づく。

 金髪に白い肌、これまた金色の瞳なのに、白人にも黒人にも東洋人にも見える男が立つ。

 人種の特徴が分からない。特徴などないようにも見える。

「おいおい、大丈夫か? トルニトス」

 男はじっと蛇を見つめる。蛇は口を開いて威嚇するが、男は気にも留めず、蛇を首に巻き付けた。

「相変わらず義理堅いなお前は。それに、相変わらずの人間好きだ」

 蛇は男の首に噛みつくが気に留めた様子はない。

「楽しかったか?」

 その問に蛇は数秒間だけ目を細め、瞳を紫電により輝かせた。男もその返事に満足したようだ。

「これからもっと楽しくなる。そのためには、あの教団を使うか。このまま警察に潰されるのもつまらない。

 どうせなら楽しいアトラクションにしないとな」

 蛇はじっと男を見つめる。男はその問に答えた。

「『黙示録』のために、人間にはもっと強くなってもらう。五千年前から俺のやることは変わらない」

 そう言って、男は暗がりに消えた。

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