走馬灯を見るまで鍛錬する
小5の夏、俺は庭の草刈りをしていた。
神殺しの知覚能力で、井上
そしてその相手となるはずの悪魔の気配は無かった。
俺は嫌な予感がして、すぐに走った。
そこは古びた神社の雑木林で、そこに建てられた掘立小屋の中で、男が三人いて、井上が半裸の状態で泣いていた。
俺は携帯電話で警察を呼んだ。
けど間に合わないと思った。
俺はたまたま鎌を持っていたのだ。
警察の発表している公式な書類でもたまたまということになっている。
井上勇美に覆いかぶさっている男の股間へ向けて、俺は思いっきり鎌を振り上げた。
けたたましい悲鳴とともに、男が戦闘不能になる。
さらに俺は先生に教わった通り逆手に鎌を持った。
そうすると殴る時と同じモーションで、力がなくても切り付けられるからだ。
突っ立っていた男の太ももの内を切り裂く、2回か3回か4回で倒れ伏す。
激昂して向かってくる男に対し、身をかがめてアキレス腱を切り付け、返す刀で顔を切り付けた。
俺はそのまま、股間を切り付けられて悶絶している男の首元に鎌を突きつけた。
しかし、男を殺そうとする俺を勇美は必至になって止めた。
「殺しちゃだめだ」
おそらくそう言いたかったのだろう。けど、彼女の声は涙と恐怖で声になっておらず、俺は聞き取れなかった。
それでも、勇気と信念を持って、勇美は俺の手を震えながら握った。
その後、俺は勇美の手を引いて無我夢中で走った。
町内会長の家の前まで走った。
あの人は昼間は家にいるから、安全だと思った。
呼び鈴を全力で鳴らして、二人で玄関先に座り込む。
俺は衣服が乱れた井上勇美に自身の上着をかけた。
だが、勇美はなおも俺にすがりついてきた。
俺を支配したのは、井上勇美が放つ汗の甘い香り。
柔らかいという感触。
ドキドキした。
すごくドキドキした。
井上勇美は泣いていた。
泣いていたのに、俺はドキドキした。
最低だ。イカれた方がいい。
聞きなれた男の声が、釧灘大和の脳裏に響く。
「何をボーっとしていた大和君」
「……過去の思い出に、浸ってました」
「そうだ、筋力鍛錬の時はそんぐらい自分を追い込め、技術鍛錬の時はちゃんと集中しないと死ぬがな」
「はい!」
大和は坂道をタイヤを先生をのせて引いていた。
歩いて引っ張るのではなく、這いつくばって。
トカゲウォークというトレーニングで、文字通りトカゲのように四足歩行で歩き、主に体幹を鍛える。
「別にやめたければやめればいいよ。無理しすぎると死ぬかもしれないから」
そういって50絡みの男は大和に水を飲ませる。
「あと、熱中症には気を付けてね。こまめに水分補給するんだ」
「はい」
水は
「水飲ませなかったり暑いところでやらせたり、帽子被せなかったりする指導者って駄目だよねー」
「はい」
「しっかり水分補給させて、涼しいところで、ぶっ倒れるまでやらせた方が絶対効率いいのにねー」
「……はい」
恐ろしい一言に、大和の覇気が
それでも気を取り直して、一歩一歩大地を踏みしめた。
「いやー、まさか1キロ走破できるとは……」
大和は肩で息をしている。
「君って何? バカなの?」
(自分でやらせといてそれかよ!?)
あんまりな物言いに、大和の額に青筋が浮かぶ。
「いや、褒めているんだよ?」
そうたしなめるように言って、初老の男は落ちていた木の棒を拾う。
「じゃ、突いてみるから、やってみてよ。7階までマンションの壁をよじ登って強盗を倒した中学生」
「……
「聞かなくても分かるよ」
そう言って初老の男は木の棒で、大和の喉笛をついてきた。
大和は初老の男の腕をとり、外へと回り込み、肩を掴んで、
衝撃で吹き飛ばされた。
「うん、いいね」
大和はせき込みながら考える。
何が起こったか一瞬分からなかった。
(俺が回り込む前に、体を正面に向けて、逆の手で押した)
「正解」
男は手を差し伸べる。
「相手が訓練されてたらナイフ対素手だとほぼお陀仏だから、やっぱ武器を調達するか逃げるかした方がいいね」
「……はい」
「ていうかガラスとか拾えたんじゃないの?」
「……ああ、そういえば」
「君が神殺しというだけでなく、死んでほしくないと思う人間がいることを忘れないでね。君が死ぬより相手殺した方が数倍いいし」
「はあ」
大和は気のない返事をせざるをえない。
彼は井上勇美の影響によって、そこまで割り切れない。
人を殺すことについて、まだまだブレーキがある。
それは、あの日の井上勇美の言葉のおかげでもある。
初老の男は
警察や政府にもパイプを持つ達人であり、大和の師匠である。
日本古武術において、しっかりとした技術体系を現代にまで残してきた諸流派の一つ。
普段は、町の道場で子どもに対しやさしく指導しているが、大和には特別メニューを常に課している。
そして
「義を見てせざるは勇なきなりともいうし、武士道とは死ぬことと見つけたりとも言うし、助けたことはいい。けど、冷静さを欠いて危険な方法をとったのはいただけない」
(確かに相手の間合いに入らずに制圧できたかも。
それこそガラスでなくとも武器を調達すればよかったのに、不用意にナイフを持っている男の間合いに入ってしまった)
「すいませんでした」
「うん、反省して次に活かせたらよい。今日はここまで、家に帰ったら気を失うまでスクワットするように」
「……はい」
大和は疲れ果てて頷く。
反抗する気力などない。
「その甘さは、捨てなくてもいいよ」
その言葉に大和は水上の方を向いて。90度まで頭を下げた。
「あ、タイヤ持ってって。今度はタイヤの穴に体をいれて手で持って、背筋を伸ばして移動するんだよ、転がさないでね危ないから。」
「……はい」
これはタイヤファーマーウォークというトレーニングである。
見かけよりも厳しいトレーニングだ。
「今度は大型トラック用のタイヤでやるか……」
「勘弁してください」
特訓を終え、大和がヘトヘトになりながら家に帰っている途中、また、昨日のように怪物が現れた。
怪物は突発的に現れ、近くの食いものへ遅い掛かってくる。
これが神殺しの日常である。
知覚範囲からまっすぐ自分の所にやってくる。
力の大きさから考えて、本当に大したことない下級の怪物だろうが、大和はスラリと黒い刀を抜き打ち、敵を待つ。
(今朝の、人間に悪魔の力を与えた大物ではなさそうだが、さて……)
近づいてきた、牛のような形をした低級悪魔は、大和の一刀でたやすく消え失せた。
それを大和は無感動に見つめる。
さらに自分に近づいてくる、よく知った気配。
「あら、瞬殺?」
「ああ、大したことはなかった」
大和は救援に来た勇美に言った。
二人並ぶと、勇美の方が背が高いので自然と大和は見上げる形になる。
「昼間の奴とは、違う。発生したばかりの雑魚だ」
「ああ、あれ。結局何だったのかね。力を測ってた?」
「そんなところじゃないか」
今でも、こちらの知覚範囲の外で、誰かに力を与えた悪魔がいるはずだ。
仕掛けてくるとすれば、悪魔が力を振るいやすい夜か。あるいは。
「……でかい車だな」
住宅地の狭い道を車が通る。二人を追い越して、進路をふさぐように、止まった。
このように、自分を崇める「信奉者」を使って、襲わせるかである。
「井上、警察」
「もう呼んだ」
屈強な男が4人、目の前に現れる。
勇美はまず、大声をだした。
「火事だー!!」
「助けて」ではなく「火事だ」の方が緊急事態においては効果的だ。
人間なかなか自分に関係のないことで助けにはいけないものである。
「助けてくれ! 放火だ!」
大和も叫びながら、道端の側溝を持ち上げ、ぶん投げた。
先頭の男がもんどりうって倒れる。
男達が衝撃で警棒やローブを落とした。すぐさま走って警棒を拾う。
倒れた男の喉を突き、面を打ち。残る三人に向き直る。
正眼の構えで警棒を突きつける少年が、男達にとっては非常に遠くに、10メートル以上向こうにいるように感じた。
だが、届く。
しなった警棒が男の頭を打った。
釧灘大和。昨年の夏、中学1年時、全日本中学校剣道選手権大会個人の部、準優勝。
不利を悟った男達は、勇美の方に向かう、彼女より大柄な男がタックルに向かう。
数瞬後、男は少女に激突するという所。
「チェスト!!」
少女は勢いよく発声し、手刀横顔面打ちをした。
直撃を受けた男は、衝撃にふらりと意識を失う。
井上勇美。昨年の夏、中学1年時、全日本中学校空手道選手権大会女子個人形、優勝。
女子個人組手、優勝。
瞬く間に四人いた男達があと一人となった。
それでも残った男は諦めずに勇美にタックルしてくる。
いかに鍛えているといえど、女子中学生が巨漢の勢いを止めきることはできず、男は勇美を押し倒した。
だが、勇美は受け身を取り、腰の浮いた男に金的を蹴り上げる。
できた隙間から勇美が抜け出した所で、大和により男の脳天に警棒の一撃が入る。
何度も何度も何度も何度も。
勇美は慌てて大和の頬を叩く。
「やりすぎだバカモノ!!」
大和は勇美をにらむ。冷血動物を思わせる瞳だった。だが、彼女は少しも怯まない。
「とっとと逃げるよ。ありがとう」
勇美は、何もなかったように軽い調子で言う。自分が大男に襲われたにも関わらず、自然体な態度に、大和は毒気が抜かれ、笑った。
「……ああ。逃げようか」
そう言おうとした所で、勇美が唐突に倒れこんだ。
新手の大柄な男だった。手にはスタンガンが握られており、少女は目を見開いたまま倒れこんだ。
スイッチが入る。こいつはここで潰す。
大和はすぐさま踏み込み、男の手を狙う。
スタンガンを叩き落とした男に対しさらに大上段に振りかぶって面を打ち、男が防いだ腕にたたきつけられ。
警棒がぐにゃりと曲がった。
馬鹿げた剛健さだった。
もちろん警棒をそれだけの威力でぶつける大和も只者ではない。
だが、相手が悪かった。
そのまま、男に側頭部を思いっきり強打され、大和もまた意識を失った。
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