神殺しは銃で死ぬ
@onesuehiko
悪魔フルフル
二人の神殺し
口を布で封じられた女のくぐもった声が、真っ暗な部屋に響いている。
その傍らで棚を漁っていた男は手を止めた。
男はナイフを取り出し、女の服を縦に切り裂いた。
男の目の前で柔肌が露わになった。
男の嗜虐心を満たす、女の悲鳴。
男の手が女の柔肌に触れようとしたとき、けたたましい音を上げて窓ガラスが割れた。
続いて、部屋全体を揺らすような鈍い音。
男と女が驚き、音のした方を見る。
黒髪黒目の美しい少年だった。
窓ガラスにまみれた学生服の少年が、ふらふらと立ち上がった。
少年は、痛みに耐えるように顔を
三者の間を静寂が包む。五秒、十秒、状況を把握した少年が口を開いた。
「その人から離れろ、警察を呼ぶっ」
その時、少年の体がひとりでに、まるでボールか何かのように縦横に部屋の床や天井に叩きつけられ、窓の外に引きずり出された。
少年を引きずり出した巨大な怪物の姿を、ただの人には見ることができない。少年が右手に持っている刀も、体に纏う黒炎も、少年のような存在にしか見えない。
あちら側に近づきすぎて、もう戻れなくなった者だけが見ることができる。
その怪物は、新幹線ほどの大きさのある、大きな蛇だった。
色彩はザクロを潰したように真っ赤で、頭部では硝子玉めいた三つの魔眼がぎらついている。
なにより不可思議なことは、その巨体が間違いなく家や車をすり潰しているはずなのに、実際は家も車も、中にいる人も潰れていない。
なぜなら、この蛇は常人や普通の物質と同じ
この蛇は実体なく無害なままで、
この場で怪物蛇による実害を
「
怪物蛇の尻尾を掴んでいる、紫の炎を纏った少女だけである。
少年は蛇に食いつかれ、振り回されながらも叫んだ。
「待ってくれ井上! この蛇は俺が仕留める! そしたら警察を呼んでくれ!」
少年の叫びに、少女は疑問の声を上げる。
「あ!? 何で!? つうか人に見られたらどうすんだ!」
「あそこの部屋で強盗だ! 今からこいつを踏み台にしてもう一度突っ込む!」
「はあああ!? 何て!?」
少年は少女の戸惑いの叫びに答えず、蛇の牙から逃れようともがく。
その瞳に刀を突き立てる。
痛みに狂ったように暴れる蛇の上で空高く飛び上がった少年は、月の光を浴びぎらつく牙をへし折った。
勢いを利用し少年は宙がえりをしながら、電信柱の上に降り立つ。
蛇は一つを失ってもまだ二つあるぎらついた瞳で睨みつける。
食らいつく蛇、躱す少年。
ひらりと蛇の上に飛び乗り、少年は蛇の頭めがけて刀を突き立てた。
そして、一拍の気勢とともに剣を振りぬく。
蛇の頭蓋を砕き、いや、それどころか、何十メートルもある蛇を半分ほどまで切り裂いた。
少年は怪物の口内から飛び出して、倒れ伏す勢いを利用する。
蛇から勢いよく飛び降り、先程いたマンションの部屋にかなりの速さで突っ込んだ。
前回り受け身二回転。
着地の衝撃を殺した少年は先程の部屋に戻ると、男に向き直る。
「あんた、この刀が見えるか?」
少年は男に刀を向けた。
刀は男をすり抜け、少年はため息を吐く。
男がナイフを首元に突き刺そうとしてくるのを、余裕を持って見切る少年。
少年は自身の腕で突き手を弾くと、外側に踏み込み相手の腕をとる。
そのまま肩を掴み、男の姿勢を無理やり落とさせる。
腰をいれて支点にし、テコの要領で腕を極め、ナイフをかすめ取った。
そのまま肩を捩じり上げ。
鈍い音と男の悲鳴が室内に響く。
少年は
あまりに動作が滑らかで、男が勝手に倒れこんだように感じられるほど流麗な技である。
少年と女性の目が合う。
黒曜石の瞳、綺麗に整えられた眉、形のよく薄い唇に、纏う静かな気迫。
綺麗な少年である、女性をこんな緊迫した状況でもうっとりとさせるほどに。
少年は女性の拘束を解き、服のはだけた姿をなるべく見ないようにして言う。
「救急車呼んでください」
そして、座り込んだ。少年の手首から、どくどくと血が流れている。
少年は脇を押さえて止血を行った。
少年の腕には服の上からはわからないが、まるで巨大な獣に噛まれたような傷が残っている。
部屋でうずくまっていた女は慌てて電話で救急車を呼んだ。
「き、き、救急車を一台……ヒッ」
物音に女性は息を飲み、少年もその様子に視線を女性が見ている方にうつす。
少年の目の前で男が立ちあがっていた。
肩を抑えながらも、その瞳は血走り少年を見ている。
少年はふらつきながらも、男を制圧しようと立ち上がる。
対峙する二人、しばし睨み合う。
不意に、扉がけたたましい音を立てて開いた。
ずかずかと荒々しい足音を立てて、部屋に少女が乗り込んできた。
制服姿で、黒髪に色黒の肌、美少女と言っていい顔立ちと大柄な体格。
スカートから覗く足は顔に似合わず発達して逞しい。
険しい表情で、少女は男を睨む。
少女は男が何か行動するよりも早く、催涙スプレーを吹きかけた。
さらに悶絶する男から平手でナイフをはじく。
そして正拳突き一閃。
少女は苦悶の表情でうずくまる男を見下ろした。
少年がほれぼれするほど鮮やかな制圧劇だった。
少年はこれで終わったと思った。
しかし少年の目の前で、男が倒れ伏した体勢から起き上がり、ふらつきながらも少女にタックルした。
少女はタックルを受け止めたが、男の振り回した大振りな拳が額にあたる。
いや、少女は額で受け止めたのだ。
不幸にもその行動は少年の琴線に触れてしまった。
満身創痍の少年の腕が男の頭を掴む。
無理やり体の方に引き込み、膝蹴り一閃。そのまま連続で5発。
男を力任せに転がす。
少年の顔は赤くのぼせ上り、目は血走っていた。
そのまま飛び上がって思いっきり両足で、頭を踏みつけようとする。
「やめんかアホ死ぬだろ!!」
少年の暴挙を、少女が飛びついて阻止した。
男は失神している。
歯が何本か折れ、辺りに散らばっていた。
少年はそのことについては無感動に、ただ少女の傷を見ていた。
「あんた! 体重何キロ!?」
「60」
「全体重かけて顔面踏みつけたら死ぬでしょ!」
60キロの石が顔面にぶつかれば死ぬ。当然のことだ。
当然それは少年もわかっており、その上で、少女の問いに聞き返した。
「で?」
少年は平坦な瞳で少女を見る。
少女は黙って掌を頭にのせる。
これはお手上げだというように。
数秒後、二人は窓の方を向く。
少年達の目の前で先ほど両断されたはずの蛇が起き上がり、窓の外からこちらをのぞき込んでいた。
元々三つあった瞳は、一つは真半分、二つに分かれた体の片側の瞳と瞳で、じっとこちらを睨んでいる。
少年達に食らいつこうと蛇が口を開こうとしたところで、少女が空手の正拳突きの構えで腕を突き出す。
紫の炎が右腕を中心に巻き起こった。
それだけで、蛇が爆散した。
同時に少年もまた少女の起こした攻撃の余波で吹き飛び、壁に叩き付けられた。
少年の名は
少女の名は
数分後、彼らは大人しくパトカーと救急車に連れて行かれた。
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