第22話 ノエル・オーガスト
「やぁ、久しぶりだね。僕のこと覚えている?」
「はい、ユージーン殿下」
やっと静かになったと思ったら今度はユージーンが来た。
王族ってだけでもみんなの注目を集めるのに彼の容姿はなかなか人目を惹くから嫌なのよね。
四年間、全く接触がなかったのにどうして急に私の前に現れたんだろう。
「社交界デビュー、おめでとう」
「ありがとうございます」
「君のお兄様方は?」
「あそこで美しい花々に囲まれておりますわ」
エヴァンは嬉しそうにすり寄って来る令嬢たちの相手をし、ノルウェンは冷たくあしらっている。対照的な二人だが、気は合うのか気が付いたらいつも二人でいるような気がする。
「相変わらず人気だね」
「殿下も人のことは言えないと思いますわよ。私なんかのところで油を売っていないで気のある令嬢たちの相手をした方が有意義な時間を過ごせると思いますよ」
私の言葉にユージーンは目を細めた。
気を悪くした様子はない。四年前の時と同じだ。こちらをじっと観察するような目だ。
「君は僕と過ごす時間が有意義ではないと言いたいのかな?」
「気に障ったのなら謝罪いたします。ただ、付き合って殿下の為になる令嬢はこの会場に多くいますのでそちらを優先してはと思いまして」
「公爵家の令嬢でオルガの心臓を持っている君以上に価値にある令嬢がいるとは思えないけど」
そうだ。だから私は三度目の人生で彼と婚約したのだ。妾腹でありながら。
「私はただの器に過ぎません。それに自分の立場を弁えております。妾腹のみで殿下の婚約者になろうなどと烏滸がましい考えは持っておりませんので」
ユージーンの婚約者に選ばれた時の令嬢たちの嫉妬は酷かった。
それに対抗すればするほど私は令嬢たちにあらぬ噂を立てられ、気が付けば悪女になっていた。噂の殆どはでっち上げに過ぎなかったにも関わらず、誰も私を信じてはくれなかった。
「それに余計な注目を浴びたくはありません。私はこれで失礼します」
ユージーンが呼び止めるような声が聞こえたけど私は聞こえないふりをして中庭に出た。
会場の隅で壁の花を決め込みたかったけど中にいるだけで余計なものばかり集まって、全然一人になれない。
「ここまで来れば大丈夫かしら」
中庭の奥、噴水のところまで行くと会場の喧騒も聞こえてこない。
噴水の縁に座って休もうと中に踏み込んだら先客がいた。
赤い髪に緑の瞳、それに病的なほど白い肌をした美しい顔立ちの青年だ。普通ならここもダメだったと一人になれないことにがっかりして気づかれる前に立ち去るところだけど私はなぜかその青年から目が逸らせなかった。
青年が私に気づき、こちらにやって来る。
そっと伸びた手が私の頬を伝う涙を拭ってくれた。
‥…涙。
どうして私は泣いているのだろう。
「やっと会えた」
「えっ?」
やっととはどういうことだろう。私と彼は初対面のはずなのに。でも、どうしてこんなにも懐かしく思えるのだろう。
どこかで会った?今世ではなくこれまでの繰り返しの人生のどれかで。
記憶を遡ってみるけど思い出せない。
「あの」
戸惑う私に青年はとても美しい笑みを浮かべた。まるでこの世の者とは思えない美しい笑みだった。
「初めまして、スカーレット。俺はノエル・オーガスト。ノエルと呼んでくれると嬉しいな」
初めましてということはやはり初対面よね。さっきのは聞き間違いかしら?
「初めまして、スカーレット・ブラッティーネです。あの、私のこと知っているんですか?」
「うん、まぁね。オルガの心臓を持っている君のことを知らない人はいないよ。それに」
さらりとノエルが私の髪を撫でる。とても優しい手つきだ。こんなふうに触られたことがないからどうしていいか分からない。
「君はとても美しい。まるで夜の女神の様だ」
「っ。そんな、女神だなんて、大袈裟ですよ」
どうしてこんなにも胸がどきどきするんだろう。落ち着かない。だけど、不思議と嫌じゃない。
「スカーレットは十六歳だよね」
「はい」
「じゃあ、学校に入学するのは今年で間違いないよね」
「はい」
ノエルは子供のように「やったぁ」と言って笑った。とても嬉しそうに。
「俺もなんだ。同じクラスになれるといいね」
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます