第6話 媚を売る相手に相応しいのは‥‥
「邪魔よ」
「っ」
離宮に戻り、廊下を歩いているとたまたま通りかかった侍女に体を突き飛ばされる。
ちょっと押されただけなのにこの体は簡単に倒れてしまう。
それもそうだろう。
子供の体重が大人よりも重いはずはないし、子供の力が大人よりも強いわけじゃない。
それに私は同い年の子供よりも軽いのだ。
「ちょっと、可哀そうじゃない。それに、ああ見えてこの邸のお嬢様よ。クスリ」
「みすぼらしいお嬢様もあったものね」
そう言って私を突き飛ばした人と一緒にいた人が私を見て笑う。
いつもはここで大騒ぎをする。そうすれば、みんな私の癇癪のせいにできた。私一人を悪者にすれば何もかも丸く収まっていたのだ。
「な、何よ、その目は」
騒がず、ただ黙って見つめてくる私を不気味だとでも思ったのか彼女たちは僅かにたじろぐ。
「たかが使用人風情がこんなことをして許されるとでも思っているの?」
私は声を荒げることなく静かに問う。
「はっ。何?貴族のお嬢様ごっごでも始めたの?妾腹の分際で」
私を突き飛ばした侍女はそう吐き捨てる。
「けれどオルガの心臓を持っているわ。どんなにみんなが否定しようとその事実に変わりはない」
「だ、だから何よ」
隣にいた侍女が強きに言い返す。
「子供だってね、やられたことは全部覚えているのよ。何も忘れない。あなたたちは媚を売る人間を間違えているわ。オルガの心臓がある限り、公爵家は私を捨てることはできない」
「使用人の任命権はあなたにはないわ」
だから何をしても許されると?
分かっているわ。
あなたたちはお母様の、あの女の無理難題に付き合わされるストレスのはけ口に私を虐めているんでしょう。
ここは離宮。
みんなが口を紡げば公爵家側に自分たちのしているこが露見することはないし、私が暴露したところで信じる者などいない。
それに妾腹である私を虐めた程度で自分たちの罰が下るとは思っていないのだろう。
本当に愚かね。
「公爵家の性を与えられている私が使用人に舐められるようでは貴族の体面に関わるの。見せしめの為に罰を与えることぐらいはわるのよ」
「っ」
さぁっと私を突き飛ばした侍女の顔から血の気が引く。それでもその隣にいる侍女は尚も強気に攻める。
「誰があんたの言うことを信じるのよ。誰も信じやしないわ」
「そうね。なら信じざるおえない状況を作ったらどうかしら?」
「ふぇっ?」
こちらをちらちらと気にしながらも自分か関係なしとばかりに横を通り過ぎようとした侍女からお茶をひったくった。
「何を!?」
侍女が止める前に私は私は自分の腕にお茶をかける。
「っ」
熱いし、ヒリヒリするけどこんなこと硫酸を駆けられた時の痛みに比べたら何ともないわね。
「この状態で私はお母様に訴えるわ。侍女が私を妾腹と馬鹿にしてお茶をかけてきたって。いつかは母子共々捨てられるのだと」
「なっ」
「あの女はね、自分の娘がどうなろうが気にしない女よ。でも、自分が馬鹿にされるのだけは嫌なの。私を妾腹と馬鹿にすることはつまり愛人であるあの女を馬鹿にすることだわ。当然、怒り狂ってあなたちを解雇するでしょうね。そうなると公爵家側は理由を聞かなければならなくなる。あの女は涙ながらに言うでしょうね。妾腹だからと我が子が使用人に暴力を受けていたからだと。私は自分の娘を守っただけだと。自分の子が使用人に暴力を受けたいたことに気づかないなんて自分が情けないと」
母が私に暴力を振るう現場をノルウェンに見られたから信用されるかは微妙だけどそれを彼女たちは知らない。
「でも暴力の大半は私たちではないわ」
「ええ、そうね。母によるものだわ。でもそれって証明できるの?目撃者が名乗り出たとしても仲間を庇っているだけだと思われるわ。そして私が本当のことを語るとは限らない。被害者の言葉と疑惑をかけられた者の言葉、いったいどっちを信じるでしょうね。よく考えなさい」
侍女たちはもう何も言わなかった。
私は彼女たちの横を通り過ぎて部屋に戻った。
部屋に備え付けられている洗面室で赤くなった腕を冷やす。軽い火傷程度なので痕が残ることはないだろう。
味方のいないこの邸で一人、どうやって生き残ろう?
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