第0話 ユージーンの場合

「スカーレット、リーズナは無事保護されたよ」


無表情で告げるのは緑の目と黄金の目をした端正だけど、だからこそ冷たい印象を人に与える男。


ルシフェル王国第三王子、ユージーン。


「‥…そうですか」


あの子はいつも誰かに守られているのね。


私とは大違いだわ。


「どうして、あんなことをした?自分の義妹を奴隷商に売るなんて」


どうして?


いつも誰かがそう投げかける。


「どうして?どうして?どうして?どうして?うるさいのよっ!」


いきなり不敬にも怒鳴った私をユージーンは怒ることなく真っすぐと見つめる。


「どうしてって?考えたことある?投げかけるばかりで、少しでもその理由を考えたことはある?」


「‥…」


「ないでしょう」


だって考える必要がないもの。


「ねぇ、もし奴隷商に売られたのが私だったら?リーズナじゃなくて私だったらあなたたちは助けてくれた?いなくなった私を血眼になって捜してくれた?」


「スカーレット」


私は答えを聞きたくなくてユージーンが何かを言う前に答えを言った。


聞かなくてもその答えは明白だったから。


「捜すことも、助けることもしないでしょうね。だった私は悪女だもの。捜す理由も、助ける理由もないもの」


「‥…」


ユージーンは何も答えない。


けれどなぜかひどく傷ついた顔をしていた。まるで私の言葉に傷ついているみたいだった。


そんなはずない。


私はただ事実を言っただけ。


あなたにとって大切なのはリーズナで、私じゃない。


あなたが愛しているのはリーズナで、私じゃない。


どうして私は生まれて来たの?


「あなたも災難ね、ユージーン。私がオルガの心臓に選ばれさえしなければ、私なんかと婚約しなくて済んだのに」


どうしてオルガの心臓は私を選んだの?


みんなが不幸になるだけなのに。


どうして私が選ばれたの?


「本気で言っているのか?スカーレットは僕と婚約したことを後悔しているのか?」


「私、あなたが嫌いよ。大嫌い」


「っ」


「当然でしょう。私は悪女だもの。私のモノにならないのなら、私を愛さないのなら要らないわ。みんな要らない。あなたも、ブラッティーネ公爵家も、この国も」


私自身さえも。


みんな大嫌い。


「良かったわね、ユージーン。私が死ねばオルガの心臓は主を選びなおす。あなたと私の婚約も解消ね。喜ばしいことだわ」


「何を言っている?」


困惑をするユージーンを無視して私は走り出した。


王家の森を抜け、行き着いたのは崖。


「スカーレットっ!」


ユージーンが追ってきたみたいだ。


きっとリーズナを傷つけた私が許せなくて、罰を与えたくて追ってきたのだろう。


私を思って追ってきたわけじゃない。


どうして、いつもリーズナばかりが優先されるの。


どうしていつも彼女ばかりが必要とされ、愛されるの。


「スカーレット、何をするつもりだ?こっちに来るんだ、スカーレット」


「嫌よ」


私は崖から飛び降りた。


私の名前を叫ぶユージーンの声が聞こえた気がしたけど濁流にのまれて分からなくなった。

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