愚鳩竜-モーリシャス-



 ロシア南西部にある、世界唯一の竜の屋内保護施設。一般人への竜種の機密漏洩を防ぐため、敷地の周囲には厳重な警備体制が施されており、同じ竜学者でも関係者の紹介が無ければ簡単には入ることは出来ない。

 現に俺も今まで何度か来たことはあったけど、立ち入りできる区画は厳格に決められていて、その詳細な内部は実はよく分かっていない。なので……


「ここって、地下施設もあったんですね」

「ああ、そっか。弟子くんはココまで入るのは初めてか」


 俺は師匠とミーシャさんと共に、白一色で囲まれたエレベーターに乗って地下深くまで運ばれていた。


――なんか、一気にSFみたいな雰囲気になったな――


 上下左右全ての壁が発光しているのか、足元含めてどこにも影が浮かび上がらなかったり、体感時間で五分近くはエレベーターに閉じ込められていたり、そもそもエレベーターに行き先を表すボタンやディスプレイ表記が無かったり。


「ふふっ、そんなに畏まらなくても大丈夫よ。確かに少し仰々しいかも知れないけど、それは地下施設で保護されている竜が少しだけ特別、と言うだけだから」


 俺の緊張を感じ取ったのか、ミーシャさんが肩を叩いて空気を和まそうとしてくれた。どうやら、まだまだエレベーターでの移動は続くようなので、俺はついでとばかりに質問を投げかけることにした。


「特別、狂暴……とかじゃないですよね?」

「あー、違う違う。めっちゃくちゃ大人しい子だから安心して。頼めば背中に乗せてもらえるんじゃない?」

「先に行っておくけど、間違っても愚鳩竜モーリシャスの背中に乗ったりなんてしないでよ……フリ、じゃないからね」


 師匠はケタケタと笑いながら、俺の質問に答えるがミーシャさんは青い顔になって師匠に釘を刺し始めた。


「分かってるよ、冗談だってば。そこまで露骨に学会に喧嘩売るようなことはしないって」

「全く。貴方が愚鳩竜の現状について反対派なのは有名なんだから、もう少し態度を考えてよね、サマエルの庭に続いてここまで出禁になるわよ……」

「あの、すいません。根本的な質問なんですけど、愚鳩って……なんですか?」


 俺はエレベーターに乗る前に首にかけるように渡されたIDカードに書かれた『愚鳩竜』の文字を指さして問いかける。


「てっきり、日本人は皆そう呼んでいるものとばかり」


 ミーシャさんは少し意外そうに驚く。

 申し訳ありませんが、日本人は漢字を当て字に使いがちなので、動物名はあんまり読めなかったりします。


「弟子くんは何だと思う?」


 鳩、と言うくらいなのだから、鳥なのは想像できるのだが、「愚か」なんてネガティブな文字を使うとなると一気にイメージが出来なくなる。


「……アホウドリ、ですか?」


 以前から思うのだが、アホウドリ、なんて名前を公的に付けるような人間とは絶対に仲良くなれない気がする。


「残念、外れ……じゃあ、直接お会いしてみようか」


 師匠がそう言うと、エレベーターの細かな振動がピタリと止み、ポーン! という小気味良い電子音と共に真っ白な扉が開いた。


「まぶしっ……」


 最初は随分と照明が強いな、と思ったのだが、少しずつ目が光に慣れて見開くうちに逸れが違う事に気づいた。

 エレベーターの外には土と、青空が広がっていた。


「……え?」


 左右を見渡せば、南国に生えてそうな低頭植物が生い茂っていたり、ほのかな熱を帯びた風が首からぶら下がったIDカードを揺らしていた。


「あの……俺達、地下に来てましたよね」

「そ、ここはあくまでも地下にある『屋内施設』。たっかーいお金をかけて愚鳩竜本来の生息域をライトと暖房とフルスクリーンの天井によって再現した人工楽園」


 師匠は少しばかりの嫌味を混ぜながら地面を踏みしめて歩き始め、俺とミーシャさんもその後に続く。その足取りは躊躇いが無い。


「どうして、彼の居場所が分かるの?」

「そりゃ、ここには他の生き物がいないんだもん、匂いですぐにわかるよ」


 師匠の言葉に従って、俺とミーシャさんもクンクンと鼻を鳴らしてみる。


「君は分かる?」

「言われてみると、あっちの方から獣っぽい匂いが」

「貴方達は何か特殊な訓練でもしているの……?」


 匂いを頼りに歩いて行き、俺達は愚鳩竜と邂逅した。

 ワイバーンのように飛膜を有する前脚を地面に付けた姿は巨大なダチョウに似た鶏竜やグリフォンのような鷲竜とはまた違うが、その身を包む全身の羽毛と大きな丸みを帯びたクチバシから彼もまた間違いなく鳥竜の一種だと言う事を察する。

 一見すると狂暴そうなシルエットには不釣り合いな丸く愛嬌のある目がじっと俺達を見つめている。その姿には確かに見覚えがあった。


「もしかして、愚鳩って。ドードーですか?」

「正解」


 師匠はそう言いながら、愚鳩竜の周囲の地面を見回し、抜け落ちたと思われる羽毛を一つ一つ回収してプラボックスに入れていく。


「でも、ドードーって確かかなり前に絶滅したんじゃ……」

「ええ、ドードーは1681年に目撃されたのを最後にこの地球上から絶滅した。以後、新たに愚鳩竜が発見されたという記録は無いわ。彼がおそらく現存する最後の一体」


 それは、つまり……目の前の愚鳩竜が死ねば、愚鳩竜もまた、絶滅する。ということ。


「分かってくれたかしら? 私達が何故ここまで厳重に、そして丁重にあの竜を保護しているのか」

「今まで、そう言う事、考えたこともありませんでした……」


 愚鳩竜は自分の抜け落ちた羽を拾い集める師匠が何か面白い遊びでもしているのかと興味深そうに見つめて、時たま嘴でその体をコンコンと突いてた。


「ちょ! 痛い! もう少し優しくして!」

「あ、大丈夫ですか師匠?」

「弟子くん! ヘイパース!」


 師匠はそう言うと羽の入ったガラスケースを俺にポイと投げつけた。


「うわっ! っとと……いきなり投げないでくださいよ!」

「ナイスキャッチ! 弟子くん的に、その羽を見てどう思う?」


 俺にケースを渡して両手が空いたからか、師匠は愚鳩竜の頬をムニムニと撫でほぐして可愛がっている。


「どう思うって……」


 師匠の意図がいまいちわからないが、とりあえず、中から一枚取り出してじっくりと観察してみる。元がバス程の巨体なので一枚一枚の羽根も立派だ。軸もしっかりしているし、表面を軽く撫でても還元化する様子は無い。


「あ、でも、裏は結構、泥で汚れてるな……ミーシャさん。この施設って、雨も降ったりします?」

「え? よくわかったわね。できるだけ不規則になるように調整して人工降雨も行っているわ」

「直近に雨を降らしたのはいつですか?」


 ミーシャさんは少し待ってね、と言ってから、バッグから取り出したタブレット端末を操作し始める。


「うん、ちょうど一週間前ね。だけど、それがどうかしたの?」

「あ、いえ。裏に濡れて固まったような泥が付いてるんで、そうなると、抜け落ちたのはそれ位かなって……となると、体調は良いってことか……」


 まあ、こんなにも厳重に管理されているのなら、体調不良になんてそうそうなりはしないか。


「何かわかったー?」

「メチャクチャ元気ってことしかわかりません! …………あれ? ミーシャさん、俺なんか変なこと言いました?」


 ミーシャさんは無言で目を見開いて俺と師匠の間を交互に何度も見直していた。


 師匠、またなんかやらかしてる?


「……いや、素直に驚いたというか、感心した。と言うべきかし。あの子もちゃんと先生やってるんだな、って」

「師匠に直接言ってあげてください」


 多分喜びますよ。


「調子に乗るからダメよ」


 ……そうですね。


「あ、でも。師匠は反対派って言ってましたけど、どういう言う意味なんですか?」

「ああ、ソレはあの愚鳩竜が発見されてもう四百年余りが経っているからね、彼に対する研究はもう十分進んでいるの。だから、あの子はこんな密閉された孤独な管理体制に置くんじゃなく、人の目の届かない自然で自由にさせてやるべきだ、と言っているのよ」

「だけど、学会はその方針はできない、と」

「竜は知っての通り還元化によって痕跡を残さないからね。唯一となった貴重な検体の最期を自然に任せるのではなく、最後まで人間の手で可能な限り延命させるべきだ、というのが私も含めて学会の方針」

「……難しい話ですね」


 俺はそれ以上は言わずに、羽の入ったガラスケースをミーシャさんに預けて、愚鳩竜と遊んでいる師匠の方に歩み寄る。師匠と違って、俺にはまだ彼が後何十年、何百年生きるのか分からないけど、せめてその最期の時に一つでも楽しい思い出を思い出せるように。

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