蟻竜‐ソラミレス‐
紫色の小さな花が寄り添い集まった道。それがゆるやかな曲線を描きながらゆっくりと動いていた。それを追うように風船のようにブクブクに膨らんだカエルのような竜がテトテトと短い四つの足を必死に動かして獣道の雑草を押しつぶしながら進んでいる。上を見上げれば、黒い羽毛を纏った翼長10メートルはありそうな怪鳥。
「スミレと上のはカラスですよね……あの丸いのは?」
「あー、アレは
「言われて見れば似てる……かな?」
小学生の時に植木鉢の植物に大量についていた記憶があるので見たことはあるが、流石に詳細までまじまじと観察したことはない。
「何なんですか、ここ」
俺が師匠に連れてこられたのは、未開のジャングルのそのまた奥にある人の手が全く入っていないような森林地帯。鷲竜に乗ってきたのでぶっちゃけここがどこの国なのかとか詳しい場所もさっぱり分からない。ただ、一つだけわかる事は……ここには竜が何匹もいる、ってことだけだ。
「なんていうか、俺達が住んでる保護施設、みたいな場所ですか?」
「ぱっと見はそう感じるかもしれないけど、実体は全然違う。むしろ真逆かな」
真逆、とはまたどういう意味だろう。
「ウチの保護施設にいるのは、みんな訳ありで済む場所を失って人間に集められた竜でしょう?」
「そうですね」
「でもここの子達は、自然と集まって竜達の共同空間を作り出したんだよ」
師匠が山刀で行く手を遮る茂みを切り開きながら言う。
「自然と……って、そんなことあるんですか?」
「あったんだから仕方ないよねぇ」
軽く言ってますが、それってすごいというかある意味恐ろしい事じゃないですかね。
何しろ、竜は基本的には単一個体で生活している。中には近隣の動植物と共生をしている種もいるが、まあ、それでも偶然生活圏が被った、とかそう言うよっぽどのことが無い限り一つの場所に竜が集まることは無い。そのおかげで一匹一匹がゾウやらカバと大差ない巨体、中には小島と同じサイズにもなる竜を一般人の目から隠せているのだ。
「この森が発見されたのが今から三十年前、そこから学会の人間が何度か調査した結果、現在この森に生息している竜は総計十七種類……あ、あった」
そして、師匠は何かを見つけたらしく足を止める。
「これがこのコロニーが出来た原因、って考えられている場所」
師匠が指し示したのは地面に空いた直径数メートルの大穴。その中は底が見通せないほど深く暗い。
「何の穴、なんですか? コレ」
「
「蟻の巣……」
俺の知っているアリの巣の入り口がだいたい大きくてもせいぜい五ミリとかそれ位だと考えると……一千倍か。
「絶対に落ちちゃだめだよ。深さも恐ろしいことになってるし、複雑すぎて学会の捜索チームでも全体の三割くらいしか調査できてないらしいから」
穴の中に対する好奇心が一瞬で消えました。
「ま、今回は弟子くんに色んな竜を見せてあげるのが目的だから蟻竜はとりあえず巣穴前にカメラを置いといて……」
ガサゴソと音を立てて、師匠がリュックの中に細い腕を突っ込む。目的のビデオカメラがなかなか見つからないのか、ゴソゴソというものが擦れるような音はどんどん大きくなる……。
「師匠……ちょっと腕の動き、止めてもらっていいですか?」
「えー? こう」
腕をリュックに肩まで突っ込んだ体勢のまま師匠の動きがピタリと止まる。
止まったはずなのに、ガサゴソと言う音は止まらず、どんどん大きくなっている。その音は既に人間の腕一本で発生させられるような音量ではない。
「師匠、この音って……」
「……出所は、あの穴だね」
師匠と俺はじっと目の前に広がる黒い虚空を見つめる。
「ちなみになんですけど、蟻って肉食じゃないですか」
「……そうだね」
「蟻竜の気性について聞いておいていいですか」
「そこの茂みに身を隠すんだ弟子くん!」
「了解です!」
俺達が茂みに飛び込み、その枝で顔や手足をひっかけながら地面に伏せた数秒後、その穴から一匹の竜が這い上がってきた。
「キシシ」
頬から生えた大顎を模した牙をこすり合わせながら首を左右に振って全身に乗っていた土を振り落としている。
全身を地上に現し、二本の強靭そうな後ろ足を地につけて体を起こすと腕と呼べるような構造に近いが指が枝分かれしていない鋭い一本の爪だけを持つ前脚でポリポリと顔を掻いた。
「蟲竜、ですけど。肉食恐竜みたいな体つきなんですね」
今まで出会った蟲竜はその多くがベースとなった昆虫と同じように体を倒して四つ足(と副脚を使った六本足)を地面につけて移動する種類が多かった。しかし、目の前にいる蟻竜はそれこそティラノサウルスのように二本足で立って歩いている。
「弟子くん、蜂竜の見た目、覚えてる?」
「……言われて見れば、似ているような」
と言っても俺が見た蜂竜は足に泥製の蜂の巣を付けていたのだが、今目の前にいる蟻竜はその巣が付いた状態の蜂竜にはよく似ていた。くびれた腰とか少し大きめの頭とか、太くて短い尻尾とか、その辺は。
「でも、蜂竜が何か関係あるんですか?」
「蟻と蜜蜂ってすっごく近い親戚らしいんだよね。ほら、どっちも女王がいて、兵隊がいて、大きい巣に共同生活して……って生態でしょ? 遺伝子的にはスズメバチより蟻の方が蜜蜂に近いとかおババ様が言ってた……気がする」
そう言えば、海外には人を殺せるくらいの毒がある蟻もいる、みたいなことを昔テレビで見たような気がする。
「でも、なんで蟻竜がいると他の竜が集まるんですか?」
ましてや、気性が荒いのなら縄張り争いになったりしそうなものだが、少なくとも三十年はそう言ったこともなく共生に成功しているらしい。
「現在の地球で、人間の次に生態系を支配しているのは蟻。らしいんだよね。これもおババ様の受け売りなんだけど」
「……蟻が……ですか?」
蟻と言えば、昆虫の中でもかなり小さい方なイメージなので、生態系を支配していると言われても眉唾な感がぬぐい切れない。仮にその言葉を信じたとして、それがどういう理屈でこのコロニーの話に繋がるのかも分からない。
「蟻はね、狩猟だけじゃなくて農耕や畜産もするんだ。一時期、テレビで『キノコを育てる蟻』ってのが流行ってたの、知らない?」
「流行ってたんですか?」
「うわっ……ジェネレーションギャップ……」
なんかショックを受けている。
「ま、まあ。それは良いや。とにかく、蟻が共生している動植物は他の生き物と比べると格段に多いんだよ。蟻に種を運ばせる植物、蟻に外敵から守ってもらう昆虫、逆に蟻の体液を防疫に利用する鳥とかね」
「他の生き物の生態に深く関わっているから、支配している。ってことですか」
極端な言い方をすると『蟻がいないと生きていけない生き物』がいっぱいいる、ってことか。
「そういうこと。ここはそんな風に蟻と共生する生き物から生まれた竜が自然と集まってできたコロニーなんだよ」
師匠の説明を受け、改めて俺は目の前の蟻竜を見上げる。
触角をヒクヒクとさせながら首を左右に振りながら目を眩しそうにしばたたかせている彼の足元に、ここに来る途中に見かけた油虫竜が歩み寄る。
「あ、さっきの……!?」
するとそれに気づいた蟻竜はガバッと口を上下に大きく開いて油虫竜の丸いぶよぶよした体に嚙みついた。
「し、師匠アレ、マズくないですか?」
あのままでは油虫竜が食い殺されるのではないか、そう思って冷や汗が流れる。しかし、咥えられている油虫竜の方が一向に悲鳴を上げたり痛そうに暴れたりする様子を見せない。しばらく見つめていると、蟻竜はゆっくりと油虫竜の巨体を持ち上げ、近くにある大樹の幹にとまらせた。
「大丈夫、だったね」
「ですね……」
蟻竜の口から離れて、樹の幹にがっしりと短い手足を食い込ませている油虫竜には傷がついている様子は無い。ただ、最後に油虫竜の丸いお尻をペロリと舐めて、蟻竜は満足そうにノソノソと森の奥に歩みを進めていった。
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