柘榴石竜‐グラナディス‐


「手榴弾とか、マジか……弟子くん、Uターン!」

「ハイ!」


 ぎゅっと、スニーカーのゴムが音を立てて体の向きを百八十度回転させる、それから数秒の後、背後で凄まじい爆発音と熱波が俺の背中に降り注いだ。

 映画で聞く音より、花火の音の方が近いんだな。爆発音って。

 そんな半分くらい現実逃避じみた感想を抱きながら、俺は今、イタリアで人生最大の命の危機に瀕していた。



 師匠と共に、人気の無い廃墟の荒廃した一室に飛び込み、二人そろって息を荒げながら衣服の汚れも気にせずに砂ぼこりの溜まった床に腰を下ろす。


「はぁ、はぁ……一応撒いたかな……弟子くん、怪我は無い?」

「俺は、大丈夫です……一応、コイツも」


 そう言って、俺は手元の犬猫用のキャリーバッグを開く。その中では揺れを抑えるために大量に敷き詰められたタオルケットの中でイエネコ程の大きさの竜が丸くなってカタカタと震えていた。


「ゴメンね……人間の都合で怖い目に合わせちゃって」


 師匠は申し訳なさそうに竜のごつごつと赤黒いコブのある背中を撫でる。

 その手に気づいた竜は赤い光を放つ鋭利な爪を師匠の手に突き立てた。


「師匠!」

「大丈夫、大丈夫だよ……」


 その言葉は俺にではなく、怯え切った竜に向けられているのだろう。静かにゆっくりと同じペースで背中を撫で続けることで敵意が無いことを必死に伝えている。

 この小さな竜は柘榴石竜グラナディス。柘榴石、ガーネットと言う方が分かりやすいだろうか。この子は、宝石の概念から生まれた鉱石竜だ。

背中から生える赤黒い結晶はガーネットの原石。赤い爪は研磨された鉄よりも高硬度の宝石。その全身から宝石を生み出す存在であるこの竜はその存在を知ったある悪意ある人間によって狙われていた。


「……出入口には見張りがいるし……動き回って探してるやつらもいるだろうね」


 そして、今俺達がいるのは数十年前に廃棄されたらしい宝石鉱山に打ち捨てられた建物。俺達が飛び込んだ部屋に残された木組みの四段ベッドの残骸から見るに炭鉱夫の為の宿舎のような建物だったのだろう。


「アイツら、ガルの卵を奪いに来たのと同じ、ですか?」

「多分違うかな。せいぜい、偶然竜の話を聞いた性格の悪いコレクター趣味の成金の私兵か、金目当てのマフィアって所じゃない」


 珍しく師匠が明確な敵意を込めて言葉を吐き捨てた。どちらにしても、俺達の命を奪うことに躊躇いはなさそうな相手、だと言う事はよくわかった。


「……早く来なさいよ、あのヤロウども……」


 ひび割れた壁の隙間から差し込む光を頼りに、腕時計を確認して師匠がポツリと呟く。


 あのヤロウ、って誰の事だろう。


 そんな疑問を口にするよりも先に、建物の外から連続した銃声が聞こえた。


「もしかして、バレました?」

「いや、だとしたら外であんな連射するわけ……」


 絶え間ない銃声に交じって人間の野太いうめき声が混じり始める。誰かが、撃たれている。そして、一旦途切れたその銃声は、次は建物の内側で途切れ途切れに鳴り響き、徐々に、しかし確実に俺達に近づいてきている。


「師匠、どうしましょう……」


 拳銃でもどうしようもないのに、自動小銃なんて持っている相手に俺達が同行できるわけがない。だが、師匠はふぅ、と緊張をほぐすように息を深く吐いた。


「大丈夫だよ、弟子くん」

「大丈夫……って?」


 同じ階で銃声と人の叫び声が聞こえ、そこから、カツカツ、と一人分の足音がこちらに近づく。


 そういえば、うめき声、ってことは……さっきの追手が撃たれてるってことだよな?


 そして、足音は止まることなく、俺達の隠れ潜む部屋に入って来た。


「やあ、やぁ。生きてますか、竜学者」


 それは、俺の予想通り、先ほどの黒スーツの追手ではなく。むしろ白いジャケットを着た、若い糸目のアジア系の男だった。


「……一つ確認、殺したの?」


 師匠は嫌悪感を隠そうともせずに新たに現れたその男に言葉を投げかける。


「さあ? 学者なら、真相は自分の目で確認なさってはどうでしょうか?」


 そう言って、糸目の男は、片手で軽々と持っている自動小銃の弾倉を抜き、その場に中身をぶちまける。

 金属質な音は無く、青い、オモチャのようなゴム弾頭が薄暗い室内に散乱した。




「それでは、契約通り受け取らせていただきました。報酬はいつもの口座に振り込ませていただきますね」

「いらないわよ、アンタらの金なんて……」


 糸目の男に連れられて建物の外まで出た俺達は、共通のローブのようなものを着た男女様々な人が俺達を追っていた黒スーツを捕らえて縛り上げている姿を横目に柘榴石竜の入ったキャリーケースを糸目の男に引き渡した。


「行くよ、弟子くん……」


 そして、師匠はすぐにここから立ち去りたいと言わんばかりに、俺の背中を促す。


「あの、師匠……柘榴石竜、アイツに渡してよかったんですか?」

「それは、大丈夫だよ。アイツらは絶対に竜に危害を加えたりはしないから」


 師匠はそう断言するが、その表情は苦々しい。


「……何者、なんですか?」

「星竜教……竜こそがこの星の本当の支配者って崇めている宗教組織……だから、あの子は丁重に扱われるのは間違いないから、そこは安心していいよ」


 竜を崇拝する組織……か。確かに、そう言うのがいてもおかしくは無い、のか。


「元々、この旧炭鉱にいる柘榴石竜を確保して引き渡してくれ、ってのはアイツらからの依頼で、本当は連れてバックレるつもりだったんだけど……」

「柘榴石竜を狙う別の組織に見つかった、ってことですね」

「多分、アイツらこうなると分かってて、フットワークが軽い私達に、自分たちが現場に着くまでの間、柘榴石竜を守らせたる気で依頼したんだろうね」


 つまり、俺達は時間稼ぎ要因として便利に使われた、と言う事か。


「ホント、竜を大事にするのは結構だけど、人間の命を軽く見てるから嫌いなのよね、アイツら……ゴメンね。私の読みが甘かったばっかりに弟子くんを危ない目に合わせちゃって」


 今回の危険は今までとは毛色が違う。確かに、できればこの手の危機はもう二度とごめんだ。だけど、一つ気になったことがある。


「師匠、なんでその星竜教からの依頼,受けたんですか?」

「……アイツらが人に頼るって、それだけ竜にとっては危険な状況ってことだから……」


 竜をなによりも最優先に考える人達……か。


 俺はそっと後ろを振り返り、糸目の男に抱きかかえられた柘榴石竜を見る。緊張の糸が切れたのか、丸くなって男の腕の中で眠っているその姿に警戒の色は欠片も無い。すくなくとも、あの子にとっては、あの人は味方なのだろう。

 人が竜の下につく。その共存の形を俺は否定はしきれなかった。

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