斑蝶竜-ミグラント-

「Hello……何よその顔」

「今日も師匠は仕事でいないよ。アイリス」


 ドアを開けると、そこには白い蚕竜の幼体、シルキィを抱き抱えた小さな竜学者がいた。


「がる!」

「ぷしゅ」


 久しぶりの友達の来訪に勘づいたらしいガルが奥から飛んでくる、シルキィも触覚を振って挨拶をしている様子だ。


「シスターが不在なのは知ってるわよ」

「じゃあ、また届け物?」

「……そうね、近いかも」


 アイリスは曖昧な言葉で返事をすると、当たり前の事のように部屋の中にすたすたと入って行きシルキィをテーブルの上に乗せた。完全に勝手知ったる他人の家、と言う状態だ。


「アンタちょっとこっち来て」

「なんだよ……」

「いいから、両手をこっちに出して」


 詳細がまったくわからない。ただ、反発すると後が厄介な気がしたので、大人しく言う通りに両手を差し出す。何かを乗せられるのだろう。とおもっていたのだが。


 ガチャン


「……え?」


 安っぽい金属音。


 そして俺の右手首と左手首の間に走る細い鎖。それにより、俺の両腕は10cm以上の距離を離すことができなくなった。


「なんだよこの手錠!?」

「うるさいわね。ただのオモチャよ。大人しくついてきたら外してあげるわ」

「ついていくって……どこに?」


 手錠をされてまで連れていかれる場所って……。


「グランマがアンタを連れて来いって言ってたのよ」

「グランマって……アイリスのお婆ちゃん?」

「馬鹿ね、察しなさいよ。私の竜学の先生に決まってるじゃない」


 ああ、納得。


「さ、帰るわよ。シルキィ、アナタも一緒にいらっしゃい」

「がる?」


 アイリスはシルキィを再び抱き抱える。

 そして、ガルはと言うと俺の顔と手元を何度か見たあと、ふらっと飛んでアイリスの頭上に着地した。


「ガル……お前、俺を助けようって気は無いのか」

「あらあら、この子は素直で良い子ねぇ。ほら行くわよ、キリキリ歩きなさい」


 くそ、コイツやっぱりちょっと苦手だ……。


「っていうか、こんなものつけてどこまで歩かせる気だよ」

「……アンタ、まさか私が歩いてここに来たとでも思ってる?」

「違うの?」

「当たり前でしょう」


 そう言って、アイリスに引きずられるように玄関の外に出て、その言葉の意味を理解した。


「蝶……竜?」


 外の草原の上に、六脚の竜が浅葱色の羽を広げてアイリスを待っていた。

 体高は5mはあるだろう。蟲竜にしてはかなりの大きさ。巨大な薄い蝶の羽を広げた面積は下手すると俺たちの住んでいる家屋より広いんじゃないだろうか。


「勉強不足ね、この子は蝶竜の亜種。斑蝶竜ミグラントよ」

「それ、渡鳥って意味だよな」

「ええ、そうよ。だってこの子は……」


 そう言ってアイリスは斑蝶竜の足元にある四角い箱に歩み寄る。

 それは、気球で人が乗るあの籠の部分にとてもよく似ていた。


「海を越える蝶を元に生まれた竜だもの」


 そして、上部の開いたその四角い箱の中に入るアイリス。

 よくよく見ると、箱から伸びる4本の立派なロープが斑蝶竜の脚にしっかりと結び付けられている。


 まさか。


「それに乗って、飛んでいくの?」

「そうに決まってるじゃ無い」


 まじかぁ……多分、乗り心地、気球と同じだよなぁ…………。


「エチケット袋って、そこにある?」

「何よそれ」

「やっぱり無いかぁ……」




「…………ぁぁあ……」

「ほら、もう着いたわよ。水入れてあげるから屋敷まで頑張りなさい」

「……ありがと」


 案の定、酔った俺の背中をさすりながらアイリスは俺を立派な洋館に誘導した。

 古い洋館のようだが、中はとても綺麗に掃除が行き届いていた。アイリスが掃除しているのかな。

 玄関の広間から応接室に連れられ、一人掛けのソファに腰を落とす。


「水入れてくるわ、シルキィ、ガル。コイツ大人しくするように見張っててね」


 言われなくても勝手に動く余裕などない。

 アイリスが応接室を出て数分もせずに扉がまた開く。随分早いな、と思ったが、部屋に入ってきたのはアイリスではなかった。


「また、随分と酷い顔だね。ムラサキ坊主」

「イギリスで会ったお婆さん……?」

「手荒な方法で悪いね。こうでもしないとあの家出娘が帰ってこないんでね」


 はて、状況がちょっと分からない。俺はアイリスに拉致されて彼女と彼女の師匠のいる家にいる。

 そして、アイリスと入れ替わりで出てきたのはこの前イギリスで鰻竜について教えてくれたお婆さん。


「水持ってきたわよ。あら、グランマ」

「アンタもご苦労だったねアイリス」


 俺はようやく手錠が外され、アイリスが持ってきた水の入ったコップを一気飲みする。


「えっと、もしかして。お婆さん、師匠の師匠?」





「うちの弟子くん返せ、老害ババァ……きゃいん!」


 俺が拉致され半日が過ぎ、勢いよく部屋に飛び込んできた師匠の額をお婆さんが杖の先で引っ叩いた。痛そう。


「師匠名乗るなら弟子の前ではもっと品良く喋りな馬鹿弟子」

「くそ……おババ様にだけはそれ言われたく無い……弟子くん大丈夫? いじめられてない? 早くこんなところ帰ろう!」


 と俺を見つけるや否や抱き抱えて連れ帰る勢いの師匠。あとなんかグルグル唸ってお婆さんに威嚇している。


「特に何もなかったですけど……」

「ったく、アンタが大人しく弟子の顔を見せに来てればこんな事してないよ」

「むぅ……だってぇ……」

「師匠ってお婆さんと仲悪いんですか?」

「大方、弟子あんたの前で私に叱られるのを見せたくなかったとかそんな理由さね」

「うぐっ!」


 図星らしい。


「クールで頼れる有能お師匠様のイメージ崩したくなかったのに! おババ様のせいで台無しだよ」


 頼れるし実際優秀な竜学者なのは間違い無いと思ってはいるが……。


「師匠のこと、クールと思ったことないです」

「うそ?」


 マジです。


 お婆さんの目的は本当に俺と師匠の顔を見たいだけらしく。

 少し世間話を終えると、「じゃあさっさと帰んな」と用は済んだという感じの言葉を残して応接室を出て行った。師匠とアイリスの師匠、って感じ。

 アイリスはアイリスで、自分の研究があるということで、応接室には俺と師匠が残された。


「そういや、弟子くんどうやってイギリスまで来たの?」


 随分長い間飛んでいると思ったらそんなところまで連れてこられてたのか。


「アイリスが連れてきた斑蝶竜の飛行船に乗ってきました」

「……そっか。あの子、もう人を乗せて飛べるようになったんだ」


 と師匠は少し感慨深そうに呟いた。まるで昔の友達を懐かしむように。

 あ、そうか。師匠も昔はここに住んでいたのだとしたら、あの竜も昔から知っているのかも。


 そして、俺は応接室の壁にかけられた幾つもの写真の中に、色鮮やかな鱗の巨大な蛇のような、それでいてどこか芋虫にも似た竜の頭に乗った女子高生ほどの少女の写真を見つけた。




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