竜卵



「あんな子供が喪主なんて……息子さんいらっしゃったんでしょ?」

「それがもう長いこと前に絶縁して音信不通らしくて、あの子が孫に当たるらしいけど、詳しいことは他所様の家庭の事情だからねぇ」

「じゃあ、天蓋孤独ってやつ? これからどうするのかしらね」

「さあ? でも、もうすぐしたら中学校も卒業するわけだし、微妙な年齢ではあるわよね」

「かわいそうにねぇ」



 そういう噂話は、本人のいないところでして欲しい。ましてやこれからの事なんて本人にすらよくわかってないんだから、他人にアレコレ言われても気が滅入るだけだ。


「本日は、ご参列ありがとうございました」


 祖父の遺骨が入った骨壺を抱きかかえて、俺は名前も知らない祖父の知り合いを見送った。扉を閉めるとセミの喧騒と夏の熱気が少しだけ和らいだ。


「……これから、どうしよう」


 俺は、俺一人だけしかいなくなった家の奥を見つめて、ぽつりとつぶやいて、何もせずに一時間ほど玄関で突っ立っていると、郵便受けにカコンと軽い何かが投函された音がした。

 確認してみると、中にあったのは縦長の白封筒。宛先は俺、そして差出人は……


「じいちゃん?」


 確か、死亡届が出されたら手紙が配送されるサービス、ってのがある、とテレビで見たような気がする。珍しい物好きのあの人のことだ、きっとそう言う類のものだろう。

 なにしろ、その封筒の表紙には遺書とデカデカと書いていたのだから。

 その遺書に書いてあったことを要約すると


『遺してやる現金は少ないが倉庫のモノを適当に売って金に変えたら、あとは進学でも就職でも好きに生きろ。名義は全部お前にしてある』


 とのことだった。生きているうちに口で言ってくれ。




「……ふぅ。暑い」


 一応、ウチの倉庫はエアコンによって温度管理はしっかりされている部屋なのだが、それでも数キロはあるような骨董品やら世界の珍品、ガラクタを仕分けていると嫌でも汗が額を濡らす。


「これは……南米部族の祭典用の面?」


 俺は祖父の遺書に書かれていた、倉庫の品のリストと自分の手元にある牙の生えた木製の面を交互に見て確認を進める。他にお面らしきものが無いので、おそらくこれだ。なお、リストには『金銭価値無し』との記述もある。


 この部屋にあるものは全て祖父が本当に死ぬ直前まで集めていた代物達。体を壊すまでは実際に海外に跳びまわって集めていたのだが、ここ数年は昔のツテで知り合った貿易商の人を家に呼びつけてはみょうちきりんなものを買い漁っていた。

 いや、冷静に考えたらこれだけ買い集めてたらそりゃ、お金無いよ。


「えっとこれが……雷降鳳図画? 中国の古い絵か……これは絵画商に売れって書いてるな……で、これが……?」


 まあ、こんな風に一人でぶつくさ呟きながら祖父が死んでからの一週間をずっと遺品整理に費やしている。幸い、今は夏休みで時間だけは有り余っているし、なにより、それなりに頭も使って体を動かしていると、将来とかやりたいこととか余計な事を考えなくて良い。だから、これが一生終わらなければいいな、と少しだけ思っている。


「……石? でも一昨日に恐竜のフンの化石、とか言うのもあったからなぁ……」


 それは藁の緩衝材に包まれて木箱に納められたヤシの実のような形と大きさの黒い石。外見だけではそもそも何なのか判別できないのでリストに書かれた説明との比較も簡単ではない。


「とりあえず、絵とか工芸品とかではないよな」


 そう言う消去法で辛うじて浮かび上がったのが……。


「『炎の悪魔の要石』……かな、なんか、ただの石なのにちょっと温かいし」


 その石に掌を当ててみれば、その手には確かに熱を感じる。例えるなら暖かい飲み物が入った湯呑とかそう言う感じの暖かさ。


「中になんか入ってるのかな? 溶岩とか?」


 俺はそんな好奇心に釣られてその黒い石を木箱から持ち上げてみることにした。それは想像より少しだけ軽く、感覚としてはスイカを持ち上げたような重量感。宝石や金属の類ではなさそうだ。


「悪魔、ねぇ?」


 と笑っていると、倉庫の外、玄関の方から立て付けの悪い扉が開けられる音が聞こえた。


「……誰か、来た?」


 いや、この一週間、人が来るようなことは無かったし、来るにしたって扉を開けるより先にチャイムを鳴らすものだ。それになにより、俺は確かに、玄関の鍵を閉めていたはずだ。


「……」


 空き巣、あるいは強盗。そんな嫌な予感。俺は音を立てないようにゆっくりと倉庫の扉を開けて、玄関の方を覗き見る。


「黒いスーツの人……役所の人、には見えないな」


 何しろ全員がサングラスで目元を隠しているし、今は真夏、役所の職員もクールビズでジャケットは着ない。見た目だけならもう完全に映画に出て来るマフィアとかそっち系だ。



「この家のどこかにあるはずだ。探せ」


 探す……やっぱり、穏やかな話じゃなさそうだな。


「情報によると見た目は黒い、ヤシの実のような形状でただの石に見えるが、爪で擦ると炭のような粉がつく、それで見分けろ」


 黒い、ヤシの実……爪で擦ると……。


「炭みたいな、粉がつく」


 俺は自分の人差し指についた黒い粉をまじまじと見つめ、ちょうど抱きかかえているソレに視線を落とす。


「持ち帰れなければ俺らの命は無い。邪魔するやつは殺してでも奪い取れ」


 …………マジか。




「はぁ、はぁ!」


 暑い。八月に外を走るもんじゃない。


「ガキがあっちに逃げたぞ! 大通りへの道を塞げ!」


 しかも抱きかかえているこの石自体が熱を持っているから余計に暑い!


「ああ、クソ。なんなんだよ、この石!」


 前方の道に例のマフィアが立ちふさがっているのを確認し、俺はすぐに横道に飛び込む。大通りからどんどん裏道に逃げ込んでいる気がするが、他に逃げ道が無いのだから仕方ない。


「捕まったら、殺される……」


 捕まったら殺される。殺されるのは、嫌だ。だけど、生き残って、その後は……。


「そのあと、どうしよう」

「よっしゃ、確保ぉ!」

「えっ?!」


 一瞬、足が止まった俺を待ちわびていたように、体が横から抱きしめられた。

 しまった、捕まった。と思ったが、すぐに違和感に気づく。


 ……柔らかい、


 追っていたのは全員ガタイの良い男たち。少なくともこんな感触をしてそうなからだつきの人間はいなかった、それによく聞けば声が女性だし……。


「大丈夫かね、少年。怪我してない?」


 その人はパニック状態だった俺のジタバタが収まるのを確認するとそっと手を離して、俺の目線に身長を合わせるように屈んだ。

 綺麗な女の人だった。学校の先生より若いと思うが、成人はしてそう、そんな感じの人。その人は、自分は敵意を持ってはいないとアピールするように、両手の平を見せて、笑う。


「しかし、君も災難だね。捕まってたら本当に殺されてたよ?」

「……あなたは、あのマフィアとは関係ないんですか?」


 と聞くと、その女の人は「マフィア! あはは、確かにマフィアだアレは」と腹を抱えて笑い、ひとしきり笑った後に目じりに浮かんだ涙を拭ってようやく俺の質問に答えてくれた。


「私は……まあ、あのマフィアの敵、かな。まあ、その君が持ってるものが欲しい、って意味じゃ一緒かもだけど」


 どうやら、この人もこの石が欲しいらしい。


「これ、なんなんですか?」

「君が持っているその石は竜の卵だ」

「……は?」

「あ、信じてないね、その顔」


 いや、いきなり竜とか言われても、信じられるわけないじゃない。


「宝石とか爆弾の材料とか言われる方が信じられます」

「そう言われても事実だしなぁ」


 その人は困ったような顔で頬を掻く。マジで言ってるのだろうか。


「見つけたぞ! ガキだ! 妙な女も一緒にいる!」


 マフィアの声が路地裏に響く。


「ヤバっ……しゃーない。少年こっちおいで!」

「えっ? うわっ!」


 その人は俺の腕を掴み、走り始める。急に引っ張られる形になって転びかけるが、なんとか体制を立て直し、その勢いに釣られて走る。


「逃がすな!」


 マフィアは仲間を呼び、十人近くの軍勢で追ってくる。


「この中入って!」

「あの、ここ廃ビル……」

「いいから良いから!」


 と促されるままに、数年前に火事でテナントを失ったまま放置されている廃ビルの中に飛び込む。


「あのビルに入ったぞ!」

「入るところ、見られたよ!」

「だね、ところで少年、体力はある方?」

「……人よりはちょっとだけ」

「じゃあ、屋上まで階段ダッシュ行くよ!」

「えぇ!?」


 そう言うと俺の了解を得ることなく、その人はビルの階段を駆け上がっていく。せいぜい五階建て、いや、十分、ダッシュでのぼるにはキツイ。


「はぁ……はぁ……」

「落ち着いて、転ばないように登るんだよ。大丈夫、あのマフィア共もバテてペース落ちてるから」


 そんな中、唯一楽々とした表情のまま階段を上り続けるその人の後を追って、俺達は、廃ビルの最上階にたどり着いた。


「……あの、行き止まり、ですけど」


 火事の影響で壁は黒く煤けており、屋根は一部倒壊して、光が太い柱のように輪郭をはっきりさせて、差し込んでいる。


「はぁ、はぁ、もう逃げられんぞ。大人しくその卵をこっちに渡せ!」


 遅れてやってきたマフィアもまた、この石を卵と呼んだ。まさか、本当に……。


「ここなら、人に見られる心配もない、よね」


 絶体絶命のはずなのに、その女の人はにやりと笑って、天井に空いた大穴を見上げた。


「ああ、助けも来ない」

「残念、それが、来るんだな」


 そして、その人はピィーと大きな指笛を鳴らした。何かを呼ぶように、


「……雪?」


 最初は小さなひとひらが地面に着くより先に夏の熱気で溶けて消えた。だが、次は二つ、その次は十、その次は百と、あり得ない速度でその数を増やして大穴からビルの中に白い氷の結晶が吹き込んできた。


「な、まさか。お前……!」


 そのマフィアが何かを言い切るより先に、とてつもない勢いでビル内に突風が吹雪いて、マフィアたちを吹き飛ばした。

 階段を転げ落ちるようにドミノ倒して消えていくマフィア達。

 彼らが吹き飛ばされる直前に見上げた頭上の大穴、そこに何がいるのか、確認しようとして……目を奪われた。


 白い、汚れの無いどこまでも白い純白の体毛に包まれた四つ足の生物が、氷のように澄んだ薄水色の羽をゆっくりと羽ばたかせて、空を飛んでいた。


 あれが…………竜。


「ありがと! 助かったよ! クゥちゃん!」


 女の人は空に手を振ってお礼を言う。


「クァアアアア!」


 クゥちゃん、と呼ばれた白い四つ足の竜はゆっくりと羽が当たらないように調整しつつ、ビルの中に降り立つ。体の大きさは白熊くらいだろうか、だけど肉食獣のような獰猛さは感じない。


「さて、少年。君の選択肢は2つだ。それをさっきのヤツらに奪われるか、私たちにそれを譲ってくれるか……」


 ロップイヤーのような長い垂れ耳は狩りをするには適しているようには見えない。この巨体だ、逆に狩られることもないだろうし、草食動物なのかな……。


「おーい、少年? 聞いてる?」

「この卵から、こんな竜が産まれるんですか?」

「え? いや、竜って言っても色々いるからなぁ、多分その卵から生まれるのはまた違う感じの子だと思うけど」


 色々、いるのか。


「この卵、俺が孵したい」

「え?」


 その人は、ハトが豆鉄砲を食らったみたいに目を丸くして、そして、楽しそうに笑った。


「そっか、そう思っちゃったか。じゃあさ、少年、私の弟子にならない?」

「……弟子?」


 何の?


「私、こう見えても、竜の学者をやっててね」


 竜の学者を語ったその女の人は俺に手を差し伸べるように右手を真っすぐ前に差し出し。


「私と一緒に竜の研究、してみない?」


 俺は、ゆっくりとその手のひらに、自分の手を重ねた。


「はい、やりたいです」



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