青黴竜‐ぺニシリオン‐



「師匠、このパン、カビ生えてるんで捨てますよ?」


 雨がしばらく続いていたせいか、食卓に置かれていた食パンの表面に青い模様が出来ていた。


「ちょうどいいや、実験に使うから置いといて」


 カビの生えたパンを……?


「了解です」

「あと、新品の食パンも用意しておいてくれると助かるかな」

「食べるんですか?」

「そっちも実験に使うの」


 じゃあ、今日は食べる用と実験用で二斤買わないとダメか。


「あとついでにチーズもお願い」


 明日の朝食はピザトーストにしよう。



 そして翌日、師匠はタッパーにパンやチーズを詰めていた


「結局、それで何するんですか?」

青黴竜ペニシリオンのカビを貰いに行こうかなって」

「カビ……」


 たしかに野生の生き物からしてもカビって結構身近な存在だから竜が生まれてもおかしくは無い、か。


「竜は繁殖しないって話はしたよね?」

「はい。ききました」


 俺はガルをチラリと見る。


「竜は自然環境に「発生」する卵から生まれるだけで、単為生殖も有性生殖もしない。ですよね?」


 そして、その卵の発生の瞬間は誰も目撃したことが無いので竜の誕生は謎が多い、という話だったはず。


「そそっ、でも何事にも例外ってのがあってね。菌竜は繁殖はしないんだけど、増殖はするんだよ」


 それ、なにがどう違うんだろう……。


 そんな疑問を抱えたまま、俺は師匠と共に保護施設の敷地内にある森林地帯にやってきた。

 数日前まで降り続いていた雨の湿り気がまだ地面に残っており、森全体がむっとした多湿の気配を漂わせていた。

 カビがよく生えそうな感じ。


「お、いたいた」


 師匠が軽快なステップで濡れた落ち葉と土を踏みしめて駆け寄った先にいる彼が青黴竜、だろうか。

 外見は丸い綿毛のように見えた。手足はちゃんとあるのだが、でっぷりと出たお腹に比べて短いのであまり機敏には動け無さそうだ。

 腹、背中、手足と全身の表面は青白い瘡蓋のようなカビに包まれている

 いや、よく見れば青黴竜の体どころか周囲の木々や地面にもカビのコロニーを形成しており、初夏だということを忘れて青白い雪化粧に包まれているようにすら見える。

 ただ、これが全部カビだと考えるとちょっと健康的にどうなんだとも思ってしまう。


「青カビって実は人間にはほとんど無害らしいよ?」

「え? そうなんですか?」

「ブルーチーズとか青カビ生やすでしょ?」


 そう言われればそうだけど……なんかそういう特殊なカビだと思っていたのでこんな風に見慣れたカビが無害と言われても……


「じゃあ、青カビの生えたパンも食えるんですか?」

「青カビだけなら大丈夫らしい……実際は他のカビも生えてるからお腹壊すらしいけど」

「だめじゃ無いですか」


 食品管理はしっかりしよう。


「ま、少なくともここにあるのは全部青カビだから……失礼しまーす」


 師匠はトロリと半目を閉じてゆらゆらと揺れる青黴竜の表皮を優しくナイフで削る。


「弟子くん、タッパちょうだい」

「どうぞ」


 と持ってきたタッパーを差し出すと師匠は青黴竜から削りとったカビの粉末を落として閉じ込めた。


「すぅ……すぅ……」


 一方、青黴竜はというと気にした様子もなくうつらうつらと船を漕いで丸い体を揺かごにでも見立てるようにゆらゆら揺れている。


「随分とおとなしい、ですね」

「樹竜や菌竜は元の概念が他の生き物にとっても脅威ってイメージは薄いからね。それに青カビはさっきも言ったように結構無害だからこの子は特に温厚だよ」

「ちなみになんですけど、病原菌の菌竜は荒っぽかったりします?」

「荒いね」


 やっぱりそうなるのか。


「それじゃ、帰ろうか」

「了解です」




 というわけで、カビのサンプルを採取してからさらに数日が経って、師匠の研究室に呼び出された。


「弟子くん、見てみ見てみ」


 と楽しそうに顕微鏡の前に座って手招きする白衣姿の師匠。


 俺も一応袖の余る師匠の予備白衣を着て顕微鏡を覗いてみる


「……何ですかこれ?」

「青黴竜のカビ」

「……普通のカビと違うんですか?」

「わっかんない」

「え?」


 さらっとそう返されるとも俺には言うことは何も無い。

 というか、今回はまたえらく得意げに言ったな、師匠。


「竜はまだしもカビは専門外だから、そっちは知り合いの方に任せてるんだけど」


 そういえばそんなこと言ってたな。知り合いに渡すためのサンプル回収だって。


「個人的に面白いのは竜の体表から切り取ったカビが『増殖』したってことかな。菌竜だけ、何故体を離れても還元化しないのか……これは一つの仮説なんだけどね」


 と師匠は勿体ぶる態度を取る。


「冬虫夏草って知ってる?」

「虫に寄生して成長するキノコ。ですよね」

「もしかしたら……この小さなカビの方こそ……青黴竜の本体……だったりしてね」

「つまり……竜に寄生する、菌」

「そうなると今度はあのねぼすけ君は何者だってことになるんだけどね?」


 なんてちょっと怖い話を少しいたずらっぽい表情で師匠は言った


「あ、ちなみに。弟子くんに買ってもらったチーズにも青カビ培養してみたんだけどさ、コレ美味しくなってると思う?」

「絶対に食べませんし、師匠も絶対に食べないでくださいよ」


 なんかもっと怖いことを計画していたのでこっちは全力で止めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る