牛竜‐アルデバラン‐



 朝起きると、師匠が何やら電話で言い争っていた。


「だから、お願いしてるんじゃん! それはそうかもしれないけどさぁ……」


 珍しい。

 師匠が電話をしているというのもそうだが、あんな風にゴネているところを見るのは初めてだ。

 師匠は基本的に、やりたいことは勝手にやる人だ。だから、何かを懇願するということ自体あまり多くないイメージだった。


「うん……わかった。わかったけど、弟子くん横取りとか絶対ダメだからね! ちゃんと迎えに行くからね!」


 しかもどうやら、電話の内容は俺に関することらしい。

 通話を終えた師匠は、唇を尖らせながらリビングの椅子に座り直す。


「おはようございます。師匠」

「おはよ、弟子くん。朝ごはんは出来てるよ」


 俺は師匠の正面に座って、チョコ味のシリアルの盛られた器に牛乳を注ぎ込み、先程の電話について聞いてみる。


「さっき、誰と話してたんですか?」


 師匠は答える代わりに、木製スプーンを咥えたまま、じーっと、半目で俺の顔をじっと見つめている。


「顔に何かついてます?」

「弟子くんさ、学校、行きたい?」


 学校?

 今更そんなことを聞かれるとは思っていなかった。

 確かに、俺は義務教育をちゃんと終えずに師匠の弟子になった身。だけど、昔の生活に未練はとくにない。


「別に、友達もいなかったので気にはしてないですけど」

「あー、いや。ゴメン。そっちじゃなくてね」


 そっちじゃない? というか、学校にアッチやソッチがあるのか?


「竜の学校、行ってみたい?」


 竜の学校……竜学者の勉強機関、ということだろうか。


「それは行ってみたいです」


 俺は素直な気持ちを口にしてみたつもりだったのだけど。


「……そっかぁ……」


 師匠はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。


 ◇


「やあ、少年。久しぶり」

「お久しぶりです、アンドレさん」


 鷲竜の背中から降りた俺は、ガルと勉強道具が入った鞄を肩にかけ直して、迎えてくれたアンドレさんに会釈を返す。


「少し背が伸びたんじゃないか?」

「多分気のせいです」


 毎日牛乳を飲んでいるが、俺の身長は一ミリたりとも伸びている形跡が無い。それは師匠との身長差が一切変わっていないことからも明らかだ。


「ガル!」


 やっと解放された、と鞄から飛び出したガルは俺の頭部という定位置で体を伸ばし始める。


「そして、君がガル君か。はじめまして」

「がる?」

「ほら、ちゃんと挨拶しろよ」

「がるる」


 ガルは少しだけ警戒した様子で、アンドレさんの差し出した手の匂いを嗅いでいたが、すぐに気を許したのか小さな舌でぺろりと指先を舐めた。


「こんなに小さな火竜を見るのは初めてだ。きっとみんな驚くよ」

「えっと、その……今日はよろしくお願いします」

「ああ、まあ体験気分で気楽にしてくれ。ようこそ、竜学術会の研究施設、サマエルの庭へ」


 アンドレさんのその奥にそびえ立つ、巨大な建築物を俺とガルは間抜けに口を開けて見上げていた。


 ◇


「牛竜《アルデバラン》の発見は紀元前にまで遡ります。当時はまだ竜学という概念も存在しておらず……」


 日本の学校の教室とはずいぶん違う、コンサートホールのような部屋。その教壇の上に立つアンドレさんが、マイクを片手に話している。


「牛と一口に言っても、皆さんのイメージする牛はさまざまでしょう。黒毛牛や白黒のホルスタイン、アジア出身の方の中には、水牛などをイメージする方もいるかも知れません」


 そして、俺はというと、その教室の一番後ろの席で、スクリーンに映し出された色々な牛の写真を見ていた。

 ちなみに、ガルは早々に飽きたらしく机の上で丸くなって寝ている。


「皆さんもご存知の通り、竜とは我々人類を含めた地球上のあらゆる生物のイメージの集約体です。竜の外見は、その影響をもっとの色濃く受けるところといえるでしょう」


 アンドレさんの声に合わせて、スクリーンの牛達の写真が竜のそれに変わる。

 白と黒のまだら模様の竜、茶色一色で骨張った竜、毛深い頭部から一際大きな角を生やした竜。

 おそらく、この全てが「牛竜」なのだろう。


 俺の前にいる正規の受講生達は、熱心にアンドレさんの話を聞いて手元のノートにメモを残している。

 見た限り、ここにいる人達はだいたい20歳前後、中にはもっと年配の人もチラホラと見えるが、俺と同じ歳くらいの人は一人もいない。


「竜の亜種に関する研究は難しいところがあります。例えば、縞馬竜は馬竜の亜種と捉えるか、別の種と捉えるかは現在も議論が交わされているのは有名な話ですね」


「そういや、師匠もそんなこと言ってたな……」


 たしか、前に俺があった蜘蛛竜はタランチュラに似てて、日本に住む蜘蛛竜は脚が細くて毛が少ない女郎蜘蛛に似ているとか、なんとか。


「牛竜に限った話で言えば、現在はとりあえず水牛やヌ―、アメリカバイソンをベースとした竜も牛竜の亜種と考えるのが主流派です」

「へぇ」


 ◇


 そして、座学の講義が終わり、俺を含めた受講生達は外に連れ出された。

 そこは研究機関の私有地らしい、俺と師匠の住んでいる保護区に似たようなものだろうか。移動がバスだったので規模は段違いでこっちの方がすごいっぽいけど。


「うっぷ……」


 そして、酔った。


「ガルる」


 ガルが翼で仰いでくれるのだが、火竜の体温を受けた風は生温く、清涼感とは程遠い。


「向こうに見えるのが現在機関で保護、管理しているジャージー種の牛竜達です」


 アンドレさんが指し示す先、ざっと百メートルほどの向こうの牧草地に、茶色く筋肉質な体躯の四脚獣竜達がざっと4匹固まっている。


 ここから先は徒歩ということだろうか。

 そう思って、乗り物酔いが残ったままフラフラを歩き出した俺の肩が掴まれた。


「おい君! 近づいたら危ないだろう」

「え?」


 振り返ると、俺を制止したのは一緒に講義を受けていた大学生ほどの日本人男性だった。


「牛竜の最大時速は120kmとまで言われているんだ、気になる気持ちもわかるがこれ以上は危険だよ」


 危険、かぁ。

 たしかに、普通の牛に比べて角も大きく攻撃的なシルエットをしているけれど、気が立っている様子はない。

 あの感じなら大丈夫、だと思うんだけどなぁ。


 ただ、俺達以外の受講者も、この距離は維持したまま、デッサンスケッチや望遠レンズを構えての撮影をはじめていた。

 どうもここが「最前列」らしいことを察して、俺も彼らに倣うことにした。


 ◇


「弟子くん! 大丈夫? 一人で寂しくなかった? いじめられたりしてない?」

「君は親バカ保護者かね……」


 その日の講義を全て終え、施設前に迎えに来た師匠は、スキンシップが普段の数倍増しになっていた。

 痛くはないけどちょっと苦しい。


「というか。君、ここ出禁だろ」

「うちの弟子くんに変なこと吹き込まないでよ!」

「なにしたんですか師匠……」

「……若い頃、牛竜に乗ってちょーっとだけロデオごっこを……ね? それに、ちょっとお偉いさんの私用車をダメにしただけだし!」


 自業自得だった。


「いや、本当。少年がそういうところを真似してなくてホッとしたよ。それで、どうだったかな? 体験授業は」

「あんな風に机に座って、他の人と一緒に竜について勉強するのは初めてだったので新鮮でした。あと……」

「あと?」


 口に出すべきか少し迷ったが、アンドレさんが首を傾げてしまったので、勢いに任せてそのまま言ってしまうことにした。


「師匠が変わり者なんだな、ってのは、よく分かりました」

「っぷ、はははっ。そうか、うん。それは間違いない」

「弟子くん?! アンドレ、アンタどんなこと教えたのよ!」

「そうだな……」


 アンドレさんはわざとらしく考える素振りをする。


「君なら、退屈ですぐに寝てしまうようなことだよ」


 そして、そんな師匠の弟子なのだから、俺もきっと変わり者なんだろう。

 それがよくわかった体験授業だった。


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