第37話 灼熱の騎士 後編

「Guはッ……GぅgYaaaぁaa」



 カオスドラゴンゾンビは、『無駄な努力』だと見せつけるように、傷ついた身体を再生しながら咆哮を上げていた。



「弱点の黒い核を壊してもダメなの⁈」


「グゥゥゥ……」



 傷口の肉がポコポコと泡立つように盛り上がり、再生を繰り返すドラゴンゾンビを目の当たりにしたリンは、思わず驚愕の声を漏らし、コタロウは威嚇の声を上げながら警戒する。


 すると後方から急速に近づく者に、コタロウは『意思疎通』のスキルを介してリンに気配を伝えると――



「はーちゃん!」



――目でたしかめるまでもなく、リンは親友の名を口にしながら振り返える。

 するとそこには、ダメージフィールドを突っ切り、コタロウに向かって駆け寄る親友ハルカの姿が見えた。



「リ〜ン! ちょっと前に詰めて、詰めて〜!」


「え、前に? こう?」



 ハルカの声に、リンは自分が座るコックピットシートの後ろを少し空ける。


 コタロウの足元にまで走り寄ってきたハルカは、立ち止まることなく跳び上がり、ポニーテイルを揺らしながらコタロウの体を器用に駆け上がっていく。



「ヨッと♪」



 ヒラリとハルカは空いたシートの後ろに腰を降ろすと……リンにいきなり後ろから抱きついた。



「わわっ! はーちゃん、なに? なに⁈」


「リン成分の補充中! あ〜癒される〜」


「そんなことしている場合じゃないよ。早くしないとあのドラゴンが……」



 困った表情を浮かべるリンの頭に、ハルカは頬をすりよせながら、謎成分を堪能する。



「たぶん大丈夫よ。アイツ、傷の再生中は動けないから」


「え? そうなの?」


「じゃなければ、悠長に私たちが合流する時間なんて与えてくれるわけないわ。ダメージに比例して再生スピードは遅くなるみたい。再生が終わるまで、まだ少し時間が掛かるはず。だから私も……いまのうちにリン成分を補充しとかないとね♪」


「ええ〜」



 再び抱きつき頬をすり寄せるハルカに、リンは困り果てていると……。



「くま〜」


「あっ、クマ吉!」



【進化召喚】で見た目はカッコ良くなったのに、口調はいつも通りの残念仕様で、よりギャップの激しくなったクマ吉が、いつの間にかコタロウの横に歩み寄っていた。



「はーちゃん、もう終わり! このままクエストをクリアーできないと、コタロウやクマ吉とお別れにしなきゃいけなくなっちゃう。そんなのイヤだよ。私は、みんなと一緒に居たいから!」



 普段のリンならば、決して使わない強い言葉に、ハルカは並々ならぬ意思の強さを感じ取る。



「クッ、そうだったわ。名残惜しいけど続きは終わった後にしましょう」


「はーちゃん、終わった後もしないからね。それより……」


「リン、わかってる」



 ハルカは表情を引き締めながら、声もまた、真剣なものへと変える。……猫耳をつけたまま!



「黒い結晶体を壊したのに再生しているわね。ゾンビになった時点で、もう弱点ではなくなったのかな? 前より再生スピードは遅いみたいだけど」


「あっ、でもはーちゃんとクマ吉がつけた傷は再生してないよ。顔と左目」


「それと私が属性弾で焼いた胸元の穴ね。見えないけど、たぶん背中も再生してないんじゃないかしら? 火属性の攻撃なら再生できないのは、前と変わらないみたい」


「じゃあ、火を使った攻撃なら」


「再生ができないなら全身を、それこそ細胞をひとつ残らず焼き尽くしてしまえば、再生もできなくなるだろうけど……」



 ハルカは言い澱み、表情は曇らせる。



「現状では、体を焼き尽くす手段がないわ。クマ吉のMPはすでにからっぽで、火魔法は使えない。私も属性弾は打ち尽くしていて残弾はゼロ。仮にMPや属性弾があったとしても、あの巨体を焼き尽くすだけの火力がない」


「コタロウの神気レーザーカノンと剣の攻撃も、再生されちゃってる」


「わう〜ん」


「くま〜」



 二人の言葉に、コタロウとクマ吉はションボリした声で鳴いていた。



「なにか手を打たないと。でも、どうすれば……」



 現状を打破する方法が思いつかず、カオスドラゴンゾンビの体が、少しずつ再生していく様を見たハルカはあせる。


 リンの『みんなと一緒に居たい』……そんなささやかな願いを叶えてあげたいと、あらゆる手を頭の中で考えるが、有効な手段は思いつかない。


 何十、何百の考えが頭の中で浮かんでは消え、最終的に辿り着いた答えは……現状ではどうやっても、カオスドラゴンゾンビを倒す手段は存在しないことだった。



「もうすぐ再生が終わる。なにか手はないの⁈ 確実に倒せる方法は火魔法で再生不可能なダメージを与えること。でもクマ吉はMPが尽きたから、もう魔法は使えない。MPさえあれば使えるのに……そうだ、ないなら、他人の余ったMPは使うとか? たとえばロボットアニメみたいに、コタロウとクマ吉をつなげてMPを補給したり……」



 焦りがハルカの冷静な判断力を奪い、やがて突拍子もない考えが頭の中に次々と浮かび上がっていく。



「ダメダメ! MPを供給できたとこで、あの巨体を焼き尽くすのに、どれだけのファイヤーボールを撃ち込めばいいのよ。仮に撃てたとしても、一発撃つだけでかなりの時間がいる。悠長に何十発も撃つ時間をくれるワケがない。いや、立ち止まって撃つんじゃなくて、移動しながら魔法を撃てば? クマ吉がコタロウに乗って走りながら撃つとか……ムリだわ。ああ、もう! いっそのことロボットアニメみたいに二匹が合体とかできれば、手っ取り早いのに!」


 その時、ハルカの頭の中に、昔見たロボットアニメのワンシーンがよぎり、二匹の召喚獣と映像が重なり合った。



「わう……」


「くま……」



 二匹の召喚獣もまた、リンの願いを叶えるべく、自分たちにやれることはないのかと、必死に考えていた。


 クエストに失敗すれば、自分たちの存在は抹消される。それは現実世界でいうならば、死を意味することは理解していた。


 宣告された確実な死を前にして、生きる者が思い描くのは、自らの生への渇望であり、死への怯えであったであろう。


 ゲームキャラとして存在するコタロウとクマ吉もまた、死への恐怖を感じていた。


 だが……二匹の召喚獣は、それ以上に召喚者であるリンの願いを叶えて上げたいという思いが勝り、なにかできることはないのかと思いを募らせる。


 なんでもいい。ご主人様の願いが叶うのなら、自らがどうなっても構わない。ただリンのささやかな願いを叶えてあげたいと……二匹も必死に考える。



「なにか……手はないのかな。なんでもいいの。私やみんなでやれることは、本当になにもないの⁈ クマ吉や、はーちゃんが火属性の攻撃ができないなら、私が今から覚えるとか? ……いまからなんてムリだよね」



 リンもまた、この状況を覆せる方法はないかと模索するが、いくら考えても打開策は思い浮かばない。

 むしろなにも思いつかず、不甲斐ない自分に、気持ちは暗く沈んでいく。



「どうすれば……」



 答えを得られないまま、下を向いていたリンがふと顔を上げると、暗い表情を浮かべ考え込む親友と召喚獣たちの姿が目に映る。



「……」



 その姿を見たリンは少し考え込み何かを思いつくと、意を決した眼差しで、口を開く――



「い……いやいやいや! みんな、そんなうつむいて考えていたら、良い案も思い浮かばないから! コタロウとクマ吉のいつものボケはどこいった〜ん。はーちゃんのツッコミを私がして、どうするね〜ん!」



――ハルカのいつもやるツッコミのように、手をパタパタさせ、ぎこちない仕草でリンは手を動かす。



「リン?」


「わう?」


「クマ?」



 突然のことにキョトンとなるハルカと二匹……『やってしまった』と、空気は止まり、リンの顔は真っ赤に変わる。



「あ、あの、その……なんかみんな暗い顔していたから、楽しい気持ちになれば、なにかイイ案も浮かぶかなって……ごめんなさい」



 リンは恥ずかしそうにうつむき小声で答えると……。



「……ぷっ♪」


「わん♪」


「くま~♪」



 するとハルカと二匹の召喚獣は同時に笑い出した。



「あ、う……な、なんで笑うの〜!」



 みんなの笑い声が広間に響き渡り、先ほどまで漂っていた重い空気が吹き飛んでいく。



「だって、リンがいきなりおかしなことを言いながら、大阪弁でツッコミを入れだすんだもん♪」


「わう♪」


「くまくま〜♩」


「だって私じゃ、お笑い芸人を目指す、はーちゃんみたいにうまくツッコミがいれられないから、大阪弁でソレっぽくしてみるしか思いつかなかったんだもん。それにしても、ツッコミ道って難しいね。何気ないツッコミも、タイミングと勢いが大事だってわかったよ。さすがはーちゃん。将来、Nー1グランプリに出場したら、コタツの前で必ず応援するよ♪」


「わう〜」


「くま〜」



 リンは和かな笑顔で答え、二匹は『僕らも応援する〜』と吠えると――



「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ! 私は別にお笑い芸人なんが目指してないから! ツッコミ道ってなに⁈ なんでリンの中で、私が笑の祭典『Nー1グランプリ』に、出場することが決まっているの⁈ それ以前にそんな大会に親友が出るなら、会場まで応援にきてよ! むしろボケ役はアンタ達なんだから、応援している場合じゃないでしょうに!」



――ハルカの口から、電光石火のツッコミが入り、コタロウとクマ吉を『ビシッ!』と指差していた。その光景を見たリンは笑いだす。



「あはは、やっぱり私たち漫才グループを目指せるかも! がんばって優勝しようね」


「わん♪」


「くま♪」


「もう好きにして……」



 二匹は『だね♪』と吠え、ハルカはもう何を言っても無駄だと諦めに似た言葉を放つと口元を緩ませる。


 リンの言葉にハルカたちの心は明るくなっていく。暗かった雰囲気は消え去り、いつもの和んだ空気が漂いはじめていた。



「よし! じゃあ私たちが将来、お笑いグループを組むために……まずはアイツを倒してレアクエストをクリアーしないとね」


「うん。みんながいればきっと何かいい方法が見つかるよ。だから……がんばろう!」


「わん」


「くま〜」



 皆の顔に笑顔が戻り、新たなる決意を胸に秘めた時、コックピットに備え付けられたディスプレイモニターから、突如として虹色の光が溢れ出す。



「また⁈ 今度はなに⁈」



 眩しい光に、リンは目を細めながらディスプレイを見ると、虹色の輝きを放つシステムメッセージが表示されていることに気がつく。



【覚醒者の神気レベルが一定値を超えました】

【ワールドシステムへの限定アクセス権利獲得】

【保有する神気を全消費して願いを送信可能です。送信しますか? YES / NO】



「ワールドシステム? 願いを送信って?」


「わからないけど、はーちゃん……」



 リンは視線をチラリと前方に向けると、再生を終え立ちあがろうとするカオスドラゴンゾンビの姿が見えた。



「今、やれることがあるのなら、やろう」


「ん〜、現状で打開策はないし、やらずに後悔するより、やって後悔したほうがマシね。……よし、やろう」


「ワン」


「くま〜」



 皆がリンの言葉に同意すると、リンは右手を勢いよく掲げ、人差し指を天に伸ばす。



「私は、まだみんなと一緒にいたいの……だからお願い!」



 リンは願いを込めて手を振り下ろし、指が『YES』のボタンを叩くと、ディスプレイは虹色の光を放ちだす。



【覚醒者たちの願いを送信……願いの承認を確認】

【ワールドシステム・ユグドラシルのデータ改変を開始します……データの書き換え終了】

【改変内容に従い召喚獣同士のデータコンバートならびに最適化を開始します……1%】



「データコンバートって?」



 リンは表示されたメッセージを読み、コタロウとクマ吉に視線を向けると、そこには互いの目を点滅させ見つめ合う二匹の姿があった。



「なにか……データのやり取りをしているの?」


 互いに何か会話するかのように……高速に目を明滅させる姿は、さながらパソコンのアクセスランプが点滅しているかのようだった。


 なにかが起こる前触れのように、不気味な静けさが辺りを包んでいく。だが……その静寂を突き破るかのように、獣の咆哮が広間の中を駆け抜ける。



「Guはッ……GぅgYaaaぁaa」



 ついに狂える死竜は傷の再生を終え、忌まわしき者たちを憎しみに満ちた目で捉えながら立ち上がる。

 なぜか動きを止めたままのコタロウとクマ吉を見たドラゴンゾンビは、それを勝機と見るや、トドメを刺そうと脚を踏み出した。



「はーちゃん」


「どうにかして、時間を稼がないと……」



【召喚獣のデータコンバートならびに最適化中……10%】


 ハルカは視界に映るシステムメニューを手当たり次第にタップし、『ステータス』や『アイテム』、『装備』果ては『システム設定』のウィンドウまで開き、策を捻りだそうとする。



 名前 ハルカ 

 職業 ガンナー LV15


 HP 270/270

 MP 50/50

 STR 45(+10)

 VIT 1

 AGI 80

 DEX 13(+15)

 INT 1

 LUK 1


 ステータスポイント残り 50


 所持スキル 銃打

       弾丸作成

       精密射撃

       チェインアタック

       跳弾 NEW



「ん? そういえばこのスキル、さっきレベルが上がった時に覚えたんだっけ」



 おもむろに【跳弾】のスキル名をタップする。



【跳弾】

 ・ガンナー固有スキル

 ・ガンナーの撃ち出したモノが硬い障害物に命中した場合、跳弾する

 ・跳弾の軌道は、跳弾時の入射角とスピードに依存

 ・撃ち出したものが跳弾したとき、ダメージと攻撃速度増加




「これは……イケるかも!」


「はーちゃん?」



 メニュー画面と、にらめっこしていたハルカは口元を釣り上げながら柔かに笑みを浮かべると、残るステータスポイントをすべてSTRへと振り込んでしまう。



 名前 ハルカ 

 職業 ガンナー LV15


 HP 270/270

 MP 50/50

 STR 95(+10)

 VIT 1

 AGI 80

 DEX 13(+15)

 INT 1

 LUK 1


 ステータスポイント残り 0


 所持スキル 銃打

       弾丸作成

       精密射撃

       チェインアタック

       跳弾



「あとは……クッ」



 ハルカは目を閉じながら意識を集中すると、ヒドイ頭痛が襲いかかる。

 いつもならすんなり聖域ゾーンに入り込めるはずが、力の使いすぎで、これ以上は危険だと体が警告の痛みを発していた。


 だが、それを無視して、ハルカは無理やり意識を聖域ゾーンへと突入させる。



「ダメ!」


 苦痛に眉をひそませるハルカ、それを見たリンは、親友が聖域ゾーンへ入ろうと無茶をしているのだと直感し、止めさせようと声を張りあげた。



「少しだけ……それに今はリンがそばにいるから大丈夫」


「だけど……」


「リンだけじゃない。私もコタロウやクマ吉とまだ一緒に遊びたい。だから、いまは無茶をしてでも、できることをやらなきゃ。この程度の痛みで、みんなと一緒にいられなくなるなんてゴメンよ!」



 ハルカは痛みを振り払い、意識を聖域に達する深さにまで無理やり沈める。体の細胞一つひとつが、自分の意のままに動かせるような全能感を覚える。五感の鋭さが増し、世界がクリアーになっていく。それに比例して頭痛も増すが、聖域ゾーンへ至ったハルカに痛みや苦しみは、もう伝わらない。



(もって四十秒!)



【召喚獣同士のデーターコンバートならびに最適化中……35%】


 ハルカはシートから後ろに跳び上がり、コタロウの背と腰の上に着地すると、後ろ腰に装備したホルスターから、弾の尽きた一丁のデザートイーグルを手にする。




「はーちゃん、もう弾がないんじゃ?」


「残弾はないわ。でも弾はある!」



 弾がないのにあると言い放つハルカは、手に持つ銃を軽く空中に放り投げる。クルクルと回転しながら、重量に従い下に落ちてくるデザートイーグルの銃身をハルカの手がキャッチする。


 本来、手に持つグリップ部分をドラゴンゾンビに向け、まるで斧を持つように銃を握ったハルカは、おもむろに頭の後ろへ振りかぶる。



「まさかはーちゃん……」


「リン、そのまさかよ! あとで絶対に回収するからね!」



 足を天高く上げるその姿は、野球でいうピッチャーの投球フォームだった。

 上げた足を勢いよく振り下ろし、手に持った愛銃をカオスドラゴンに向かって、ハルカは力強くブン投げる。



「Gaぁぁaaa⁈」



 重さ約二キロもあるデザートイーグルが、凄まじい勢いで狂える死竜に向かって飛んでいく。

 それを見たドラゴンゾンビは、腕を上げ急所である首元の黒い結晶をガードするが――



「あっ!」


「ぐGYぁ?」



――投げられた銃はドラゴンゾンビに当たるどころか、洞窟の天井に当たり、明後日あさっての方向に飛んでいってしまう。


 その光景に思わずリンは声を上げ振り返ると、すでにハルカは二投目のセットポジションに入っていた。



【召喚獣同士のデーターコンバートならびに最適化中……50%】


「よしよし、だいたいわかった。じゃあ、気を取り直して第二球!」


「はーちゃん、それたまじゃないよ」


「リン……これはたまだから、問題ないわ!」



 するとハルカの目に、スキル【精密射撃】による白いガイド射線が表示される。

 真っすぐに伸びる射線へ重なるように、ハルカは第二球をカオスドラゴンに向かって投げ放った。


 一球目と同じく豪速で飛んでいくデザートイーグル……だがそれを見た混沌の死竜は――



「GAぁaaa」



――今度は防御することもなく笑みを浮かべ歩きだす。


 それは先ほどと同じように、自分に当たる軌道ではなく、大きく外れた攻撃だと判断した上でのことだった。


 そしての予想通り、ハルカの第二投はカオスドラゴンゾンビに当たらず、その手前の天井に当たり――



「はーちゃん、また天井に!」


「大丈夫!」



――ハルカの声と共に銃が天井を跳弾し、スピードと破壊力を増した愛銃は、真下を歩くドラゴンゾンビの右目に突き刺さった。



「Gyあaaぁぁぁ⁈」



 突然の痛みと暗闇に、ドラゴンゾンビは我を忘れて吠え、ハルカはガッツポーズを決める。



「どうだ! 一投目は跳弾具合の確認と油断を誘うための布石、本命は二投目よ!」



 クマ吉に左目を焼かれ、右目をハルカに潰されたカオスドラゴンゾンビは、血の涙を流しながら頭を振り痛みに悶えだす。



「これで少しは時間が稼げる」


「はーちゃん、息をして!」



 手をパタパタさせるリン、それを見たハルカは慌てて沈めた意識を浮上させ、息を再開する。



「ス〜ハ〜……これで良し。リン、コタロウとクマ吉の様子は?」


「うん。もうちょっと、いま80%を超えから」


「まだ距離があるし目も潰したから、再生して攻撃してくるまでの時間は稼げたかな、あっ⁈」



 だが、そんな期待を裏切るかのように狂える死竜は鎌首をもたげ、大きく息を吸い込みはじめる。



「時間稼ぎがバレてる⁈ 目の再生を待つより、ブレスで無差別に攻撃するつもりだ。このままじゃコンバートが終わるより前にブレスの方が先に……」


「えっ……」



 もはや、持てるすべてを使い果たした二人に打つ手は残されておらず、リン達の首に絶望という死神の鎌が添えられる。



「ごめん。リン……もう手がないかも」


「はーちゃん……」



 困ったときに助けてくれるハルカ、できることしか口にしない親友の言葉を聞いて、リンはコタロウとつながる操縦バーを強く握り締める。



「諦めない。最後まで私は諦めないよ! お願いコタロウ動いて、このままじゃブレスで……またコタロウとお別れなんて私はイヤだよ。だからお願い、コタロウ動いて!」



 リンの必死の叫びが、広間に響き渡ったときだった。



(ワン)



「この声……コタロウ?」



 リンの頭の中に、か細く吠える子犬の小さな声が聞こえると、ディスプレイにメッセージが表示される。



【小さき魂を代償に、データコンバートおよび最適化短縮の願いを送信します……受諾ならびに承認を確認】

【データコンバートと最適化の残りプロセスをユグドラシルで計算……終了】

【コンバートならびに最適化のデータを各召喚獣に送信……終了】



「小さき魂を代償って? わっ!」



 ディスプレイから、正視できないほどのまばゆい虹色の光が放たれ、思わずリンは手をかざして眩しさから目をガードする。


 やがてディスプレイにふたつの文字が大きく浮かび上がり、リンは目を細めながら指の隙間からそれを見た。



「これって……」



 ディスプレイに浮かび上がった虹色に輝く二つの文字……リンは躊躇ためらうことなく、目の前に浮かぶ文字に手を伸ばすと――



「コタロウ! クマ吉!」


 

――二匹の召喚獣の名を叫びながら、【合体】の文字を力強くタップした。




「ワオーン!」


「クマー!」



 吠える二匹の召喚獣……すると、ただならぬ気配を感じたカオスドラゴンゾンビは、まだ吸い込み終わらない息を止め、目の前にいるであろうリン達に向かって腐食のブレスを吐き出す。



「GぅgYaaaぁaa」



 多少威力は落ちようと、感じた気配に向かって撃てと本能が命令を下し、そのめいに体は素直に従った。


 首を横に振り、広範囲にブレスを吐き終えた狂える死竜は、すぐさま潰された右目を撃ち込まれた銃ごとくり抜き、目の再生に取り掛かる。


 そのかん、わずか二十秒……だがカオスドラゴンゾンビにとって、それはとても長い二十秒だった。


 なぜならば……目の見えぬ自分の前に、突如として生まれた巨大で底知れぬ気配と熱気が、わずかな時を、永遠にも等しく感じさせたからであった。



「Guぅぅ……」



 暗闇の中で恐怖に耐えるドラゴンゾンビ……そしてついに目の再生が終わり、再び光を取り戻したとき、その目には真紅の鎧を身にまとう、ひとりの騎士の姿が見えた。



「GウgYああぁぁぁ!」



 恐怖が狂える死竜に襲い掛かり、それを振り払うかの如く威嚇の声をあげ、息を吸い込みはじめる。


 だがその姿を見ても真紅の騎士は動かない。十秒……二十秒……息を吸い続けるドラゴンゾンビ、そして三十秒掛けて限界まで息を吸い込み終えると、先制攻撃と言わんばかりに腐食のブレスを騎士に向かって吐き出した。


 だが真紅の騎士は、避ける素振りすら見せず、微動だにしない。そしてブレスが体に直撃する瞬間――



「ウォォォォォ!」



 咆哮と共に、体の各部に設けられた排熱口から凄まじい勢いで炎が噴き出し、騎士の体を覆い尽くす。


 炎とブレスがぶつかり合う。だが腐食の息は、騎士の鎧へ届く前に炎に焼かれ、一瞬で蒸発してしまう。


 逆巻く炎が広間を明るく照らし出し、辺りの気温を上げていく。



「……」



 やがてブレスを吐き終えたドラゴンゾンビは、目の前に広がる光景を見て、声を失い体が震えだす。


 そこには先ほどまでいた二人の少女と二匹の獣たちの姿はなく、代わりにひとりの騎士が……いや、正確にいうならば真紅に輝く騎士の鎧を身にまとった人型ロボットの姿がそこにあった。


 全長五メートルを超え、スラリとした手足を備えた八頭身の機械仕掛けの騎士が、巨大な剣を背に立っていた。


 空気の吸排気口から絶えず吹き出される業火が、まるでマントのように体を覆い燃え上がる。


 おもむろに騎士の手が動き、豪火のマントがなびくと、背丈よりも長い剣を背中からスラリと引き抜き、剣先をドラゴンゾンビへと向ける。すると――



「我らがご主人様に仇なすものよ。今までの狼藉の数々……許しがたし。我らが怒りの炎で断罪してくれる。覚悟するがいい!」



――リンの騎士ナイトであるコタロウの渋い声が広間に響き渡り、手にした大剣が紅蓮の炎に包まれる。


 それはまるでコタロウの怒りを体現したかのように、熱く激しく燃え上がるのであった。



灼熱の騎士バーニングナイトコタロウが現れた!】



……To be continued『獣を超え、機械を超え、神をも超えし者 前編』

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