第24話 狂宴
「参る!」
「グギャアァァァァッ!」
初心者の洞窟に設けられた広間で、騎士と竜……いや、獣たちの戦いは始まった。
天井一杯に広がる光苔は暗い洞窟内を明るく照らし出し、
両手で持った騎士剣をドラゴンにチラつかせ、注意を引くコタロウ……後ろにいるご主人様に避けたブレスが当たらぬよう、騎士は戦場を駆けていく。
ガチャガチャと鋼鉄の鎧、いや……装甲を鳴らしながら走るコタロウを、後ろ向きのままカオスドラゴンは睨み待ち構えていた。
リンとの距離を十分に空けたコタロウは、進行方向をドラゴンへと向け真っすぐに駆けていく。最短距離で走りくる騎士に混沌の竜はタイミングを計り、太く強靭な尻尾を振るう。
横から迫る尻尾を軽くジュンプして回避したコタロウに、間髪いれず前脚の凶爪が襲い掛かる。左右の脚から繰り出される攻撃を騎士は、まるでステップを踏むかのように最小限の動きだけで
「グルゥ……ガァッ!」
苛立ちを見せるカオスドラゴン、何度もコタロウ目掛けて腕を振り下ろすも掠りもしない。
「我が防御力を上回る攻撃だとしても、当たらなければ問題ない。ドラゴンといえど所詮はトカゲだ。いくら力があろうとそれを活かす知恵がなければ意味はない。そしてその逆も
カオスドラゴンの攻撃を避け続けていたコタロウは、爪の攻撃をかい潜り、太い腕に剣を突き立てた。ウロコを貫き、その下にある肉に剣が突き刺さった感触を感じた瞬間、貫かれたウロコが爆発し剣は押し返されてしまう。
だがコタロウは、爆発の力に逆らわず後ろに下がると剣を再び構える。すると正眼に構えた騎士剣の切っ先に血が付いていた。
「やはり切るよりも突き刺した方が攻撃の面積が小さい分、爆発を最小に抑えられるな。ウロコはある程度傷つかなければ爆発もしない。それとこの血……リアクティブアーマーといえど、その下にある体にダメージは入るようだな」
「ガァ!」
だからどうしたと言わんばかりに、カオスドラゴンの傷ついた箇所は再生され、ウロコも元通りに生え変わる。そして再び爪を振るいコタロウに攻撃をはじめた。
「ふむ。狂える竜よ、ご主人様のために、いま少し付き合ってもらうぞ!」
いくど攻撃されようと騎士は避け剣を振るい、いくら攻撃を受けようとドラゴンの傷付いた体はすぐに再生し攻撃を放つ。終わりの見えない騎士とドラゴンの戦い……いつ終わりとも知れない狂宴は続く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「は、はーちゃん、コタロウの動き、なんか変だよ。いつもよりスピードが遅い?」
「ん〜、あまり変わらないと思うけど?」
「全然違うよ。ほら、いまの攻撃もギリギリで避けていた。いつもなら余裕なはずなのに……」
「ダメージが入って、動きが鈍ってきている?」
「え! コタロウ、大丈夫かな……」
後ろから、愛犬を見守る召喚士リンは、親友のガンナーハルカと、明らかに動きが鈍いコタロウを心配していた。
「あの無敵に近い鋼鉄ボディーに、ダメージが入るくらいだから……でも今は頑張ってもらうしかない。私たちが、あのドラゴンに勝つ方法を考えつくまでね」
「勝つ方法を考える?」
「そう。コタロウは時間を稼いでくれている。あのドラゴンの手の内をさらけ出し、倒す方法を見つけるためにね」
「なら、みんな一緒に戦えば⁈ コタロウだけじゃ……」
「パーティーだからこそ、コタロウは一人で戦っている。このパーティーの壁役はコタロウで、防御力も高く耐久力もある。敵の攻撃からみんなを守ると同時に、強敵と遭遇した際、時間稼ぎの役目を担うのよ」
「パーティーの役目……」
「そう、私はアタッカーだから、敵を倒すのが役目ね」
「それだと私、なんの役にも立っていないよ」
いつもコタロウとハルカに助けてもらい、お荷物的なポジションにいると自覚しているリンは、役に立てない悔しさと憤りを感じ、『ション』として顔を下に向けてしまう。
そんなリンの姿を見たハルカは、微かに振るわせる親友の肩に手を置く。
優しく置かれた手から伝わる温もりと思いに、はっと顔を上げたリンの目に映ったのは、優しく微笑む親友の姿であった。優しい笑顔の中に見える強い意志を感じさせる眼差しは、何もできない自分を責めるなと言っているようだった。
「そんなことないよ。その場にいるだけで幸せな雰囲気になる存在にして、戦況の見守り役! パーティーメンバーの渇いた心を潤すオアシス! リンはこのパーティーの癒し役ね」
「うん。ありがとう。はーちゃ……あれっ? 待って、私……やっぱり役にたってないよね⁈」
言い方が違うだけで、実質同じ意味に捉えられる言葉を聞き、ジト目でリンは親友を見た。その少し拗ねたその顔を見て、ハルカは心のシャッターを切りまくった。また一つ『リンLOVE写真集』にコレクションが加わり、ホクホク顔になる。
「ふふっ、言い方が悪かったわ。ごめん、ごめん。リンはこのパーティーに必要不可欠な存在なのよ。コタロウとクマ吉を使役できる唯一の召喚士にして、普通じゃない結果を導き出すラッキーガール! この状況を打破できる、可能性を持った祐逸無二の存在、そして可愛い! 可愛いは正義! つまり……リンは神なのよ!」
「か、神さま?」
ハルカの瞳に怪しい輝きが灯り、それを見たリンは『いつも通りの平常運転だな』と苦笑いしていた。
「そう、リンは神なの! その天使のような可愛らしさ、聖母のような優しさ、つい守ってあげたくなる庇護欲の権化、たまにやるドジなとこもキュートでたまらない。一生懸命にがんばる姿を見ただけでキュンとなるわ。これを神と言わずして何を神と呼ぶの⁈ これからはリンのことを神さまと呼ぶべきかしら? あっ! リンは女神でもいいかも、女神リン! まさにピッタリ、これからはそう呼びましょう」
「はーちゃん、神さまはちょっと嫌かな……」
「そお? じゃあ今まで通り、リンでいくか〜」
トリップする親友を見て、ちょっと複雑な気分になるリンであったが、自分を必要としてくれている親友の言葉を聞き、元気と笑顔を取り戻していた。そしてどちらともなく二人は顔を見合わせ、笑い合う。
「さあリン、アイツに勝ってレアクエストをクリアーするための情報を集めるわよ」
「うん、はーちゃん、みんなであのドラゴンに勝とうね」
二人はうなづき合い、ドラゴンと戦うコタロウ見ると――
「グギャァァァァ!」
――カオスドラゴンは、当たらぬ攻撃に苛立ち、咆哮をあげていた。
すでに何十と攻撃を繰り出していたが、すべて避けられ擦りもしない。代わりに竜の体はいたる場所を切り裂かれ、その度に爆発が起こり、瞬時に失われた箇所を再生していた。
一進一退の攻防が繰り広げられる中、飼い主であるリンはコタロウの動きが少しずつ遅くなっていることに気付く。ダメージによるものか、はたまた攻撃を続けることによる疲労なのか……どちらにしても時間が経つほどに精彩を欠いていく。
「んん? リンの言った通りかも……コタロウの動きが明らかに鈍くなってる」
「やっぱり……疲れちゃったのかな? 交代して休憩したほうが?」
「そうしたいのは山々だけど、私たちじゃ壁役はできないし、唯一サブタンクとして戦えるクマ吉は……」
ハルカとリンは、離れた位置で体を丸め、うつ伏せに倒れたままのクマ吉をチラリと見る。
「気絶してるのかな? ピクリともしないけど……心配だよ」
「ロボットが気絶ってどうなの? まあそれは置いとくとして、今の状況じゃ、コタロウに頑張ってもらうしかないわ」
「そうだね。よし、コタロウ頑張って〜!」
「ご主人様、任されよ」
リンの声援は、洞窟内に吹く風に乗って愛犬の耳にも届いた。すると騎士は大きく後ろに距離をとり、カオスドラゴンを中心に大きな円を描くように再びグルグルと走りはじめた。
いつもの軽やかな動きではなく、ガチャガチャと音を立て鈍重なスピードで走る。体にまとう鋼鉄のボディーが、まるで体の自由を奪うウェイトベストのようにコタロウの動きを阻害する。
「さて、任されたからにはその期待に応えねばない。しかしどうしたものか……ふむ、古来よりドラゴンといえば首切りの昔話が多い。ここは先人にあやかって試してみるか」
カオスドラゴンは、長い首を伸ばしコタロウの動きを追っていた。そして攻撃のタイミングを計りはじめたとき――
「頃合いだ!」
――コタロウは直角にも等しい急激な進路変更を行い、加速しながらドラゴンへ向かって走りだす。今までの鈍重な動きがウソのような軽やかな動きに、コタロウを目で追っていたカオスドラゴンの視界から、騎士の姿は消えていた。
首と視線を動かし、コタロウを探すカオスドラゴン……すると不意に足元から声が聞こえた――
「こっちだ!」
「グォォォォ⁈」
――ドラゴンは長い首を引き、視線を下に落とす。するとそこには、左手の甲を下に剣を水平に構えながら跳び上がるコタロウの姿があった。
それはさながら、大口径の砲台から撃ち出された砲弾のような勢いで首へと喰らいつく。緩急を付けた騎士の動きにカオスドラゴンの目は追いきれず、コタロウの攻撃についていけない。
カオスドラゴンは、咄嗟に前足で首の根本付近を防御するが、コタロウはその上を狙う。
「その首もらった!」
コタロウの剣が、横一文字に竜の首に喰らい付く。巻き起こるリアクティブアーマーの爆発! だがスピードを乗せた鋼鉄ボディーの質量は、爆発を物ともせず肉を切り裂き続ける。
「ぬぉぉぉぉぉっ!」
「グァァァァァッ!」
爆発により飛び散りウロコが鋼鉄ボディーに突き刺さりダメージを与える。しかしコタロウはそんなダメージお構いなしと、剣に当てた手の甲を前に押し出し、剣をさらに首の中へと押し込んだ。
リアクティブアーマーの下にある首の肉が切り裂かれ、血が噴き出す。そして……剣の柄を両手に持ったコタロウは、トドメとばかりに騎士剣を横に斬り払った。
剣の切っ先に付いたドラゴンの血が、振り抜いた剣の軌道に沿って綺麗な円を描きながら飛び散る。
次の瞬間、胴体から完全に切り離された狂竜の頭が、ゆっくりと地面へ落ちていく。
勢いが止まらず、カオスドラゴンの後方へと跳び抜けたコタロウは、空中で見事な一回転捻りを決め、カオスドラゴンに向かい合うように足を滑らしながら着地する。
鋼鉄の足裏と洞窟の硬い地肌が接触すると、摩擦により火花が盛大に散る。散り終わった跡には、二本の黒い線が残っていた。
見事な着地を決め、コタロウが顔を上げたとき――
「やったか! な⁈」
――目の前にカオスドラゴンの顔があった。
凄まじい勢いでドラゴンの顔が、コタロウの体を跳ね飛ばしていく。
「くっ!」
「コタロウ!」
リンの声も虚しく、跳ね飛ばされた騎士はゴロゴロと地面を転がり、倒れていたクマ吉の近くで動きを止めた。
「一体なにが、お……重い」
うつ伏せに倒れたコタロウは、下半身に覆いかぶさる重みに動きを封じられ、思うように体が動かせなくなっていた。何事かと自分の上に乗っかるものへ顔を向けると、そこにはドラゴンが……いや、正確に言えば、斬り落とされたドラゴンの頭が乗っていた。
頭と地面に下半身を挟まれ動けなくなるコタロウは、頭のない胴体に視線を向ける。するとそこには、斬られた首の傷口をブクブクと泡立たせながら、肉体を再生していくカオスドラゴンの姿があった。
「なんて奴なの⁈ 自分の斬り落とされた頭をスイングした尻尾で打って、コタロウに叩きつけるなんて」
「そんな、首を斬っても再生するなんて……あれ? でも、それだとなんで? あっ! コタロウ逃げて!」
離れた位置から二匹の戦いを見ていたリンの目に、完全に顔の再生を終えたカオスドラゴン見え、大きく息を吸い込む姿が映っていた。
それは無敵の鋼鉄ボディーさえも、ドロドロに溶かす灼熱のブレスを吐き出す仕草だった。
「まずい、頭に挟まれて動けん⁈」
慌てて逃げようとするコタロウだったが、身体にのし掛かる頭に悪戦苦闘していた。
それを見たハルカは、素早く後ろ越しに差したデザートイーグルの一丁を手にする。愛銃のマガジンキャッチを操作して、銃の弾倉を引き抜くと、銃を脇に挟み、片手でマガジンに詰まったメタリックシルバーの弾丸を指で弾いて抜いていく。
すべての弾丸を抜き終えると、腰のベルトに通したポーチから一発の赤い弾丸を手にし、マガジンに装填する。再び銃にマガジンを入れ終えると、スライドパーツを引き、弾丸を
「この火属性の弾丸は数があまりないけど、攻撃力だけは今ある弾丸の中で一番高い。お願いだから効いてちょうだい」
愛銃を構え、引き金を引くと同時に、火属性の弾丸が音速で打ち出された。狙うは大きく膨らませた胸……うまくすればリアクティブアーマーを貫通し、肺にダメージを与え、ブレスが吐けなくなるかもと淡い期待をかけて撃ち出す。
つんざくような轟音から撃ち出された属性弾は、赤い弾道を空中に描き大きく膨らんだ胸に命中しウロコが爆発する。だが、カオスドラゴンのウロコは爆発し傷口を作るも、やはりリアクティブアーマーを撃ち抜けず、ダメージを与えられない。
「まずい、これでもダメなの⁈」
「やめてー! 誰かコタロウを助けて!」
リンの願いも虚しく、なおも息を吸い続けるカオスドラゴン、コタロウは必死に頭から這い出ようともがく……そして、ついに肺一杯に空気を吸い終えると――
「グアァァァァァっ!」
――雄叫びにも似た声と共に、カオスドラゴンは灼熱のブレスを吐き出した。
「ダメー!」
「こんな所で、ご主人よ、すまん!」
鋼鉄をもドロドロに溶かすブレスが、コタロウに向かって吐き出された。
「コタロウ!」
コタロウがいた場所は炎に包まれ、広間の気温をドンドン上げていく。さっきまでのブレス以上に熱い炎に包まれたコタロウを、リンとハルカは唖然として見ていた。
それはコタロウの溶かされた姿を見たからではなかった。二人が唖然とした理由、それは――
「クマァァァァ!」
「クマ吉⁈」
――近くて気絶していたはずのクマ吉が、突如として立ち上がりコタロウの壁として立ち塞がったからだった。
クマ吉の赤い鋼鉄ボディーは、灼熱のブレスによりさらに赤く赤熱化していた。少しずつ装甲が溶けてHPが減っていく。
「お願い、耐えてクマ吉!」
「クッマァァァァァ!」
リンの願いに応えるかのように、クマ吉は気合を入れブレスに耐え続ける。時間にして十秒くらいであろうか、リンにとっては永遠とも思える時間の中で、ついにブレスは途切れた。
すかさずクマ吉が後ろを振り向き、ドラゴンの頭を抱えると足を踏ん張り、頭上に高く持ち上げた。
「クッ、クッ、クマー!」
四肢に力をいれ、勢いをつけるとカオスドラゴンに向かって頭を投げつける。凄まじい勢いで投げつけられた頭だったが、狂竜は体を回転させ尻尾で打ち落とす。
そんな攻撃、我には効かんと言いたげた表情を浮かべ、顔を上げるカオスドラゴンの右目に突如として火の玉が飛び込み直撃する。
右目に打ち込まれたクマ吉の炎魔法、『ファイヤーボール』がカオスドラゴンの目玉を焼く。
「グギァァァァァッ!」
焼かれる痛みから、混沌の竜はもがき苦しむ。その隙に、ドラゴンの頭から解放されたコタロウとクマ吉は、急ぎリンとハルカの元へと戻る。
「コタロウ、クマ吉、無事だね。良かった〜」
「ご主人よ。心配を掛けた」
「クマー」
二匹の無事な姿を見てホッとするリン……そしてハルカは、右目を抑え苦しみの声を上げるカオスドラゴンの姿をジッと見ていた。
「はーちゃん?」
「いよし、大体わかってきた。あと少し、ヒントが欲しいとこね……リン、コタロウとクマ吉が戦ってくれた時に、何か気がついたことはない?」
「気がついたこと? ……んと、コタロウがあの子の首を切り落とそうと跳び上がった瞬間、変だなって思ったの」
「変?」
「明らかに首に攻撃しようとしていたのに、あのドラゴンは首の付け根あたりを守ろうとしていたよ」
「……たしかに首を斬られても平然と再生するアイツが、わざわざ防御するなんておかしいわね。とっさのことで弱点を防御したと考えられるわ。リン、ナイス情報よ♪」
ハルカは親指を立て、ウィンクしながらリンにサムズアップする。
「わ〜い♪」
「さすがは我がご主人様だ」
「くま〜♪」
二人と二匹に笑顔が戻り、場の雰囲気がよい方向へと変わっていく。
「じゃあ、アイツが苦しんでいる間に説明するわ。アイツに勝つ方法をね。みんなで倒して、レアクエストクリアーよ!」
「おー!」
「うむ!」
「クマー!」
狂宴の宴は、終わりを告げようとしていた。
……to be continued 『カオスドラゴン攻略戦』
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