第22話 リンと初めてのレアボス
◆ 【強制クエスト】発生
レベル 70
初心者の洞窟に現れた
報酬 10万ゴル
必要討伐数 1匹
期限 あり
発生条件 【機獣召喚】スキル所持者がパーティー内にいること
発生条件を満たすと、強制的にクエストは開始される。
プレイヤーはクエスト中、以下の制限を受けます。
・クエストのキャンセルは不可。
・ゲームを強制終了させた場合、クエストは失敗と判定されます。
・このクエストで召喚獣のHPがゼロになる。もしくはクエストに失敗した場合、召喚中の召喚獣データーは消去され、以後は召喚できなくなる。
「え? な、なにこれ⁈」
リンがモニターに表示されたクエスト内容を見て大きな声を上げると――
「グォォォォォッ!」
――そんなリンの声をかき消すように、割れた空間から凶々しいドラゴンが
全身を闇よりも暗い黒で塗りつぶし、体を覆う鱗の輪郭は、血よりも鮮やかな赤でぼんやりと光っていた。
血走る金色の瞳が辺りをギョロギョロと見回し何かを探しはじめる。
「なにこいつ⁈ 見ているだけでゾワゾワして鳥肌が立つ。こんなのネットの情報サイトに載っていなかったわよ! 新キャラ? 隠しボス? どっちにしても普通じゃない!」
ハルカは這い出てきたものを見て、瞬時にそれが普通のボスキャラではないと判断するやいなや、即時撤退を告げる。明らかに場違いなボスモンスターを見て、数々のゲームをクリアーしてきたゲーマーの直感が、今のままでは勝てないと警鐘をならしていた。
「グゥゥゥ、ワン!」
「グオー!」
這い出てきたドラゴンを見て、普段とは違う唸り声をあげる愛犬コタロウとクマ吉の二匹は、明らかに敵意を剥き出しにしながら威嚇の声をあげていた。
二匹を見たハルカは、普通ではない雰囲気を感じとりリンに視線を向けると……そこには青い顔で体を震わす親友の姿があった。
「リン、撤退するよ。これはどう考えても、いまの私たちじゃ太刀打ちできない。レアクエストはあきらめるしかない」
「だ、ダメ! 逃げたりクエストを放棄したら、コタロウとクマ吉のデータが消去されて二度と召喚できないって……ど、どうしようはーちゃん⁈」
「どういうこと⁈ クエストを見せて!」
「クエストが書き変わっている? レ、レベル70⁈ なんだってこんな高レベルクエストに変更されているのよ! それにクエスト失敗時のペナルティーが召喚獣のデータ消去? プレイヤーが獲得したアイテムやデータの消去なんて、いまどきのゲームでありえない! どういうこと? あとで運営に文句いってやる!」
「グゥゥゥ。ワン!」
「グオォォン!」
いまだ敵意を剥き出しにした二匹は、ドラゴンからリンを守ろうと威嚇の声を上げ続けていた。それは『ご主人様に近づけば殺してやる!』と明確な殺意を込めた吠え声だった。
そしてぶつけられた殺意に反応し、辺りをキョロキョロしていたドラゴンは、コタロウたちを視界に収めると――
「グオァアーーー!」
――大気を震わす獣の咆哮が、リン達に浴びせられる。ガチガチと歯を鳴らし自らの体を抱くリン、そんな親友をハルカは抱き寄せる。二人の本能は、無意識の内にドラゴンを恐怖していた。
「は、はーちゃん……これ、本当にゲームなの⁈」
「そう、ただのVRゲームのはずなのに……なんだってこんな」
「はーちゃん、どうしよう、コタロウとクマ吉が」
リンは泣きそうな顔で助けを求め、それを見たハルカは怒りを覚える。愛犬を亡くし、ずっと悲しみに暮れていたリン、なぜかゲームの中でロボット犬として生き返ったコタロウと再会し、ようやく笑顔を取り戻したというのに……。
そんなリンの笑顔を奪う存在に、ハルカの心はマグマのように熱く煮えたぎりドロドロとした感情が渦巻く。
コタロウとクマ吉の殺意に反応して、カオスドラゴンは忌々しいものを見つけたかのように目を細めると、太い尻尾を地面に叩きつけ大地を揺らした。
ドラゴンのさらなる威嚇、それは二匹の召喚獣へ、完全にターゲットが固定されたことを意味していた。互いに出方をうかがい、三匹は睨み合う…… 緊迫した空気の中、さいしょに動いたのは――
「グォォッ!」
――混沌の竜であった。
「攻撃が来るわ! フォーメーションAよ! 逃げられないならやるしかない!」
「ワオーン!」
「クマー!」
ハルカの声に二匹が瞬時に反応して動き出す。コタロウが挑発スキル『吠える』でドラゴンのタゲを奪いつつ斜め前へ駆け出す。するとハルカもまた、デザートイーグルを腰のホルスターから抜くや否や、コタロウとは反対の方向へ走り出していた。いまだ恐怖で立ち尽くすリンを護るように、クマ吉はご主人様の前に立ち壁となる。
フォーメーションシステム……いかなる条件下であっても、あらかじめ決められた役割をそれぞれが担うことで、効率よく戦いを有利に導くよう編み出した基本戦術である。細かな指示を出すことが難しい、混戦や混乱時に力を発揮するシステムであり、リンの召喚獣は迷うことなく動いていた。
フォーメーションAは、最後尾にいるリンが
「グオァアーーー!」
「わう⁈」
「速い!」
数メートルを超える巨体からは想像もできないスピードで、加速したカオスドラゴンは、トップスピードに乗って疾走するコタロウに追いつき並走する。
体長3メートルを超えるカオスドラゴンの巨体と、1メートルにも満たないコタロウ……まるで軽トラックと子ども用自転車並の体格差であった。
そんな小さな体で走るコタロウに、カオスドラゴンが進路を邪魔するかの如く幅寄せし妨害する。危険な
「ワウ!」
危ないと感じたコタロウは、迫るカオスドラゴンの巨体の上を飛び上がると、必殺の『
そして次の瞬間――
「コタロウ!」
「キャウン」
――リンの叫ぶ声も虚しく、宙を飛んでいた鋼鉄のボディーは、洞窟の壁へ水平に激突し横たわってしまう。
リンは見た。空中に吹き飛ばされたコタロウに、カオスドラゴンの尻尾が打ちつけられた瞬間を……そして、軽々と鋼鉄のボディーが地面と水平に跳ね飛ばされる光景を見ていた。それと同時に視界の端に映るパーティーステータスが変化したことにリンは気がつく。常に緑色であったコタロウのHPバーが赤くなっていることに……。
「こ、コタロウ……だ、ダメージが!」
「まさか⁈ あの鉄壁を誇る鋼鉄のボディーにダメージが⁈」
跳ね飛ばされたコタロウを見たハルカもまた、コタロウの赤くなったHPバーを見て驚愕していた。
「グオォォォ!」
壁に激突し、ピクリとも動かないコタロウを見たリンは――
「クマ吉! コタロウを助けて!」
――叫ぶように命令を出すのだが、その言葉に意味はなかった。なぜなら……。
「グルルル……」
「わっ⁈ ク、クマ吉?」
すでに混沌の竜がクマ吉に向かって走り出し、眼前にまで迫っていたからだった。
「グオォー!」
「あ、あぶない! リン、逃げて!」
「クマ吉、避けてぇ!」
「クマ!」
ドラゴンは鋭い爪を振りかざす。リンの避けての言葉を……クマ吉は無視する。クマ吉はその場から一歩たりとも動かなかった。なぜならば、彼のいまの使命は『リンを守ること』であり、それ以外の行動をとることはないからである。
恐怖で満足に動けないリン……いま自分が避ければどうなるか? たとえその一撃が死を意味するものだとしても、クマ吉は避ける訳にはいかなかった。
「クマ吉! 」
カオスドラゴンは突進しながら目前で飛び上がり鋭い爪を振りかざす。しかし、クマ吉はその場から微動だにしない。それどころか振り下ろされた腕に対し、両手を広げ受け止める構えをとったのだ。
「え? ま、まさか……だめ!」
リンは必死に手を伸ばすがもう遅かった。
『ガーンッ!』という硬い金属同士がぶつかる音と共に、クマ吉の体は殴り飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。そして、まるで人形のようにうつ伏せのまま倒れ込み、ピクリとも動かなくなる。
「そんな……いや!」
リンは悲痛な叫びをあげるが、無情にもカオスドラゴンは次なる獲物を求め、目の前にいるリンに狙いを定め、その凶々しい爪を帯びた腕が振り上げられた。
「グオァアーーー!」
「あ、あ……」
振り上げた腕を見たリン……頭では逃げなきゃと思っていても、恐怖に縛られた心がそれを許さない。少女はただ脚をふるわし立ち尽くす。
「リン! させない」
動けないリンに襲い掛かろうとするカオスドラゴンに、ハルカは両手にするデザートイーグルの銃口を向け、トリガーを絞る。凄まじい音と衝撃が銃身を跳ね上げ、流線型の弾丸が音速のスピードで撃ち出された。
当たれば、コンクリートブロックを粉々に破壊する恐るべき威力を秘めた最強の
「きゃっ!」
「グォォォォ!」
マグナム弾が着弾すると同時に、凄まじい爆発が巻き起こりカオスドラゴンはよろめいた。ハルカは弾丸が着弾した部分から、モウモウとした黒い煙が上がり、表面の黒いウロコに穴が空いているのを細めた目で確認する。
「なにか変だわ⁈」
「グゥゥゥ……」
傷口を見たハルカが眉をひそめると同時に、背中を見せていた狂竜は何事かと、目の前にいたリンを無視してノソリと後ろを振り向く。すると……カオスドラゴンの金色に輝く目は、少し離れた場所にいたハルカの姿を視界に収めていた。
「逃げてリン!」
ハルカは声を上げると同時に、両手にした銃を連射していた。
撃ち出した弾丸の反動で跳び上がる銃口を力でねじ伏せ、二丁の銃から六発の弾丸……計十二発のマグナム弾が瞬時にカオスドラゴンの体へと撃ち込まれると、次々と爆発が巻き起こる――
「グォォォォン!」
――まるでそんな攻撃は、効かないと言いたげに吠え声を上げるカオスドラゴン……体のあちこちのウロコが爆発で消し飛び、空いた穴から地肌が見えていた。
そしてドラゴンの背中を見たリンは、ハルカの攻撃で傷つき失ったウロコが、瞬時に再生し元の状態に戻る光景を目にしていた。
「は、はーちゃんダメ! 攻撃して空いた箇所のウロコが、また生えて傷口が埋まってる!」
リンが声を上げると、撃ち込んで開いた十二か所の傷口のウロコも一瞬にして生え揃い、なにもなかったかのように元通りになっていた。
「ウロコが再生? 攻撃が効いていない? それにあの着弾時の不自然な爆発……まさか⁈ あいつの体を覆う黒いウロコはすべて、対戦車砲すら無効化する
ハルカは驚愕していた。現代兵器において、陸上戦の花形とも言える戦闘車両……大口径砲弾による圧倒的火力で、敵陣地を蹂躙する戦車の追加装甲として開発されたリアクティブアーマー。
その原理は、表面装甲に強い力を加えると、装甲内に収められた爆薬が起爆し内部爆発を起こす。その爆発により表面装甲を吹き飛ばし、攻撃を相殺するのである。
「あれがリアクティブアーマーだとすると、私の銃じゃ撃ち抜けない! とりあえずリンからターゲットは外せたけど……遠距離攻撃でアイツをリンから引き離して、コタロウとクマ吉の回復を待つしかないか」
デザートイーグルのグリップについたマガジンキャッチを操作し、空になった弾倉を地面に落とすハルカは、後ろ腰のベルトに差していた予備弾倉にグリップを叩きつけるかのように振り下ろす。
するとグリップ内にできた空間に新たなる弾倉が押し込まれ、銃に装填される。そして口元にまで左右にもつデザートイーグルを持ち上げると、銃の上部パーツであるスライドパーツを口に
全弾を撃ち尽くしたデザートイーグルの弾倉を、わずか四秒で交換し終えたハルカは、再び銃口をカオスドラゴンに向けトリガーを引きながら走り出していた。
カオスドラゴンの体に、再び爆発が起こりウロコに穴が開くとすぐに塞がってしまう。
「ぐっ、やっぱりあの装甲は、
ハルカは走りながらも銃は構え、カオスドラゴンにマグナム弾を撃ち込み続ける。着弾のたびに爆発が起こり、ウロチョロと遠距離から攻撃するハルカを鬱陶しそうに睨むと、突如として大きく息を吸い込みはじめた。
「なにか仕掛けてくる⁈」
カオスドラゴンは頭を天に向けながら胸をさらに膨らませると……体を覆う黒いウロコの輪郭が、一斉に赤く暗い光りを放ちはじめた。
見るだけで心が萎縮するような
ドラゴンの閉じた口から、凶々しい黒い光が溢れ出していた。
それを見たハルカの直感が告げていた。いまから何かとんでもない攻撃をカオスドラゴンは仕掛けてくる。本能が警鐘をガンガン鳴らし絶対に避けろと叫んでいた。
「な、なに、これ……はーちゃん! 逃げて!」
「グオァアーーー!」
心を恐怖に絡め取られたリンは、震える体で親友ハルカに逃げてと叫ぶ……しかし無情にも、その声はカオスドラゴンの上げた声と口から放たれた黒いブレスに、かき消されてしまう。
全力で逃げる進行方向に向かって黒いブレスは放たれていた。しかしハルカはそれを待っていましたかと言わんばかりに、口元を吊り上げて跳び上がる。
それは背面高跳びのように綺麗なフォームで、放たれたブレスを軽々と飛び越えていた。
ゲーム内で割り振ったステータス数値、
五メートルを超える高さにまでその身を躍らせたハルカは、空中で姿勢を制御すると両手にしたデザートイーグルの銃口を攻撃中のカオスドラゴンへ向けるのだが――
「しまった!」
――ドラゴンの目は笑っていた。
その笑みを見てハルカは気付いた。跳び越えたブレスが、いまだ放たれ続けていることに……だが空中に身を躍らせた少女にもう逃げ場はない。
カオスドラゴンはブレスの向きを変えるため、顔を上に向けようとした時だった!
「だめぇぇぇ!」
恐怖に体を震わせ満足に動けなかったリンは、いつの間にかカオスドラゴンの足元へ駆け寄り、手にした短剣を左後ろ足の膝裏に突き刺していた。
普通ならば、リアクティブアーマーの役目を果たすウロコの前に、非力なリンの攻撃など通るはずはなかった。しかし
「リン!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「グゥゥォォォ!」
次の瞬間、爆発が巻き起こり、リンは爆風に吹き飛ばされてしまう。そしてバランスを崩し、膝を折るカオスドラゴンのブレスは、何もない洞窟に放たれ洞窟の壁に大きな傷跡を残し消え去ってしまう。
「クッ!」
辛くも空中でブレスの直撃から逃れたハルカは、地上に着地するなり、リンのいた方へ顔を向ける。するとそこには、地面にうつ伏せに倒れた状態から、頭を振りながら体を起こそうとするリンと、ブレス攻撃を邪魔され怒り狂うドラゴンの姿があった。
「グギャアァァァ!」
『雑魚の分際で!』と叫ぶように、すでに腕を振り上げていたカオスドラゴンの爪が、リンに向かって放たれる。
「避けてぇぇ! リーン!」
もはやこの距離では、いくら音速で飛ぶ銃の弾丸といえど間に合わなかった……ハルカにできることは、ただ声を上げることしかできなかった。
そしてまだ攻撃されたことに気付かないリンは、急に暗くなった周りの明るさにボンヤリと顔を上げると、すぐ目の前に凶々しいドラゴンの爪が迫っていることにようやく気がついた。
「コタロウ!」
目をつぶり腕で顔をガードするリン、その時だった――
「
――それはコタロウの……いつだってリンが困ったときに、そばで助けてくれる
「わがご主人様に仇なす不届き者め! わが剣の
恐る恐る目を開くリンの前に、カオスドラゴンに臆することなく剣を構える、凛々しい
【コタロウ……ナイトモードが現れた!】
……to be continued 「ビーストナイト」
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