第2章 レアクエスト編
第13話 リンとハルカの騒がしい朝
「リン、起きな」
「ん〜、はーちゃん、もう少しだけ〜zZZ」
「気持ち良さそうに寝ているとこ悪いけど……遅刻するわよ? 高校生活初日から遅刻なんて、リンらしいけどね」
「ん〜、いま何時?」
「八時ジャストよ。私は新入生代表の挨拶があるから、あと十分で支度できなかったら、先にいくからね?」
「は、八時⁈」
ハルカの声に、リンはベッドから飛び起きると化粧台の前に座り込み、急ぎブラシで髪をとかしはじめる。
「まずいよ、初日から遅刻なんて⁈ お母さん、なんで起こしてくれなかったの!」
「いや、おばさん、七時から声を掛けていたけど、リンが全然起きてこないって言っていたわよ?」
リンの勉強机に、脚を組んで座わるハルカは呆れながら答える。
「えー! まったく記憶にないよ」
パジャマを脱ぎ捨て、昨晩だしておいた制服と下着へ手を伸ばす。
「リン……またブラをせずに寝たの? 形が崩れるから、やめなよ」
「だって圧迫感でなかなか寝られないんだもん。それに私、はーちゃん見たく胸がないから……」
「リン……大きくても、ロクなことないのよ」
「はーちゃん……高校でそんな話しちゃ、ダメだからね?」
「いやいや、リンに言われるまでもなく、こんな話しないわよ! って早く着替えて、あと五分しかない。先に玄関に行くからね」
「待ってよ、はーちゃん!」
スタスタと部屋を後にするハルカ……急ぎ制服に袖を通し着替えたリンは、机に置いてあった新品の学生鞄を手すると部屋を飛び出し、階段を駆け降ていく。
階段の途中、器用にヘヤーバンドを着けながら洗面台へと向かう。
洗面台で顔をパシャパシャと洗い、リンは手早く歯を磨く。洗濯カゴにヘヤーバントと使用したタオルを投げ込むと、玄関へ急いだ。
おろしたての制服に身を包んだリンが、真新しい
「
「おはよう、お母さん」
「騒がしい朝がまた始まったわね……遥ちゃん見たく、もう少し早く起きて、余裕を持って行動してほしいわ。はい、これくらいは飲んでいきなさい」
娘の騒がしい朝の行動を呆れながら、母親はリンを
リンは、野菜ジュースをゴクゴクと一気に飲み干す。
「ぷは〜、ありがとうお母さん。今日、入学式に来るでしょう?」
「もちろんよ。お父さんと二人で行くわ。遥ちゃんの親御さんは来られないみたいだから、私たちがバッチリ二人の写真と映像を撮るわ。お父さんなんてスマホで十分なのに、わざわざカメラなんて買ってきたのよ?」
「カメラッて……スマホがあるのにね」
「レトロなとこがいいんだ〜! て言って張り切っていたわ。まあ、自分のお小遣いで買ったんだからいいけどね。ほら、そろそろ行かないと……あっ! そうそう、帰りに入学のお祝いに食事に行くから、遥ちゃんも誘っておいてね」
「わ〜い♪ 私タクアン食べ放題の店がいい! じゃあ行ってきます!」
「そんな店、あるのかしら……いってらっしゃい」
母親に別れを告げ、玄関のドアを勢いよく開け放つと、門の前でハルカがリンを待っていた。
「リン遅いよ、早く行こう」
「はーちゃん、ゴメンね」
リンは玄関の横に置かれた犬小屋の中をチラ見しながら、ハルカと並んで歩き出す。
もういなくなってしまった愛犬コタロウ……亡くなった当初はずっと泣いて過ごしていたが、リンの顔は明るい。
死んだはずのコタロウが、なぜかオンラインゲームの中で転生を果たし、毎日一緒に過ごしているからだった。
いろいろとツッコミどころ満載ではあるが、リンはゲームの中で蘇った愛犬に喜び、この一週間、ずっとハルカと二人で遊んでいたのだ。
おかげでレベルも充分に上がり、今日、レアクエストに挑戦することになった。
はじめてのレアクエストに興奮して寝つけなくなったリン……おかげで入学式当日の朝を寝坊してしまった。
「リン、昨日寝るの遅かったの?」
「ん〜、みんなでレアクエストに挑戦することを考えていたら、寝られなくなっちゃった」
「うん、うん。私も攻略サイトで情報を集めていたら、寝るのが遅くなったわ」
「はーちゃんもか〜、やっぱりあのゲーム楽しいよね。コタロウもいるし」
「だね。レベルも上がって、パーティーの連携も取れるようになったし、今日のレアクエストは楽しみだわ」
「うん♪ 入学式が終わったらさっそくって、そうだ! はーちゃん、お母さんが入学式の帰りに、ご飯へいこうって、いくでしょ?」
「いくよ〜♪ うちの両親そろって海外赴任中で、家には家政婦さんしかいないからね」
「じゃあ、お母さんにメールしとく」
リンは耳につけたイヤー型のスマホを操作すると、空中にホログラムの画面とキーボードが現れ、素早く母親にメールする。
「お母さんに、はーちゃんも行くってメールしたよ。あっ! もう返事がきた……お母さん返信早すぎ! まだ十秒もたっていないのに」
「お? たしか、おばさんのスマホって、最新の脳波コントロールスマホだっけ?」
「うん。この間、誕生日のお祝いにお父さんがプレゼントしていた。『脳波コントロールなんてなんか怖いわ〜』とか言って、おっかなビックリ使っていただけど……」
「見事に使いこなしているわね。考えるだけで文字が打てるってすごい便利よね。私も欲しいけど、スマホを変えたばかりだからな〜」
「はーちゃんのも最新だよね……私のなんてお父さんのお古だよ! かわいいスマホが良かったのに男性向けのデザインで形がかわいくない! あのクマ吉みたいなレトロで可愛いスマホが欲しいな〜」
「いやいや……あんな形のスマホを使っている人がいたら、普通に引くからね? クマのデザインが入ったスマホなら、まだわかるけど、完全にクマの形したスマホなんてメーカーの企画段階で却下されるから!」
感性が人と少し違うリンに、ハルカはツッコミを入れる。
「え〜? かわいいのに……あっ、はーちゃんバスが来てるよ」
「あれに乗れないと遅刻だよ。リン走って!」
「待ってよ、はーちゃーん!」
バスが出発する寸前に滑り込んだ二人は、遅刻することなく入学式へ出席するのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「というわけで、今日はレアクエストに挑戦するわよ〜!」
「お〜!」
リンとハルカは、入学祝いの焼肉パーティーを終え家に帰るなり、ゲームへログインし、さっそく初心者の洞窟前にまで二人はやって来た。
はじめの町から、少し離れた場所にある初心者の洞窟前には、他のプレイヤーの姿もあり、洞窟に挑もうと打ち合わせをしていた。
「リン、とりあえずコタロウを召喚して、クマ吉は目立つから洞窟の中で召喚かな? 先にアポを取っておいてね」
「了解! え〜と、クマ吉へ……」
リンがクマ吉にメールでアポイントを取っている間に、ハルカは弾丸作成スキルで残弾を増やしはじめる。
この一週間、コタロウとクマ吉が
「おっと、危ない。思わずMPを使い切るとこだったわ。レベルが上がって属性弾作成を覚えたはいいけど、MP消費が激しいのよね。一応、各属性弾は一発ずつストックできたけど、もったいなくて試し撃ちもできないわ」
この一週間の間に、順調にレベルを上げたリンとハルカは、すでにレベルは9にまで上がり、いくつかの新スキルを獲得していた。
「はーちゃん、クマ吉から返事があったよ」
「お? なんだって?」
「今、お風呂に入ってドライヤーで体を乾かしているから、五分後に召喚してだって」
「いやいやいやいやいや! あの体のどこにドライヤーで乾かす毛があるのよ! 鋼鉄の体じゃないの! タオルで拭って終わりでしょう!」
「でも、ちゃんと乾かさないと風邪を引いちゃうから、しっかり乾かさないとダメだよ?」
「リン! ロボットは
「そうかな〜」
「はあ〜、とりあえず、コタロウを先に召喚しとこう」
「だね。じゃあ呼び出すよ。コタロウおいで♪」
リンがメニュー画面を操作してペット召喚をタップすると……いつも通り、足元に光り輝く魔方陣が現れ、光りの中からコタロウが浮かび上がってくる。
「こ、コタロウ?」
魔方陣から浮かび上がったコタロウは、体の装甲をスライドさせ、口に
「ないないないないない! なんで自分で自分の体に掃除機をかけているのよ! それ完全に家電製品の掃除方法だからね!」
体の内部で光り輝くLEDの光が点滅を繰り返し、過剰な装飾で車道を爆走するデコトラみたいに、コタロウは光り輝いていた。
「わ、わう⁈ わん!」
コタロウがいきなり召喚され、リンたちに気付くや否や、『見ちゃいや!』と言いたげな声を上げながら体の装甲を閉める。そして口に咥えていた掃除機を、消えゆく魔方陣の中にポイッと投げ入れた。
「わん!」
リンに召喚された愛犬は、何事もなかったかのように平静を装う。
「コタロウ、体のお手入れ中に、召喚してゴメンね」
「いや、リン……お手入れというか、あれは掃除中が正しい言い方だから」
「わん!」
するとコタロウが、『気にしないで!』と中腰で座るリンのヒザを、前脚でポンポン叩く。
「コタロウ、ありがとう」
リンの言葉にコタロウの目がチカチカ光り、喜んでいた。
「それじゃあ、出発しよっか? あんまり遅くなって、明日もリンが寝坊したら大変だからね」
「はーちゃん、それはいわない約束だよ〜」
「ふふ、よ〜し! じゃあ、レアクエストのクリア目指して出発よ♪」
「お〜♪」
「わお〜ん♪」
意気揚々と歩き出す二人と一匹……レアクエスト攻略が始まる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこは何もない真っ白な空間……果てなき地平の世界で、空中に映し出された映像を見て、バカ笑いしている老人の姿があった。
「フォッフォッフォッ、あの猟犬、なかなか楽しませてくれる。まさかそういうオチで来るとはな。獣の本能はワシを笑わせて楽しませに来ているようじゃな。おもしろい。だがそれだけじゃと、少しばかり飽きてしまうかのう」
猟犬に神と名乗った老人は、アゴに手をやり、長い髭をイジりながら思案する。すると何かを思いつき、顔をほころばせながら老人はつぶやいた。
「そうじゃ! 少しばかりワシが手を貸して、レアクエストを面白くしてやろう。果たしてあの猟犬がクエストをクリアーできるか見ものじゃて。クリアーできなければあの男に待っているのは死じゃからの。ヒャッハッハッハッハッ!」
老人の顔は邪悪な笑みに染まり、止まらない笑いは何もない世界に、いつまでも響くのであった。
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