私の召喚獣が、どう考えてもファンタジーじゃないんですけど？

第8話 ある犬の退屈しのぎ……ギルド編

「さてと、チャッチャッとクエストを探して、リンと遊ばないとね♪」

　ハルカは上機嫌で、掲示板に貼り出されたクエスト依頼表に目を通しながら歩き出す。

「ん〜、やっぱ最初だから、レベルが低いクエストしか受けられないか……あわよくばレアクエストをとは思ったけど、これだけ競争率が高いとな〜」

　ハルカがレアクエスト沸きで、掲示板に張り付く人たちを横目に、通常クエストの依頼を吟味する。

「レアは以外の低レベルクエストはどれを選んでも大して変わらなそうね。時間が勿体ないし適当でいいかな？　リンと遊べれば良いわけだし……お試しってことで適当にっと♪」

　ハルカは大雑把に、いくつかのクエスト依頼表を掲示板から剥がし手にする。

【求む配送人】

　レベル2

　愛妻弁当を初心者ダンジョンにいる夫に届けて

　報酬　100ゴル

　必要アイテム　無し

　期限　有り　お昼まで

【オオカミ討伐】

　レベル2

　町のそばに現れたオオカミ退治せよ

　報酬　1匹につき40ゴル

　必要討伐数　10匹

　期限　無し

【毒消し草を納品】

　レベル1

　町のそばに生える、毒消し草を納品せよ

　報酬　250ゴル

　必要毒消し草数　10束

　期限　無し

「まあ無難なとこかな？　リンもいるし初心者ダンジョンのクエストも丁度いいわ。よし、リンと合流しよっと。しかし、クエスト依頼っていっぱいあるなあ。リン、大丈夫かな？　依頼が多すぎてアワアワしてそう……フフフ」

　そんなアワアワなリンを想像したハルカが、３枚のクエスト手に踵を返したときだった。リンがいる方向に、変な人だかりができているのに気づき、ハルカは首を傾げる。

「ん、んん？　何なのあの人だかりは？　騒いでるみたいだけど、まさかリン⁈　イヤイヤいくら何でも、1日にそう何度もトラブルに巻き込まれるワケ……あるわね！」

　ハルカが嫌な予感を感じつつ、急ぎ人だかりに近づくと……その人垣の中心で泣きそうな顔で、皆に責められるリンの姿が見えた。

　次の瞬間、ハルカは腰に差した2丁のデザートイーグルを引き抜きながら走り始め、人垣を飛び越える。

　なぜかリンの周りに、まばゆい光を放つ魔法陣が浮き上がっていたが、いまのハルカの目には入らない。

　親友であるリンの泣き出しそうな顔を見た瞬間、ハルカの心は熱く冷徹に燃え上がっていた。

　リンの前に背を向けて着地するハルカ……その背中をまぶしい光が照らし出す。周りの者が目を閉じる中、目の前にいるリンを泣かしたであろう元凶を、ハルカは余すことなくロックオンする！

　そして光は収まり、プレイヤー達はまぶしさから閉ざしていたまぶたを開いた時、ハルカは心に湧いた怒りを口にする。

「私のリンを泣かしたな！」

「グゥゥゥゥゥ！　ワン！」

　二人の騎士（ナイト）が、リンの前に立ちはだかっていた。

「はーちゃん！　コタロウ！」

　見知った二人の登場に、リンが喜びの声を上げる。

「リン大丈夫？　なにされたの！　あんた達、寄ってたかって私の可愛いリンを泣かしたわね！」

「ワン！　ワン！　ワン！」

「待って、はーちゃん！　コタロウは伏せ！　まだ何もされてないから！　泣いてないよ、大丈夫だから！　二人ともストップ！」

　リンの言葉に、ハルカが目の前に立つイケメン剣士をはじめ、その近くに立つロックオンしたプレイヤー達を一瞥すると、皆の目が点になっており、ありえないものを見た顔で呆けていた。

　ハルカは訝しみながら、皆の視線が集中するハルカの左下をチラ見する。するとハルカの目に、メカニカルな何かが伏せをしている姿が飛び込んできた。

「え、えと……リ、リン……これなに？」

　ハルカの思考も一瞬止まったが、すぐに再起動してリンに疑問をぶつけてみる。

「え？　何ってコタロウだよ？　忘れちゃったの？　はーちゃん酷いよ〜」

　何、当たり前のとを言ってるのばりの言葉に――

「イヤイヤイヤ！　私の知ってるコタロウは犬だから！　哺乳類の犬科に属していたからね！　これは明らかに哺乳類じゃないわ！　とう見ても完全にロボット！　これを見て、コタロウと連想できる方がおかしいからね！」

――ハルカのツッコミが入った！

「ええ〜、でもコタロウはコタロウだよ？　ちょっと姿が違うけど」

「リン、ちょっとどころの話じゃないからね！　もう完全に何もかも違うから！　犬は生き物、これは機械！　メカよメカ！」

　ハルカのツッコミに、周りの野次馬達が騒ぎ始める。

「な、なんだあれ？　まさかペット召喚なのか？」

「職業は召喚士っていってたし、ペット召喚なんだろうけど……あれは犬なのか？」

「あれロボットだよな？　あんなの初めて見るぞ？」

「このゲーム……ファ、ファンタジーゲームよね？」

　ファンタジー世界には似つかわしくない、明らかに異質な存在……コタロウが伏せて欠伸をしていた。

　その姿を見て皆は……『ロボットなのに眠いのか！』と、ツッコミを入れた。

「ロボット犬もだが、連れが持っている武器……あれ銃じゃないのか？」

「完全に銃だな、あんな武器あるのか？」

「アレ、さっき噴水で大暴れした『クラッシャー』だぞ！」

「『クラッシャー』？」

「ナンパしてきた男のアソコを容赦なく、あの銃で撃ち抜きやがった！」

「え？　町中でPvPは禁止だろ？」

「決闘（デュエル）だよ、決闘（デュエル）！　しかも苦痛レベルMax！」

「「「ギャー」」」

　それを聞いた男性プレイヤー達が一斉に股間を抑え青ざめた。

「『クラッシャー』か……納得だぜ」

「情け容赦ないな、あの子……鬼かよ」

　騒ぎ出す野次馬達の声に、何事かとギルド内にいたプレイヤー達が続々と集まり、野次馬の輪がドンドン大きくなっていく。

　リンと言えど、流石にまずいと思い、ハルカの元へ歩き止めに入る。

「とりあえず銃を下ろして、はーちゃんお願い」

「む〜、リンがそう言うなら下ろすけど」

　渋々、腰のホルスターに銃を納めるハルカ。

「ありがとうはーちゃん！　コタロウもありがとう」

「わん！」

　コタロウが『気にするな』と言いたげな声で吠えていた。

「それで、何があったの？」

「うん。実はこのレアクエストを見つけたんだけど……」

「え？　レアクエスト手に入れたの⁈ 流石ラッキーガール！」

「フッフッフッ！　はーちゃんよ！　もっと褒め称えるがいい！」

「リン様、凄い！　リン様、素敵！　リン様、最高！」

「私に掛かればこれ位、朝ごはん前だよ〜、えっへん♪」

「偉い♪　偉い♪　それでレアクエストをゲットしたリンが、何で虐めてるのか説明してちょうだい」

　リンに見る時とは、明らかに温度が違う冷やかな目で、イケメン剣士たちをハルカは睨んだ。

「え〜と〜、実は……」

　リンがハルカと別れ、助けに入ってくれた間の経緯を説明すると……。

「はあ？　リンの召喚士がお荷物で使えない？　パーティー組んでも、召喚士がいたらレアクエストをクリアーできない？　だからレアクエストを売れ？　おまけにせっかく作ったキャラを消せ？　……ふざけないで！」

　リンの話を聞いたハルカの怒りが、リミットブレイクしていた！

「レアクエストを手に入れたのはリンよ！　他人がレアクエストをどうするか決める権利はないわ！　それが何？　召喚士が使えないからクリアーが出来ない？　パーティー加入に誘っておきながら、召喚士と分かるが否や、やっぱりパーティーは組みたくない？」

「いや、だが現実に召喚士は弱すぎて、お荷物なのはわかっているんだ。なら、みすみすレアクエストをドブに捨てるのは勿体ないだろう？」

「そうだ！　そうだ！　タダで寄越せとは言ってない。お金を出そうと言っているんだ」

「あの子、召喚士なんて選んでいたのか、ならしょうがないな。始めたばかりなら、まだやり直しも効く……キャラの作り直した方がいいな」

「召喚士はな……確か暇人が高レベルまで育てたけど、ペット召喚しか覚えなくて、まったく戦力にならないんだよな。ステータス補正や職業特性も大した能力は無いしな」

「普通パーティーに加えたら戦力がプラスになるのに、召喚士なんてお荷物を抱えたら、プラスどころかマイナスだよ」

「ほら、他のプレイヤーも同じ意見だよ。だから虐めていた訳じゃないよ」

　イケメン剣士と野次馬達が、リンの召喚士と言う職業を非難し、イジメではないと主張するが……。

「最悪ね……自分の正しさを他人に強要して、それが受け入れてもらえなければ、多数意見で相手の心を踏み躙ってでも認めさせる。相手がどれだけ傷付いているかも考えず、これはイジメではないと言い切る狂った価値観……まるで昔の自分を見ているようでイライラするわ！」

「はーちゃん！　ダメ！」

　リンがいつの間にかハルカの傍で、ハルカの手を『ギュッ』っと握り、その手を優しく包み混んでいた。ゲームの中なのに、温かなリンの体温が、ハルカの冷たくなった心を溶かしていくのを感じた。

「リン……分かってる。もう私は、昔の私じゃないからね」

「私なら大丈夫だから。怒らないであげて」

　リンが笑いながらハルカにお願いする。ハルカはその笑顔を見て『グッ』と何かを我慢しながら、イケメン剣士と野次馬達に声を出して言い放った。

「あんた達は、何のためにゲームしているの？　クリアーが難しい？　レアクエストが勿体ない？　馬鹿じゃないの？　せっかく現実世界とは違う、仮想現実の世界に居るって言うのに、冒険しないでどうするのよ！」

「いや、しかしだな……」　

　イケメン剣士が皆を代表して喋ろうとするが、ハルカは止まらない。その心にある想いを口にしていた。それはかつての自分に対する戒めと、叱咤の如く声を大にして話す。

「召喚士がお荷物職業？　使えない？　それを決めるのは自分自身よ！　他人がとやかく言う権利なんてないわ！　自分の好きなようにプレイするるのがゲームでしょう？　自分のプレイスタイルを貫いて何が悪いの⁈」

　その言葉に皆が黙ってしまった……そして皆の視線がハルカの脇で、伏せの状態のコタロウに注がれていた。

　ハルカの話を理解できないのか、もしくは退屈なのかは分からないが、暇を持て余したコタロウはゴロゴロとアッチに行ったりコッチに来たりと転がり続ける。

　シリアスなシーンだというのに……コタロウは超高速でゴロゴロしていた。

　皆の視線は謎のロボット犬に釘付けで、ハルカの言葉が頭にまったく入ってこない。

「す、少なくとも、私はリンが召喚士だろうが、何だろうが気にしないわ！　だって私がこのゲームでしたいのは……リンと一緒に遊ぶ事だから！」

「はーちゃん……」

「わう」

　ゴロゴロに飽きたコタロウが、ようやく動きを止めると、おもむろに立ち上がる。すると鋼鉄ボディーの装甲が一斉に……スライドした！

　突如としてボディー各部が開くと、内部に付けられたLEDのまばゆい光が、メカニカルな内部機関の姿を照らし出していた。まるで一昔前に流行った、暗闇で光るゲーミングパソコンのように、鮮やかな光を放つ。

　シリアスなシーンなのに、コタロウがいるだけでなぜかシュールなシーンに早変わり……場の雰囲気がぶち壊すコタロウは、発光しながらあっちに来たりそっちに行ったりとウロチョロと歩き出していた。

「えと、リン……コタロウを止めて！　みんなと言うか、私もコタロウが気になって話しづらいの！　お願い！」

「え？　あ、うん。だよね。私もそう思ってたの。コタロウ。動いちゃダメ。お座り！」

「イヤイヤイヤ！　リン、違うから！　動きじゃないから！　私が言いたいのは、その発光する光の方だからね！」

　リンとコタロウ以外の全員が、うなずいていた。

「そ、そっか……え〜と、コタロウ……消灯？」

「わう！」

　するとコタロウの発光が止まり、スライドしていた装甲が元に戻っていく。

　元の状態に戻ったコタロウは、リンの足元でお座りして待機モードに入る。

「と、とにかく、人のプレイキャラを貶してキャラ消去を勧めるのはマナー違反よ。あとレアクエストを売る売らないはリンが決めることで、あなた達がって、リン！」

「どうしたのはーちゃん？」

「あれな一体、なにしている⁈」

　ハルカはコタロウを指差しリンに問う。

「なんでコタロウは自分の足を噛んでるの！」

「ん〜、退屈なのかな〜、家にいた頃も、部屋に一人でいる時は、よく骨を噛んでたよ。ほら犬ってストレスが溜まると適当な物を噛んで発散させるから」

「イヤイヤイヤイヤ！　いまコタロウが噛みついているのは骨じゃなくて足！　自分の足よ！　どう見てもおかしいでしょ！　自分の足に本気で噛みついているのよ⁈　しかも火花まで散らすほどなんて、どんだけストレス溜めているのよ！」

　ハルカの言葉通り、コタロウは齧（かじ）りついていた……自分の足に！

　鋼鉄の足に鋼鉄の牙を突き立て、鉄同士が擦れることで火花が散りまくる。

　ハルカのツッコミが止まらない。

　もはや誰もハルカの声を聞いておらず、あまりにもシュールなロボット犬、コタロウから目が離せなくなっていた。

「な、何にしても、レアクエストを売る売らないはリンが決めることで、他人が決めることじゃないわ。リンはレアクエストをどうしたいの？」

「私は、はーちゃんとコタロウの三人で、やってみたいかな」

「なら決まり！　そう言うわけで、レアクエストは売りません。それとパーティー参加もお断りします。私達三人だけでレアクエストをやりますので、それではここで失礼します」

　ハルカは頭を下げると、リンの元へと歩きだす。

　イケメン剣士を始め、その場にいた野次馬達は何も言えなくなっていた。コタロウのインパクトが強すぎて……シュールでカオスな場面に、皆が呆然としていた。

「さあ、リン！　クエスト依頼表をNPCに渡して、まずはレベル上げだよ〜」

「うん！　はーちゃん……いつもすまないねえ……こんな時おっかさんがいてくれたら……ゴホゴホ」

「それは言わない約束だよ、おとっつぁん！　って、昨日見た時代劇のシーン？」

「あははは、そうなの！　大江戸サイバー捜査網で風邪をひいたサイボーグのお父さんが咳き込むシーン！」

「リン……突っ込みどころ満載で、その映画見るの楽しみになってきたよ！」

「でしょう！　絶対二人で観ようね♪　あと、はーちゃん……私のために怒ってくれて、ありがとう」

「わん！」

「コタロウも助けてくれて、ありがとう」

　足に戯れつくコタロウに、しゃがんで頭をなでるリン……鋼鉄の頭をなでられ、なすがままのコタロウはその目を眩しく点滅させる。普通なら犬と飼い主の微笑ましい姿のはずだが……ハルカの目には、とてつもなくシュールな絵面に見えていた。

　どこまでもマイペースな飼い主と愛犬のやり取りを見て、ハルカは苦笑するしかないのだった。