会敵33 ハルトマン機関の犬
「ミア、よせ。こいつは、俺を殺す気はない」
まず、ミアを制止しないとダメだ。
俺の後ろに立つこいつが悪い。何の前触れもなく突然、それは、そいつは俺の後ろに現れたのだから、見目麗しいとはいえ、俺の相棒のミアだ、なんの躊躇もなくトリガを引くに違いない。
そして、その前に止めないと、行きつけのバーが一つ減る。
「連邦情報局の奴だ」
俺がそいつの方を見るまでもなく、ミアを見たまま答えた。
「お前も、そんないやらしい登場の仕方をするな。そこに座れ。
ミア、銃を仕舞え。こいつは、いわゆる政府系諜報機関、通称、ハルトマン機関の犬だ」
「犬とは~、相変わらずのご挨拶ですね~」
ミアが無表情でハンドガンを向けたまま
「失礼いたしま~す。キャプテ~ン」
四人掛けのテーブルの俺の両脇に空いている椅子。さらには俺から見て右隣に腰かけた。
右利きの俺の利き腕側に敢えて座るこの男。俺の動きを止める自信があるのか、懐にでも入った気になっているのか。
「ああ? 俺はとっくに汗臭いサッカーチームのキャプテンは卒業して、この通り、姫ちゃんとリア充生活を送っているんだ。だからな、昔のきったない俺を知るお前みたいな薄汚い奴とは、話もしたくないんだ。どっかに行ってくれないか?」
ハルトマン機関、20年前にいかれた国粋主義者カール・ハルトマンが立ち上げた政府系の諜報機関で、俺から言わせれば、ハルトマンを信奉する狂信的カルトでしかない。そいつらは俺のいた特殊部隊の
そして、何をしていたのか実際にこいつらを戦場で見かけた事もあった。
この俺の横に座る語尾のおかしな男は、確かミハエル・ヒュンター、本名か知らんが。身長186cm、体重70kg、標準より手脚が細くて長い、ナイフを用いる格闘戦あたりを得意としていたと記憶している。諜報員というよりは戦闘員。諜報機関所属の戦闘員で、歳は30前後だろう。細身の縦縞ブラックスーツを着込んでいる。そして、目は爬虫類のような冷酷さを持ち、肌の色は白いというか青白い。薄茶色の髪を眉のあたりでまっすぐに切りそろえた、一目見りゃあ中々忘れないような特徴だらけの目立つことが禁忌の諜報機関員としては天性の不適合者だ。
「何の用だよ?」
こいつが俺のところに来たのには、必ず訳がある。懐かしく思って昔話をしに来たわけではない。
「キャ~プテ~ン。何か知っているでしょう~ぉ~ぉ~?」
普通にしゃべれ。俺はうんざりだ。喋りたくもない。
「女……しらないかな~」
クロエの事か?俺は表情一つ変えずにこの蛇男を見返してむしろ威圧しているが、俺のギリ視界に入るミアが阿保ずら下げてやがる。俺は、こいつの視線を釘付けにする必要から話すしかなかった。
「女、どの女だ。いつ俺がいただいた女の話をご所望だ?」
ミアの為に俺は身銭を切る。
「そんな話は全部知っているから~、必要な~い。ミカド達と組んずほぐれつしたときに居なかった~? かな? お・ん・な」
薄気味悪い爬虫類の目をしたこいつが少し、口角を上げたと思ったら、フェイントを使って振り返り、ミアを見て、
「見なかった~? お嬢ちゃ~ん?」
完全に引ききっているミアが自分の方へと顔を向けられて、表情をゆがめている。でかした、それなら、ただ気持ちが悪いようにしか見えないぞ、ミア。
「おい、その薄気味悪い顔を俺の姫ちゃんに向けるな。普通に出来ないなら、お前、撃つぞ、ほんとに」
俺が我慢の限界を迎えた時、そいつは、何だっけ、あ、ヒュンターは、
「困っているの~奪われちゃって~大切なお客様なのに、おかしいな~、ミカド達はそのお客を奪おうとした悪い奴~あなた、一緒に居たんでしょう? 見てない~? そもそも~、ね~なんで、キャプテンは早く帰ったの?」
クロエをこいつらが?
「その女って何者なんだ? 詳しく教えてくれたら、有益な情報を出せるかもしれないぞ。話せ」
「そう~? それじゃ~、さわりだけ。その女はある研究分野のトップをいっていてね。
気持ち悪く俺とミアを見ながら爬虫類の男は口元だけ笑みのような形を作り、
「ものすごく犠牲を払って、収容所から逃がして!オールド経由でジュネーブ゙、リヒテンシュタインまで来たところで、奪われた!!」
テーブルを一叩きして怒声を浴びせている。喧騒のバーが一瞬、音を失いこの薄気味悪い蛇男を他の客が注視している。
「あいつらヨ、ミカド達、あいつらが奪ったに違いないと思っていたけど、今はあいつらも女を探している。どうした事? 何で? 何があった?」
蛇男は興奮すると口調がきつくなる代わりに語尾のアクセントが消えた。その方がいいぞ。
こう言うことか?
新フランスの収容所にいたクロエを蛇男達が逃がして、新フランス革命時の亡命政府が中央高地から地中海一帯を支配する南フランス共和国、通称、
リヒテンシュタインとの国境で。
襲った奴らは軍のはず。
だが、その軍、つまりは、ミカド達もそいつを、クロエを探していた。クロエは何かの手段を使って消えた。
ってことか?
とうとう、諜報機関まで出張ってきちまった。これで、俺の考える最悪のシナリオグランドスラムは達成されたことになる。
まずいな。この蛇男、これでも諜報機関員としては一流の腕だと聞いたことがある。バレるのは時間の問題か。俺が必ずオーダーをこなしてきたのと同じ様にこいつも決してあきらめないだろう。
ここで、ゴメンナサイしちまうか……たかだか、見ず知らずの女を単車に乗せたくらいだしな……いや、万が一、変に勘繰られて、ミアでもこいつらに連れ去られて拷問でもされたら……やはり、無関係を装うのが一番か?
それで、新フランスの奴らも追っていたのか。繋がった。それにしても、何故、蛇男はミカド達と敵対するんだ?
「なんで、ミカド達とその女を取り合っているんだ? そんなにいかした女なのか? なら、俺もぜひ、お仲間に加えてもらいたいな」
「あんた、知ってるじゃな~い。軍のインテリと、政府系が仲が悪いってことくらい~」
それだけか?
「さぁ、私の話せる内容はお話した~。キャプテ~ン、話す気になった~?」
俺に目線を合わせ口からスプリットタンをチロチロ見せそうな薄気味悪いだけの蛇男が、
「ま、いいわ~大体わかったから~。お楽しみのところ悪かったわね~。おやすみなさい~」
蛇男は俺達の前から言いたい事だけ言うと、出口にさっさたと向かい、あけ放たれたドアの先に広がる闇の中に消えていなくなった。
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