会敵6 ローレライ
「マリア姫。今晩も見目麗しいですな! 一曲お願いいただけますか?」
バーのマスターがミアに声を掛けてきた。
まあ、どいつもこいつもミアの前だとジェントルぶる奴が多いな。
バーは今夜は入りが良いようで50人くらい……ほとんどがむさくるしい連中だ。そんな、奴らに混じりミアのような娘がいれば、だまっていても目に付くし、結構な頻度で声を掛けられている。
まあ、奴らも悪気はない。俺の連れだとわかれば、会釈の一つもして謝意を表明してくる。そんなもんだ。
「じゃぁ……一曲だけね!」
ミアも嫌いじゃないから、即食いつくんだ。
やおら、立ち上がり、木で統一された内装の100名ほどが収まる店内の一番奥にあるカウンターまで駆け出し、そのまま上りやがった。
クルクルゆるふわハーフアップに迷彩Tとショートパンツ。さっきから足元が寒いとか言って黒のニーハイソックスを装備して編み上げブーツを履いている。さすがにハンドガンとナイフはバックにしまったようだが、ハーネスは付けたままだ。
「みんな! こんばんわー!」
客席に向かって声を上げて両手を振って、ミアの楽しそうな笑顔がはじける。
喧噪のバーが静まり返り、むさくるしい奴らが一斉にミアに傾聴する。ミアは、一瞬で、場の空気を自分の物にした。
「みんなに会えてうれしいよ。
ちょっと、ていうか、かなり昔の曲。恋しい男と戦火の中、離れ離れになって、一緒に見た星を見ながら楽しかったころを思い出す。そいつは生きているの? どうか生きていて。って歌。あんたらも田舎にそんな愛しい人置いてきてない? じゃぁ歌うね。聞いてください」
煽りを入れやがった。こいつだんだん客いじりが上手くなってんな。
ミアの透き通る声がバーの中に響いて、むさくるしい奴らは静まり返り、良い子になってミアの歌声に魅了されている。確かに適度なビブラートがいつも聞きなれている俺の心さえも持っていきそうになっている。
旋律はゆっくりと流れて心の中に染み渡る。伴奏など何もない。あるのはミアの声だけ……しかし、それは聞いている奴らの心の中でフルーオーケストラへと変換されている。
ミアは時折、目を瞑り感情を込めて歌う。歌詞はミアが説明したように全般的に悲しみにあふれてその中にあっても少しだけ、ほんの少しだけ希望が持てる。そんな内容だ。ミアの表情と歌詞の内容はリンクして、セツナイ感情が聴衆に伝播していくのが感じられる。
何処からとなく周囲のむさくるしい奴らの嗚咽が聞こえ始めていたから……マジか。
そして、クライマックスを迎える。
なんだ?ほとんどの暑苦しい奴らが……涙を流してやがる。
最後のサビ、ミアの華奢な体のどこにそんなエネルギーがあるのかと思うほどのまっすぐ安定した声量で歌い上げる。
突然、俺の前に幼馴染の美少女が……名前は……リナだ。彼女が俺の手を握って上を指さした。俺が、その通りに指さす方向を見上げれば……満点の星空が……バーにいたはずなのに……驚く俺はリナを見下ろして……俺と彼女は満点の星空の中、見晴らしのいい草原の丘に二人で立っていた。言葉に詰まり口を開けて彼女を見ていると……リナは言った。
“ねぇ? 今日はいくつ流れ星が見れるかな?”
月明かりの照らす草原に穏やかに風がそよぎ、リナのやさしい甘い髪の匂いが俺の心を激しく揺り動かした。
“どうしたの? レオン? 怖い顔して?”
俺の顔を笑顔で覗き込むリナ……
そうだ、リナのこの笑顔。俺はこの笑顔が大好きだった……
“今日は全然、話してくれないのね……つまんない”
すねたようにリナは星を見上げて話さなくなった。
違う、違うんだ、リナ。だって、だって、お前は……
俺が声を出そうとした時、
どこからか……歌が聞こえて来た……草原の丘の上に……知っている声……ミ……ミア
……ミアだよな……俺の頭の中、奥の方で、ミアの歌声が流れている。
歌が聞こえて、それをミアの声と認識したとたん、俺はバーに舞い戻った。
心臓の音が頭の中でコダマする様な激しい動悸に襲われている。呼吸もかなり激しい。状況がつかめず俺は自問自答した。
忘れていた、ずっと前にあった事だ。遠い遠い思い出。ホントにあった思い出……
そして、忘れてはいけない過去の話。
リナはもういないのだから……リナは……俺が……
俺が殺したのだから……
忘れることは出来なかった。俺に初めて人を愛する素晴らしさを教えてくれた女。あの日からずっと、毎晩、毎晩、俺は夢の中で彼女に懺悔していた。ミアに会うまで……
久しぶりに俺の前に現れたリナ、華奢な体……いつも笑顔を絶やさない薄い唇、高い鼻に少し上向きの細い眉、切れ長の大きな目、碧色の……瞳……金色の……髪……
俺は初めてミアを見た時、息をのんだ。
あの日、囚われていたミアを見た時、死んだリナが生き返って俺の前に再び現れたと思ったからだ。いや、そんな御伽噺などあるはずはないと俺は自分に言い聞かせ、すぐに現実に戻ったのだが、それでも、俺を動揺させるには十分だった。
俺はミアと暮らした二年間、自問自答していた。最初のうちはリナと一緒にいる様だった。そして俺もリナであることををミアに求めてしまっていた。ミアは何も言わないが、そんな俺を何処かで気付いていたのでは無いのか?
そして、俺は今でもミアをリナとして見ていたことが無かったのか?そう問われれば、自信をもって否定することが出来るのか?
いや、その答えは、自信を持って言える。自信を持ってそう思っていた。ミアはリナではない。リナの代わりではないと……今の今まで……実際にリナに会ってしまうまでは……
何処か頭の奥の方で聞こえていたバーの喧騒が、一気に高まって俺は我に返った。
ミアが歌を歌い終え、良い子たちが歌姫に賛辞をおくっているところだった。
ミアは俺にまで怪しい幻影を見せたのか……そして、このむさくるしい連中が泣いている意味を理解した。今晩のミアの歌には美しい思い出を思い出させる魔力か何かが込められていたのだろうか。
不覚にも俺は涙を流していた。絶対、ミアには見られるわけにはいかない。リナの事もあるが、それ
以上に、悔しいから。あんな小娘に泣かされたとか……
バーはミアに乗っ取られた。
奴らは心からの拍手を送り、割れんばかりの歓声を上げている。号泣している奴まで見受けられるぞ。
ミアによってバーはホールになり、いまやアンコールの掛け声がこだましている。
その声を聴いてミアは俺を見やり”どうしたらいい?”と言った表情だ。
聞かせてやれよ……どいつもこいつもお前に救いをもとめているのだから……
なぁ、ローレライ。
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