第17話 星見の尖塔・蒼穹の礼拝堂
「紅起発焔!」
震天雷の最大火力の爆発がグリムリーパーを捉えた。
立て続けに爆風がはじけて轟音がとどろく。ローブが黒い破片の様に飛び散ってグリムリーパーが鎌を取り落とた。
中の核を守るものは殆どない。
「トリスタン!」
「まかせろ!」
もうポーションもクロエの魔力もほぼ使い切った。
長い戦いでようやく来た千載一遇のチャンス。ここで仕留める。
グリムリーパーの赤く光る髑髏の口が開いた。周りの赤い霧が意思があるように集まって巨大な塊を作る。
あいつへの最短距離を遮るように霧の塊がこっちに向かってきた。
近衛の大盾が俺を守るように前に浮かぶ。盾が霧を遮るが全ては止まらない。
肌を抉るような痛みが全身に走った。だがくらいどうってことはない。
「この程度で止まるかよ!」
ここで回り道はしない。構わず突進する。
鎌とかで体ごと弾き飛ばされるわけじゃない。視界が血で赤く染って、痛みが全身を刺し貫く。HPがみるみる内に減っていくが、まだ残っている。
死にはしない。なら前に出るのに支障はない。
床に落ちた鎌がふわりと浮いてグリムリーパーの手にもどった。
横凪ぎに降らわれた鎌を前に転がって避ける。
長いローブの裾が蛇のように俺の体に絡みついてきた。直接体の中を焼かれるような激痛が走る。こんな攻撃も持っているのか。
だが、目の前にローブの中に脈動するような赤い核が見えた。
「これで終わりだ、クソ野郎!」
核に村雨の切っ先を突き刺す。
赤い髑髏が砕け散って軋むような甲高い悲鳴のような音がホールに響いた。
風が渦巻いて、ローブや鎌がボロボロと崩れて消えていく。
コアが砕けて赤い光が空に帰るように飛び去っていった
倒したか。ステータスを見ると……HPは28/1250
……危ない所だった、本当に。
◆
「大丈夫?トリスタン」
「ああ、大丈夫だ……」
と言おうとしたところで、今まで忘れていた全身の痛みが不意に襲ってきた。
苦痛の声が漏れそうになるのをどうにかこらえる
赤い霧に浸食されて肌は切り傷だらけ。ローブに絡まれたところはやけどのように真っ黒いあざが出来ていた。頭がくらくらする。
全然大丈夫じゃないな。
「ポーション、使うぞ」
アイテムボックスに残った3本のポーションの一本を呑むとHPが300まで回復した。
痛みが引いて行って、意識が少し鮮明になる。危ない所だったな。
「そっちは大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
前衛はほぼ俺が務めて、クロエは震天雷の爆撃や魔法とヒットアンドアウェイで戦っていたからさほど傷は無いはずだが。
大きなダメージが無さそうなのは良かった。
教会の大聖堂のようなアーチ状の高い天井にナイフで細かく切ったように線が交差した。
崩れてくるんじゃないかと思ったが。四角形に切られた天井が夜空に溶けるように浮かんで消えていく。
昼だったはずだが星空が頭上に広がっていた。雲海がはるかに下に見える。
当たり前だがダンジョンマスターの討伐したなんて初めての経験だ。
恐らくアルフェリズの
ダンジョンを攻略したものは、深層到達の称号を貰える。これも結構名誉だ。
大きな仕事を終えた……今まで感じたことが無い充実感だな。
グリムリーパーが守るように立っていた奥の祭壇に白い光がともる。あれが蒼穹の礼拝堂らしい
クロエがそっちを一瞥して顔を伏せた。
……せっかく攻略したのにイマイチうれしそうじゃないな。
「そういえば叶えたい願いって何なんだ?これだけ強いのに。レジェンドクラスにでもクラスチェンジするのか?」
レベルアップしていけばクラスチェンジできるものとは違って、特殊な条件をクリアしないといけないレジェンドクラスがある……というのは冒険者の間でまことしやかに伝わっている伝説だ。
ミドガルズオルムを初めて統一した王のレジェンドクラスと言われる
といってもおとぎ話という人もいるから正式なところは定かではないが。
「なあ、ところでこれからどうするんだ?アルフェリズに戻って……その先は」
そこまでいったところでクロエが言葉を制するように手を差し出した。
「ここでサヨナラなの。ごめんね」
◆
「……何を言ってるんだ?さっきも聞いたぞ、それ」
「私の願いは元の世界に帰ることなの」
「どういう意味だよ」
「ここはミッドガルド・オンラインの中。VRMMO……ゲームの中、と言っても分からないわよね」
クロエが言うが……さっぱりわからない。
「私はもともとこのゲームが大好きだったの。上位ランカーだった。だから全部知ってた。敵も、ダンジョンのクリア
攻略した人は運営に何でも一つ要望できる……それがクリア
「……何を言ってるのかわからん」
「戻るためにはここしか思いつかなかったけど……でもこのダンジョンは難易度が高すぎて誰も来てなかったから攻略記事も殆どなくて。
一人じゃ無理だった……だから
クロエが何を言っているのか、さっぱり分からない。
この間だけで分からない言葉が5個はある。異国の言葉なのか?
「慣れ合わないつもりだった。だってそうなったらサヨナラが辛いから。こんな風になりたくなかったから、最後に帰ってほしかったんだよ」
そう言ってクロエが俯いた。
「こんな風になりたくなかったから、
「
「ゲームの中で意志を持たずに動く人」
「俺は意思がある……だからお前についてきた」
最初は
「そうかも」
そう言ってクロエがアイテムボックスを開いた。
音を立てていくつかの武器や鎧、盾が床に転がる。
「これは貴方にあげる。SSR武器の雷槌ミュルニール、閃弓ガーンデーヴァ。あと、アイギースの盾。どれもダンジョンのクリア
SSR装備が3本……確かに売れば爵位さえ買えるくらいの金になるだろう。
一生働かなくてもいいくらいの額になる。だが、そんなものになんの意味がある。
「貴方に会えてよかった、トリスタン。ありがとう。ここまでこれたのは……あなたのおかげ」
「いや、待て。一緒に行こう。願いを何か叶えて俺を一緒に連れて行ってくれ。
今の俺ならあんたの横に並んでもそんなには見劣りしないだろ。それに俺はあんたに返す恩もある」
そういうとクロエが首を振った。
「父さんや母さんがいるの。きっと心配してる、行かないと」
「お前は……俺を置いていって平気なのかよ」
「その質問はずるいよ、トリスタン……言わせないでほしいよ」
クロエが目を逸らした。
「トリスタン。本当にありがとう。
突然この世界に来させられて気持ちが休まることはほとんどなかったけど……でもあなたと戦っていたこの時だけは違った」
そう言ってクロエがほほ笑む……説得は出来ないと分かった。
我慢することにはもう慣れた。だがこれだけは我慢したくない。
踏み込んで組み伏せてしまおうか。今なら不意を打てば勝てるかもしれない。
俺が願いを叫べば、蒼穹の礼拝堂は俺の願いを叶えてくれるだろうか
だが、それは出来なかった。
それは俺の身勝手なんだ。あいつのことを大事に思うならしてはいけない。
それにあいつも恐らく俺と同じ気持ちなんだということも分かった。
これ以上言うのはあいつに辛い思いをさせるだけだ。
「一緒にいてくれて……ありがとう。じゃあ行くね」
そう言ってクロエが蒼穹の礼拝堂の方を向いて何かつぶやいた。
白い光が渦を巻いてクロエを包み込む。
「一つわがまま言っていい?」
「なんだ?」
「……笑って見送って」
光の向こうでクロエがほほ笑んだ。
どこにでもいる女の子のような優しい無防備な笑顔。
忘れないように目に焼き付ける。
クロエも俺の方を見た。頑張って笑い顔を作るが……クロエが少し苦笑いした。
どうやら上手くいっていないらしい。
「名前を教えてくれ。本当の名前を。あるんだろ?」
「
渦を巻く光がクロエ……黒枝を包み込んで空に消える。
視線を戻すと蒼穹の礼拝堂は光を失っていて……そこにはもうだれも居なかった。
冷たい風が一吹きして、あとにはあいつが置いていった武器と降るような満天の星空が残された。
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