第7話 お出かけしましょ!
「ふあ~あ…」
俺は起きてすぐに欠伸をした。眠い。もう一度眠りたい。すると、枕元でごそごそとキコちゃんが目を覚ます。
「あ…一也さん、おはようございます~…」
キコちゃんもだいぶ眠そうだ。でも彼女は起き上がってぺたんとベッドの上に座り、俺にぺこっと頭を下げた。
「おはよう。今日はお休みの日だよ」
「ほんとですか!」
それから俺たちはいつも通りに納豆とごはんの食事をしたけど、「今日はスーパーに行って、キコちゃんが好きな食べ物がないか、見てくるからね」とキコちゃんに言った。
「スーパー?」
「食べ物がたくさん売ってるところ」
「えっ…」
キコちゃんは納豆を手に持ったまま、興味深げに目を輝かせ、そのあとでちょっとしゅんと項垂れた。
「どうしたの?」
「キコも…行きたいです…食べ物、たくさん…」
俺はこの時、とても困った。
参ったな。キコちゃんをスーパーに連れて行って、彼女に食材を吟味してもらうなんてことはできない。彼女を外に連れ出して人目に触れさせればどうなるか、俺だって予想はつく。しかしここで断れば、キコちゃんは悲しむだろう。なんとかならないものか…。
キコちゃんを連れて行っても危なくない場所を俺はなんとか考えだし、それを折衷案としてキコちゃんに提案しようと思った。
…あ、そうだ。
「そうだなあ、実はスーパーには危ないから連れて行けないんだけど、他に連れて行っても大丈夫そうなところなら、あるよ」
「ほんとですか!じゃあそこに行きたいです!」
それからキコちゃんは青地に白い水玉模様のワンピースに着替え、オレンジのダッフルコートを羽織って支度をした。俺はTシャツとパーカーに、ジーンズ。これがいつもの格好だ。
俺は、キコちゃんをパーカーのポケットに入れて出かけた。キコちゃんが落ちないように中の縫い目を掴んでもらうことにして、「ちょっと苦しいと思うけど、スーパーの中だけは我慢してね」と言って隠れてもらった。それから俺は、キコちゃんが好きになりそうな食べ物を探した。
「キコちゃん、キコちゃん、もういいよ」
俺がそうポケットに向かって声を掛けると、「ぶはあっ!」とキコちゃんがポケットから顔を出した。キコちゃんは真っ赤になって、汗を拭き拭き俺を見上げる。
「ごめん、苦しかったね。着いたよ」
ここは俺の家の近所にある、路地の四つ角にある公園。小さすぎて子供は誰も遊びに来ない。遊具は古くて小さなゾウの滑り台に、三本のタイヤが並んだものが一列あるだけ。俺はその二つの真ん中にあるベンチに腰掛けて、キコちゃんをポケットから出してあげた。多分ここなら誰も来ないし、少しなら平気だろう。
キコちゃんは俺の手のひらの上で、どこに着いたのかきょろきょろと辺りを見回した。でもよくわからなかったのか、首を傾げてからキコちゃんは上を見る。
「わ!一也さん!真っ青です!」
今日は空は晴れていた。
「そうだね、今日は晴れだから、空は青い。曇ってると、白くなるよ」
「へえ~。飽きませんね!」
キコちゃんは当たり前のようにわくわくとして、俺を嬉しそうに見上げる。
ああ、俺は見飽きたと思っていたけど、この子にとってはここは新しい世界なんだよなあ。
俺は、まだまだ初々しく何にも染まっていないキコちゃんの頭を、ちょっと撫でた。
「そうだね、夕方とか、朝方も綺麗だよ。綺麗な橙色になるんだ」
「ええ~!見たいです!」
「うん。そろそろ日が暮れてくるから、帰り道には見えるよ」
それから俺たちは家に向かって歩き出し、だんだんと薄暗くなると同時に、ビルの波も飲み込むように、太陽にじんわりと焦がされて染まっていく空を眺めた。ポケットから出てキコちゃんはため息を漏らす。
「なんだか…よくわからないんですけど、ちょっと…胸が苦しい色です…」
キコちゃんは切なげに眉を寄せ、押し寄せる夕焼けを頬に受けていた。
「…そうだね。俺もだよ」
「一也さんもですか?」
「うん」
俺は、その時初めて、キコちゃんと考えていることが同じだったかもしれない。
全部が赤橙に染まり、雲のところどころが金色に光って、その裏側が濃い紅に陰っている夕焼け空は、綺麗な分、俺の胸も焼いてしまう気がする。それは、自分が幼い頃何を夢見ていたのか、思い出そうとしても思い出せないような、そんな切なさを感じた。キコちゃんもそんなふうに思っているのだろうか。
俺は、なぜかそれをキコちゃんに聞けなかった。
その晩、俺たちはスーパーで買ってきたものをテーブルの上に広げて、とりあえず箸で小さく切り、キコちゃん用の小さなお皿に取り分けた。キコちゃんは青い椅子に座って、それを一つ一つ味見していく。
パスタサラダ、から揚げ、コロッケ、卯の花、ハンバーグ。今日買ったのは大体こんなところだ。
キコちゃんはどれも「美味しい!」と言って足をぱたぱたと動かし、満足そうに食べていた。
結果発表を聞いたところ、彼女は特に卯の花とコロッケが気に入ったらしい。納豆もあんなに美味しそうに食べるんだし、どうやらキコちゃんは大豆党のようだ。若いのにめずらしい。いや、キコちゃんって何歳なんだ…?年齢とかあるのか…?
それから俺は、余った食べ物を袋に包んで小さい冷蔵庫のフリーザーに突っ込んだ。キコちゃんは一度にたくさんは食べられないので、俺が食べる時にお裾分けする形にしよう。
そのあとは、キコちゃんと二人で日曜のお決まりのアニメなど見たあと、彼女をマグカップ風呂に入れて俺はシャワーを浴び、明日の学校に向けて眠った。
つづく
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