第4話 ままごとじゃない!





俺がシャワーから帰ると、キコちゃんはもう俺が出しておいたハンカチで体を拭き終わり、元の服を着ていた。


「そういえばキコちゃん、服はそれしかないし、明日俺用意するよ」


「えっ?は、はい、すみません、ではお願いします!」


俺は、キコちゃんがちょっと遠慮がちに微笑むのを見ていた。やっぱりまだお互い緊張しているけど、いい同居人(人?)になれるといいなと思った。



この時は気づいていなかったけど、天真爛漫で、素直に笑ったり泣いたりする小さな女の子に、俺はもしかしたら、もう夢中だったかもしれない。




その晩キコちゃんが「一也さんの近くで寝たいです…」と言うので、「彼女にも睡眠は必要なんだなあ」と思いながら、寝床を支度してあげた。


寝返りを打った時にキコちゃんを潰してはいけないので、枕のちょっと上に昔使っていたお弁当箱を置く。その中にタオルハンカチを何枚か敷いて、掛け布団に使うハンカチをもう一枚渡すと、キコちゃんはそれにくるまって眠った。



キコちゃんの寝顔は幼く、やっぱり可愛らしい。小さな小さな手のひらは、ハンカチからはみ出している。


「ふふ、おやすみ」


「ん…」





「一也さん、起きて下さい、一也さん」


「ん…ああ…?」


薄目を開けると、目の前にキコちゃんがいた。


「わっ!…あ、えっと、おはよう」


キコちゃんは俺が大声を出したことにびっくりしたみたいだったけど、俺もびっくりした。朝起きて、目の前にミニサイズの美少女がいてみろ。そりゃびっくりするわ。



夢じゃなかった。今、俺の家には、ミニサイズの美少女がいる。これは一体なんなのか。でもそれについては考えても仕方ないらしいとは、もうわかっている。



「あ、あの…“おはよう”は、挨拶、ですか…?」


「うん、そうだよ。朝必ず言う挨拶」


「あ、じゃあ…おはようございます!」




それから俺たちは昨日と同じメニューで食事をした。キコちゃんは納豆も好きみたいだけど、ポテトサラダも気に入ってくれたみたいだ。


今日はちょうどよく日曜日で、明日からは6連勤だけど今日はバイトもないし、キコちゃんにことわってから、俺はちょっと遠くまで出かけた。買い物があったのだ。



「じゃあちょっと行ってくるよ。あんまりかからずに戻るから」


「はい…待ってます…」


キコちゃんはちょっとさみしそうだったので、俺は玄関にかがんで、彼女の頭を指で撫でる。


「そうだ、こういう時の挨拶。“行ってらっしゃい”だよ」


「あ、はい!行ってらっしゃい!」






俺が買い物の荷物を提げて自転車を降り、アパートの扉を開けると、玄関にいたキコちゃんが俺の足に向かって走り寄ってきた。


「一也さんの嘘つき!あんまりかからないって言ったじゃないですか!」


出かけていたのは2時間と少しだったけど、どうやらキコちゃんにとって2時間はとても長いらしい。俺はちゃんと学校やバイトに行かせてもらえるか、心配になった。


「ごめんごめん。はい、ただいま」


「はい!ただいまです!」


「ふふ、“ただいま”の返事はね、“おかえり”になるんだよ」


「えっ!じゃあ、おかえりです!」


「はいただいま~」


俺はとにかく落ち込んでいたキコちゃんに元気になってもらおうと、買い物の荷物から、まず食べ物をテーブルの上に取り出した。


4つ入りのミルクパンの袋、3つ入りの小さいエクレア、2つセットのレトルトのミートボール、ソーセージ、ミニトマト。


キコちゃんは次々と袋から出てくる食べ物に目を輝かせ、笑い声みたいなため息を吐いている。


「すごいですね!たくさんあります!一也さんのごはんですか?」


「違うよ、これはキコちゃんの。俺のうちは納豆ばっかりだから、こういうのもね」


「ええ~っ!?ありがとうございます!じゃあ食べます!」


「いや、ごはんは2時間前に食べたでしょ君…」


「あ、そうでした…」


そう言いながらも、どうしても食べたそうにキコちゃんが食べ物を見ている。なのでそれから気を逸らそうと、俺はもう一つの荷物から今度はおもちゃ屋で買ったものを取り出した。それを見て、キコちゃんは驚く。


「えっ…これ…!」


一つ一つテーブルの上に置かれたのは、ままごと遊びのための、人形サイズのベッド、椅子、テーブル。小さなテーブルの上には、お皿と、ボウル、フォーク、スプーン。全部人形に合わせるために作られているので、とても小さい。


「どう?ちょっと椅子とか、座ってみて…」


キコちゃんはいそいそと椅子に腰かける。それは、背もたれと腰かける部分だけが青いクッションになっている、木製の椅子だった。おもちゃ屋で選んでいる時、「近頃は子供のおもちゃもしっかりした作りだなあ」と俺は感心していた。


その時、近くにいた子供連れの母親に奇妙な目線を送られていたのは、忘れよう。


「わあ!ふかふかしてます!とってもいいです!」


「それはよかった。食器とかの、大きさはどうかな」


「ちょうどいいですよ!」


「うんうん。あ、それと、これは気に入るかわからないんだけど…」


そう言い置いてから、俺は袋の中に残っていた、最後の荷物を取り出した。


それは人形用の洋服だった。


1つめはキコちゃんが着ているようなワンピースだけど、俺が選んだのは青色で、白の水玉が入っている。それからもう1つは、黄色いパフスリーブのカットソーと、オフホワイトのハーフパンツ、それからブーツと、あとはオレンジ色のダッフルコート。


「すごいすごい!お洋服がたくさんですね!」


「とりあえず着てみようか。サイズが合わなかったら困るし」


それで俺は後ろを向き、キコちゃんが「いいですよー」と言ってから振り向いた。


キコちゃんはまずハーフパンツが履いてみたかったらしい。それと、ダッフルコートを羽織って、彼女はくるくる回って見せる。


「どうですか?」



ちょっと恥ずかしそうにしながらも、新しい服に胸をときめかせてウキウキしているキコちゃんは、やっぱり可愛かった。


それにキコちゃんはとても小さい。考えられないくらい小さい。だから本当に人形が動いてるようで、小さい子が見る夢のような可愛らしさもある。これは反則だ。



「うん、似合うと思うよ」


さすがに「可愛すぎて反則」とは言えないので、曖昧な返事しかできなかったけど、キコちゃんはご満悦の様子だった。


靴は小さくて入らなかったと言っていたけど、多分キコちゃんが外に出ることはないので、それでもいいだろう。もしキコちゃんが外を歩いたりしてみろ。街中の全員がスマホかざして追いかけるぞ。


キコちゃんはそのまま小さな椅子にすとっと座って、よほど嬉しかったのか、椅子をギコギコ揺らし始めた。


「あ、それは危な…あっ」


カタン!


予想通り、彼女は椅子ごと後ろに倒れて、「痛いぃ…」と泣いていた。相変わらずこの子は落ち着きがないなあ。俺はキコちゃんを拾い上げて、叩きつけられてしまった背中をさすってやる。


「うう…ごめんなさい…」


「うん、次からは危ないことはしないようにね」


するとキコちゃんはむくっと起き上がり、手の上で座ったまま、俺に向かって背伸びをした。そうして嬉しそうに笑う。


「一也さん!ありがとうございます!」


「どういたしまして」





つづく

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