キコちゃんはちょっと小さい
桐生甘太郎
第1話 キコちゃん登場!
おーい、おーい!
遠くでそんな高い声が聴こえた気がした。どこかで子供が遊んでいるんだろうか。俺はその時、高校の指定鞄を肩の後ろに吊り下げるように指で引っ掛けて、学校からの帰り道を、ふと振り返った。でもすぐにまた前を向いて歩く。
まあ俺には、どこの家のどの子供がどう遊んでいようと、関係のないことだ。自分は子供時代なんかとうに過ぎて、今も友達などいない。
そう。俺には友達がいない。当然だ。学校へ行っても誰とも喋らないのだから。なんというか、あまり他人に興味が持てないのだ。どうしても自分が読んでいる本や、漫画なんかに夢中になってしまう。
たくさん友達がいる奴に大して憧れを感じたこともないし、俺は今まで、自分が送ってきた人生をちゃんと見ていた。だから、「高校に入った途端に個性が注目を集め人気者になる」などという根拠のない夢など、15歳にもなっていた俺が信じるわけがなかった。もしそうなったとして、俺はそこまで嬉しくないだろうし。なってみたらなってみたで楽しいのかもしれないが、俺からすれば「めんどくさい」だけである。
そして俺は高校に入学し、それまで通りに誰ともあまり関わらずに、いつも居心地の良い隅の席を与えられて、満足に高校生活を送っている。
初めはたかが子供の声だったのに、俺の頭はぼんやりと過去の中をまぜっかえした。
友達どころか、俺には親もいなかった。俺が4歳の時に交通事故で、一夜のうちに呆気なく二人はいなくなった。その後で俺を育ててくれたばあちゃんは、去年死んだ。ばあちゃんは病院で臥せっていた最後まで、俺のことを心配してくれていた。ばあちゃんが真っ白な病室の中、皺皺の手で俺の手を取り、優しく撫でさすってくれたのを思い出す。
「もっと人との出会いを大事におし。お前の助けになるのはそれなんだからねえ」
ばあちゃん、ごめんな。俺は、ばあちゃんが心配してた通りになってるかもしれない。
おーい、待ってよー!
子供の声はしつこく遠くから聴こえ続けていた。きっと、意地悪にも自分を置いて行こうとする友達なんかを、頑張って追いかけているんだろうな。
俺は、俺に微笑み、俺の前を去って行く父親と母親に、追いすがっても追いつけない夢を思い出す。今でもその夢は見る。
ああ、こんなことばかり考えるなんて、今日の俺は機嫌が良くないな。こういう日は食べて寝るに限る。
いろいろと考えて結論を出した時、足がふと重くなった。というより、軽い何かが制服のスラックスに引っかかった気がして、足元を見下ろす。
「待ってって言ってるのに!」
そう言いながら、俺の制服の裾を引っ張っている女の子が、そこにはいた。
可愛らしい顔、長く綺麗な黒髪。綺麗なピンクのワンピースはウエストに白いリボン。ワンピースからのぞく手足はしなやかで儚い。白いレース模様の靴下を履いた小さな足は、爪先が丸いピンク色のパンプスにくるまれている。
彼女が俺を見る表情は少し怒って拗ねているようだったけど、美人がやると、それがまた、心惹かれる。
どこからどう見ても、誰もが憧れる美少女だ。
でも、ちょっとおかしい。いや、だいぶおかしい。とんでもなくおかしいことが一つだけある。
その子は、身長が20センチくらいしかなかった。
「え…なにこれ…」
思わず、その子のことを俺は“これ”と言ってしまった。すると、その子は悲しそうな顔になり、それから怒りだした。
「これじゃないです!キコです!」
“キコ”。それが何を指しているのかも、この場では判然としなかった。人間であれば「ふむ、名前だな」と一瞬で納得できる。でもこの子は、形はどうやら人間と同じだが、こんな大きさの人間は多分いないと思う。だからこの子が“キコ”という種類の妖精であったり、妖怪であったりする場合もある。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。俺は聞いてみた。
「キコって?君の名前?」
そう言いながら俺が地面に膝をついて片手を降ろすと、その子はまた「心外だわ!」とでも言いたげな顔で、「そうですよ!他のなんだっていうんですか!」と喚く。そして、俺の手にうんしょうんしょとよじのぼった。喚くと言っても、この子は体が小さいからか、さっきから俺はとても小さい声と会話しているんだけど。
「ふーん…」
俺は立ち上がって、片手のひらの上に正座をして俺をじろっと睨んでいる、その子を見た。俺の唇は、悪戯をしようとむずむず動いてしまう。
「テレビ局に売ったら、金になるかも…」
ぼそっとそう言ってみると、急に“キコ”ちゃんは慌てて両手を振り、手のひらの上で立ち上がろうとした。
「やめて!そんなことしないでください!私、行くとこないんです!だから連れて帰ってください!」
俺がただ冗談で言ったことにここまで慌てるってことは、そう邪悪なものにも見えない。それに行くところがないと言っている。「連れて帰って」というのには正直俺も驚いたが、必死に俺を見つめて、潤んだ両目で“キコ”ちゃんが訴えてくるので、俺は“キコ”ちゃんが一体なんなのか、何を食べるのかなどすら確認しないうちに、とりあえず家に連れ帰ることにした。
俺はどこにでもある地方都市に住む、ぱっとしない成績の高校生兼、大してやる気のない居酒屋アルバイト店員、児ノ原一也。18歳。今日、道でミニ美少女を拾った。
つづく
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