第6話 路地裏

 気づけば蒼乃はうらぶれたビルとビルの間の薄暗い裏路地にいた。そして、強面の若い男たちに囲まれていた。

「すみません・・。私・・、あの・・」

 蒼乃が見上げるような男たちが、蒼乃を見下ろすように囲んでいる。全部で十人程はいるだろうか。

「すみませんじゃねぇんだよ」

 蒼乃がぶつかった太ったリーダー格のスキンヘッドの男の横にいる、狐みたいな顔の金髪の男が、蒼乃を覗き込むように睨みつける。

「すみません・・」

 蒼乃は恐怖でもう、何も考えられず、か細い声でそれだけ言うのが精いっぱいだった。

「どうしてくれんだよ。大けがしちまったよ」

 リーダー格の男が言った。

「えっ?あの・・」

 どう見ても、ケガなんかしたようには見えなかったし、ケガをさせるほどの勢いでぶつかったようにも蒼乃には思えなかった。それに、この体格差・・。蒼乃の方が、けがをする立場だろう。

 しかし、それを言える雰囲気ではないし、そんなことは百も承知で言っているのだろう。多分、次の言葉は「治療代出せ」だ。

「治療代出せ」

「・・・」

 蒼乃は、頭の中で財布の中身を考えた。確か・・、千三百円・・。蒼乃はもう一度目の前のスキンヘッドの男の怒り狂った顔を見上げた。

「・・・」

 とてもその額で納得する相手には見えなかった。それにこういう時は大抵、クリーニング代も請求してくる。

「クリーニング代ももらわなきゃな」

 リーダー格のスキンヘッドの男が言った。もちろん、どこを見ても、蒼乃がぶつかった辺りに汚れなど微塵もなかった。それも、そんなことは百も承知なのだろう・・。

「なあっ」

 スキンヘッドが、蒼乃を威嚇するように大声を出した。蒼乃は、ビクッとなって身をさらにすくませた。蒼乃は、完全に恐怖に縮こまってしまって、なす術もない。

 そんな緊迫した状況の中、蒼乃の胸の中で、状況の全く分かっていないミーコーだけが、あどけない表情でその丸い目玉をクリクリさせ、無邪気に周囲を見回している。

 そんなミーコーが、何かに気づいたみたいに、突然、後ろの方に首を向け、「みゃーお」と、かわいく鳴いた。

 それに合わせるように全員がその方を振り返った。

「あっ」

 蒼乃は思わず声を出した。

 そこに、あの少女が立っていた。極端な厚底サンダルに、様々に傷のついた超ミニのデニムのスカート、原色のサイケデリックな小さなピタTに、胸に沿ってサスペンダーが流れる。顔には、あの小さな丸目のサングラス。その銀髪のような白髪が、裏路地の薄闇の中でほの白く淡く光っていた。

「なんだ。てめぇ」

 狐顔の金髪が、ドスを利かせた怒声を放った。

「・・・」

 しかし、少女は何も答えなかった。男の発した怒声だけが、ビルに囲まれた無機質な空間に反響し、木霊すように散っていった。

 少女はその小さな丸目のサングラスをかけた顔を、微塵も動かすことなく、無表情に立ち続けていた。しかし、その口元には薄っすらと、笑みが浮かんでいた。 

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