~42~ 強さの源

「今日も泊まるんですか?」

 エルスの社員用入り口である回転ドアの手摺りに手を掛けたところで、エクトルは背後から声を掛けられた。

 エクトルに対し、日本語で話し掛けるのは社内では一人しかいない。

「帰ったかと思った」

「一旦は帰りましたが友莉に頼まれ事をされまして、こうして出向いた次第です」

「頼まれ事?」

 フランクは手に持っていた小さめのバッグをエクトルに差し出した。

「お弁当だそうです」

「お弁当?」

「友莉がサラさんから聞いたのですが、今サラさんはお休みしているんですよね? その代わりだと言っていました」

 バッグを受け取りつつ、エクトルは「ありがとう」と素直に礼を言う。

「確かに、あの家に羽琉さんが居ないのは辛いですね」

 リュカから聞いたのだろうと察したエクトルは苦笑した。

「あの家は、今、不完全な状態なんだ。一人で居るのはかなり参るからね」

 正直な気持ちを吐露するエクトルに、フランクは目を細める。

 家だけじゃなく、エクトルも不完全な状態だ。エクトルの心はいつも羽琉を欲している。

 その羽琉が居ない今、悄然としているだろうとフランクは思っていた。だが目の前にいるエクトルは淋し気ではあるが、少し晴れやかな表情をしているように見える。病院で羽琉に会ったことで浮上する何かがあったのだろう。

「家に一人でいると羽琉が居ないって実感するから、羽琉が居ないことが当たり前である会社にいることで、何とか精神を保っている状態だ。情けないが、こうしないと自分が崩れそうな気がした」

「ご自分を弱いと思いますか?」

 フランクの問いに、エクトルは「う~ん」と唸り声を上げた後、ふっと口角を上げた。

弱いな」

「今は?」

 再び問い返すフランクに、エクトルは「あぁ」と肯く。

「羽琉がそばにいないからね」

 そう言うエクトルの表情は穏やかだ。

 その言葉の含意に気付いたフランクも微かに笑む。

「明日の退院が決まったから、午前中は羽琉に付き添おうと思ってる」

「そうですか。それは良かったです」

 特に体の異常は見られなかったということだろうと察したが、そうだとすると問題は心の方――ということになる。

 心配になったフランクは「午前だけで良いのですか?」と訊ねてみた。病み上がりで一人になったら、急に寂しく感じるのではないかと思ったのだ。

「まぁ羽琉の様子をみてからになるが、一人でも大丈夫そうなら仕事に戻る。多分その方が羽琉が気に病まないだろうから」

 エクトルが羽琉の性格を考えた上でそうしているのだと理解すると、フランクはほっとしたように表情を緩めた。

「では会社に泊まるのは今日までですね」

「そうだね。羽琉が居るなら会社に泊まる必要はないからね。しばらくは羽琉と共にいられる愉悦に浸りたいな」

 取り敢えずエクトルの方はもう大丈夫だろうとフランクは安堵した。

「では、私は帰ります。また明日会社で」

「あぁ」

 にっこりと微笑んだエクトルに見送られ、フランクは帰路に就いた。

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