第213話 それぞれの陰謀
「円陣!」
全隊をさがらせ、アトボロス王を包むように円陣を固める。
この動きは調練でいくどもした動きだ。
中央にアトボロス王、おれとハドス近衛副長が両わきに立つ。そのまわりに近衛兵。そらに外を歩兵が固める。
「各隊、別状あれば知らせよ!」
「ジバ隊、別状なし!」
「カルバリス隊、別状なし!」
「マニレウス隊、別状なし!」
わが軍は兵を減らしてないように見える。四二〇〇いた敵の歩兵は減っていた。百から二百ほどは減らしたか。
敵が消極的な戦いをしてくれたおかげだ。だがそれも無理はない。援軍がくるとわかっていたのだ。そうなると、兵士たちも積極的には戦わない。
敵は距離を取り、横一線、いわゆる
動いてはこない。おそらく騎馬隊の到着を待つつもりだ。
これは危なかった。あそこで混戦をつづけていれば、敵の騎馬隊は戦場にかけつけるやいなや、好機と見てアトボロス王をねらっただろう。
こちらから見ると南東で横陣にかまえる敵の歩兵隊がいる。そのさらに左。東の方角に舞いあがる土煙が見えた。敵の騎馬隊が駆けてくる。
「突撃にそなえる。密集せよ!」
輪を引きしぼるように自陣が小さくなる。
騎馬の数は三百。数がすくなく驚異ではないが、騎馬につつかれると陣がゆるみやすい。そこに歩兵をぶつけてくる気だろう。
まだまだ耐えられる自信はある。だがいつかは崩れる。そうなるまえには、全軍突撃をかけ、その
いよいよ馬蹄の音が聞こえてきた。そう思ったが、方角がちがった。南だ。
なぜか南からも土煙が見える。
「さらに
そのとき、頭上からばさり! と羽音が聞こえた。この大きな羽音を待ち望んでいた。
ヒューデール軍参謀。空から舞いおり、アトボロス王のすぐそばに着地した。
「ボルアロフ、ネトベルフ、両騎馬隊が、もうじきくる」
「数は?」
「両名が千ずつ」
二千の騎馬兵。こちらと合わせて五千だ。これで数も上まわる。敵はどうでるのか。
横陣にかまえる敵歩兵を見つめた。東と南、ふたつから馬蹄の音が近づいてくる。
敵の歩兵は逃げだした。列をなして東へと駆けていく。
「みなの者!」
おれは大声をあげた。
「
「おお!」
兵士たちが野太い歓声をあげ、剣を天にかかげた。おれも剣をぬき天をさす。
げんかつぎとして、
戦いは終わり、兵士たちは、あたりにちらばり地べたに座る。ジバ、マニレウス、カルバリス、それに小隊長たちは、
騎馬隊も到着する。つい先日までおなじ騎馬隊として過ごした顔なじみだ。ボルアロフ、ネトベルフ両名と握手をかわした。
「助かりました。ネトベルフ殿」
礼を述べたのだが、第二騎馬隊長は顔をしかめた。
「すまぬな。もっと早くに駆けつける予定が」
われら遠征隊の二日後には出発していたらしい。だが敵に見つからないよう街道をさけて北上していると何度か道に迷ったそうだ。おれもそうだが、ウブラ国は初めてである。迷うのも無理はない。
「迷っている騎馬隊も、こちらは
言ったのはヒューデール軍参謀だった。こちらとは、諜知隊をさす。
「すべては、敵を見逃した諜知隊の責任。非難はいくらでも買う」
堂々と言う鳥人は、反省しているのかどうなのか。だが、ヒューデール軍参謀から
「軍参謀、偽装兵です。ウブラ南部の街で、旅のかっこうをした軍人がいたそうで」
「そんな知らせを受けていない」
「おれの知り合いが教えてくれました」
「ほう、だれに教わったのか知りたい」
「それは、勘弁ねがいたい」
秘密にするほどでもないが、諜知隊をだしぬいた。これはおもしろい。しばらく秘密にしておきたかった。
ヒューデール軍参謀は深くは聞かず、話をもどした。
「では、分散して兵をだし、どこかで集合し装備をさせたと。なるほど、手が込んでいる」
そう言って軍参謀は考えこんだ。
「わたしの隊への対策か」
「そう、それです。かなり知れわたってしまったのかと」
われらの国は、ヒューデール軍参謀がひきいる諜知隊によって有利に立ってきた。それが感づかれ始めている。今回の件は、それをしめしていた。
「わたしは去るとする」
さっそく現状を調べたいのか、軍参謀が羽を広げた。
「たよりにしております。今後とも」
おれの言葉に、軍参謀は流し目でこっちを見た。
「気遣いは無用だ」
「本心です」
全隊の指揮をしてみると、諜知隊という存在がいかにありがたいか身に染みた。
「口調はあのままでいいのに」
「それも、ご勘弁を。根っからの軍人ですので」
いっとき
軍参謀が去っていき、おれは兵士たちのようすを見てまわる。勝ち
ところが、旧知であるマニレウスに声をかけようとしたが、思わず足が止まった。
マニレウスはひとりの犬人と話をしていた。その男は甲冑をつけているが、
座っている男に歩みより見おろした。
「これはこれは、グラヌス総隊長」
わが軍がほこる剣士の姿が、なぜか戦場にいた。
「すまぬ、いろいろと見たくてな」
そのよこでマニレウスが笑っている。
「おまえ、知ってたな」
「ばれぬようにするのは大変だったぞ。移動のさいは食料の荷車番をさせ、野営では、おれの荷物番を演じてもらった」
突きでた腹をゆらし、マニレウスは笑う。おれは王をふり返った。アトボロス王は第二騎馬隊長のネトベルフと話している。
戦いが終わっても、いっしょにいないということは、王にも秘密にしていたか。
「すまぬ」
あやまる総隊長だが、怒りより安心した。
重臣がことごとく参加していない遠征だった。これでよいのかと心配になったほどだ。
だが、そうではなかった。おそらく軍師ラティオは、主力のいない状態でどれほど戦えるか見たかったのだろう。
危なくなれば騎馬隊が駆けつける。それでも不測の事態があれば、グラヌス総隊長が対応できるというわけだ。
「もっと早くにでてくださればよいものを」
おれのぼやきに総隊長も苦笑を浮かべたが、知っていれば総隊長をたよってしまう。
グラヌス総隊長の強さはぬきんでていた。ゴオ近衛隊長に剣を教わっているという
「ナルバッソス殿の手腕が冴えわたった。自分のでる幕はないと思うぞ」
「なにをおっしゃる。羊が羊を指揮するようなもの」
軽口で返したが、なぜか総隊長は、なるほどとうなずいた。
「ナルバッソス殿の軍術をラティオが
おれのなにを褒めるというのか。以前にラティオ軍師と語りあったことはあるが、
「総隊長、それはちがうと申しあげます」
「そうだな、ちがうな」
「左様で」
言葉をつづけようとしたが、グラヌス総隊長がさきに口をひらいた。
「羊は
そういう話ではないと割って入ろうとしたが、マニレウスが感心している。
「山羊とは言えておりますな。羊は逃げますが、山羊は反撃してきますからな」
「おお、マニレウス殿、よくおわかりで。自分がフーリアの森にいたころ・・・・・・」
なにやらふたりの話が始まりだした。
そろそろ出立の準備をしなければならない。おれは背をむけ、王のもとへと歩きだそうとした。だが、ふいにある思いが浮かんだ。
このところ、ラティオ軍師はイーリク隊長に軍務をまかせることが多い。それは軍師として期待しているからだというのが、もっぱら兵士たちの予想であり、おれもそう思っている。
「グラヌス総隊長」
「どうされた、ナルバッソス殿」
「おれが、総指揮をとることなど、もうないでありましょうな」
「そこよな。歩兵の隊長が増えれば、ナルバッソス殿に総隊副長として・・・・・・」
おれは最後まで聞かず背をむけ歩きだした。この話は、これ以上しないほうがよい。
これは陰謀だ。バラールの陰謀を阻止できたが、次は軍師ラティオの陰謀が見え始めたのである。おれのような凡夫が指揮をしてどうなることか。これは固辞しなければならない。
「ナルバッソス!」
アトボロス王が大声でおれを呼んだ。
「そろそろ帰ろう、ナルバッソス!」
まるで春の空だ。王都への帰郷を命ずるアトボロス王の笑顔は、快活そのものだった。
そしてそうだった。このかたに笑顔でたのまれると、ことわりきれなくなる。王のもとに話がいくまえに、なんとしても軍師を説得し、総隊副長などという話はつぶさねばならない。
みょうなやる気がみなぎり、おれは晴れわたる春の空を見あげた。ウブラ国で初めて見あげた空は、レヴェノア国の城壁から見あげる空と、なにひとつ変わらなかった。
第十一章 ナルバッソス 陰謀の火 終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます