第123話 王の街案内

「この石畳は、この国の特産です。優秀な石工が多くて」


 となりを歩くケルバハンに説明した。


「すごいな、ぴたりと隙間すきまなく正方形の石が組まれているぞ」


 ケルバハン船長は感心している。大きなからだを曲げ、石のあいだを指でほじろうともした。どこか、かわいらしい人だ。


 この熊人は舟頭せんどうではなく、船長と呼んでほしいと言った。持っている船は二本の柱がある大きな船で「帆船はんせん」というそうだ。


 船長の下には九人の働き手がいて、バラールと南方の国を往復し、商売をしているという。


 では、バラールに住んでいるのか、というとそうではないらしい。


「おれは船が家さ」


 よれよれの三角帽をあげながら言った。船が家。そんな生活もあるのか。


 日の出から一刻ほど過ぎ、レヴェノアの街は多くの人が動きだしたようだ。通りを歩く人の数も増えている。


「こ、これは!」


 まえから歩いてきた人が、おどろいて立ち止まり頭をさげる。そのわきを歩いてすれちがった。


「なんだ、あの男は」

「私が王都守備隊の隊長なのでな、あいさつだ」


 うしろを歩くザクトとハドスのうち、ハドス隊長が口をひらいた。


「おえらいさんだったか」


 ハドス隊長の鼻がひくひくと動いているのがわかった。おそらく、笑いをこらえている。ザクトも首をすくめ、苦笑にがわらいした。


「見たい場所は、ありますか?」


 ケルバハン船長に聞いてみる。船長は朝の市場が見たいと言った。なんでも、その国の内情を見るには、市場と安い酒場を見るとわかるそうだ。


 早朝に安い酒場はあいていない。市場につれていくことにした。




 街の北にある市場には、すでに多くの店がでていた。


 この露店街になってから、おとずれたことはない。こんなに店が多いのか。


「お、おはようございます」


 露店街に入ってすぐ、役人のいる露店から声をかけられた。早足で通りすぎる。


 木の柱と屋根、そこに平台が用意された露店が、通りの左右にならんでいた。到着した順に、さきほどの役人に場所代をはらい、商品をならべるだけでいいそうだ。これはハドス隊長が教えてくれた。


 朝の市場は、ほぼ食料の店ばかりだった。雑貨や衣類などの店は、もっと遅くに店をだすらしい。


 ある露店では、山のように積まれた人参があった。その人参はまだ土がすこしついている。ちがう店では、まだ朝露がついているのではないか、と思うような瑞々みずみずしい葉野菜がならんでいた。


 お店は多くあいているけど、お客さんの姿はまばらだった。混み合うのはこれからだろう。


 露店に立つ犬人や猿人の店主たちが、手を止めてぼくらを見る。


「おれたち、なにか見られてないか」


 ケルバハンが横目で店主たちを見ていた。


熊人ゆうじんがめずらしいのだろう」


 うしろのザクトが言った。ハドス隊長が笑いをこらえているが、ザクトの口元までゆるんでいる。


「そうか、われはケルバハンである!」


 熊人は手を挙げて大声をだす。ぼくはあわてて、なにか別の話題をさがした。


「ケルバハンさん! おなか、すきませんか?」

「そうだな、うまそうな店も多い」


 朝の市場は食料だけでなく、調理した食べ物をだす店も多かった。ここで食べて仕事にむかう人が多いらしい。これも、ハドス隊長から説明を受けた。


 露店のならぶ通りの裏にいく。かんたんな木の食卓机と腰かけが多く置かれていた。そこに四人で座る。


「ぼくが買ってくるよ」

「おれもゆこう」


 ザクトも立ちあがった。歩きだそうとするとケルバハンが止める。


「この街の酒はなんだ?」

麦酒ビラ葡萄酒アグルかな」


 アグン山の葡萄酒アグルも、この街で多く売られている。もうこの街の酒と言ってもいいだろう。


「では両方たのむ」

「ケルバハンさん、まだ、朝だよ!」

「船乗りは、船には酔うが、酒には酔わん」


 納得しかけたけど、それは逆でないとだめな気がする。


 気を取りなおし、ザクトといっしょに露店の通りにもどった。


「はじめてな気がする」

「なにがだ?」

「おなじ席で食べるのが」


 王の酒場へたまにいくが、ザクトはいつも離れた席から見はってくれていた。家で食事をするときでも、ザクトはいつもひとりだ。ぼくは、グラヌスだったりラティオ、またはマルカなど、そのときいる人と食事をしているのに。


「離れて見ていないと、護衛できんのでな」

「たまには、いっしょに食べたいよ」


 ザクトが困った顔をした。ぼくは足を止める。気づいたザクトがふり返った。


「父の友は、ぼくの友には、なれない?」


 ほんきで聞いてみた。ザクトは父との約束で守ってくれている。だが、そこに甘えるのもいやだった。


「無理に守ってもらいたくない。でも、ぼくはザクトと一緒にはいたい。どうしたらいいか、ぼくはわからないんだ」


 困らせるだけだろうか。そう思ったが、ちがった。ザクトは困った顔を見せたが、すこしの笑みも浮かべた。


「まったく、おまえは、あいつにそっくりだな」


 あいつとは、父さんだろうか。


「まあ、たまにはいいだろう」


 ザクトはそう言って、ぼくの頭をくしゃりとなでた。


「あいつって、父さん?」

「ああ。若いころの話だ」

「今度、話してくれる?」


 ザクトが「そうだな」と言いながら、ふたりで歩きだそうとすると、ぼくとザクトの前方には、人の群れがいた。


「なに用だ」


 ザクトが一歩でて剣のつかに手をやる。


「う、うちの自慢の林檎ミーロです。ぜひひとくち!」

「ぬけがけすんじゃねえ、うちのパンを、ぜひに!」


 みなが食べ物を手にあつまっていた。


「王様、こりゃ賄賂わいろじゃねえ、賄賂じゃねえですので!」


 真剣な顔でひとりの犬人が懇願こんがんした。


 これには思い当たることがある。この国ができてすぐ、ボンフェラート宰相、ペルメドス文官長、ふたりの名で大々的に発せられた布告がある。


「武官、文官は、いっさいの金品の授受、または値引きの禁止」


 兵士であれ、役人であれ、国につかえる者はなにも得をしてならない、という通達だ。罰則は重く、度が過ぎれば打ち首までありえる。


 この布告のあとに変更されたのは一点「ただし、兵士への一日につき一杯の麦酒はのぞく」という条文は付け足されたが、今日まで厳格に守られている。


 これは王も例外ではない。通常であれば「あらたな王」というのが戴冠たいかんすると、こぞってみつぎ物がくるそうだ。それを防ぐためにも、思慮深いふたりは先手を打ったのだ。


 しかし、これは困った。みなが真剣なのもわかる。でも、ふしぎだ。一度目に通ったときは言われなかったのに。


「そういうことか」


 ザクトが剣の柄から手をのけた。


「さきほどは、ハドスがうしろで人差し指を立てていた。みな、我慢がまんしていたのだな」


 なるほど! うしろを歩くハドス隊長が、周囲に合図を送っていたのか。


「王様!」

「陛下!」

「アトボロス王!」


 こまったぼくを見て、ザクトが自身の腰袋をとった。


「布告は知っておろう、もらうことはできん。だが、買うことはできる」


 あつまった人から、ひとつずつ買うことにした。林檎や無花果いちじくは一個。パンは切った半分。


 それから野菜を煮こんだスープが一杯、焼いた肉が一串。あつまった人々はまだまだいる。次々に買うと、ぼくとザクトの両腕でどうにか持てる量までに増えた。


「こ、こんな栄誉の機会なのに・・・・・・」


 なげく声にふりむくと、魚屋のノドムさんだった。生魚をもらうわけにはいかないので、おすすめを一尾、王の宿屋にいるベネ婦人に届けてもらうことにした。


 ケルバハンさんの二品も忘れてはいない。こんな朝に売っているのかと思ったけど、麦酒ビラ葡萄酒アグルも売っていた。杯は貸しだしで、一杯から買える。


「アトよ」


 両手いっぱいの食べ物をかかえて帰るとちゅう、ザクトが言った。


「いっしょに食べるのはかまわんが、市場へくるのは、今後よそう」


 まったく、ザクトの注意は正しかった。


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