第18話 生まれた日
翌朝は八月十五日、宙の誕生日だった。
約束の九時に旅館前に出ていると、時間通り葵がやってきた。
「おはよう!」
宙は、葵に昨日キスを交わしたことなど忘れたかのように明るく挨拶をされて少し拍子抜けした。
「お、おはよう」
「おいおい、元気ないなぁ、宙君、今日も張り切っていこうじゃないか!」
そういうと葵は思いっきり宙の背中を叩いた。
「いて!ゲホッゲホッ、なんだよいきなり」
むせる宙を尻目に葵はサッサと歩き出した。
でも、内心、宙は少しホッとしていた。
昨日のキスで、ぎこちなくなったらどうしようかと思っていたので、葵の明るい対応に助けられた。
「今日はね。我が家へご招待だよ」
歩きながら当たり前のように葵が言った。
「え?!我が家って、葵のうち?」
「そう、わたしんち」
「ちょ、ちょっとそれはいきなり、まずいよ」
「なんで?別にいいじゃん。友達でしょ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「じゃあ、いいじゃん。友達の家に遊びに行って悪いことないでしょ。あ、でも、キスしたからもう恋人か」
「ゲホゲホッ」
宙は再び驚いてむせた。
「恋人って……」
「違う?じゃあ、あのキスは嘘だったのね」
しょんぼりとして葵が言うと、
「いや、嘘とかじゃないけど、いきなり恋人とか言われるとちょっと、ハズイというか、ビックリしちゃって」
「きゃははは、またひっかかった。宙って単純」
「ひどいな、葵、またからかったんかよ」
「だって、宙ってかわいいんだもん。なんか弟みたい」
「なんだよそれ。ばかにして」
そういいながら、宙の心には絵羽と出会った頃のことがまた蘇った。
『私たち姉弟に見えるかな』
『弟へ、姉より』
絵羽の言葉が思い出された。
「まぁ、男性としては頼りないけど、かわいいから許しちゃう」
「なんだよ、それ。ったく、いいよ。どうせ頼りないですよ」
「きゃははは、宙ちゃん、だーいすき!」
そういうと、葵のほうから手を繋ぎだした。
再び触れた葵の手の感触が、宙の胸をキュッと締め付けた。
「ここだよ」
そういって案内された家は、広い庭の中にある、昔ながらの
宙にとっては、テレビで目にする田舎の家そのものだった。
「ちょっと古くて恥ずかしいけど、遠慮なく入って」
「あ、うん、そんなことないよ。なんか、ホッとする」
「そう?じゃあ、どうぞ、どうぞ。自分の家と思って
葵は、ガイドっぽい口調で促すと、自分も後ろから玄関の小上がりを上った。
「そこの居間に入って座ってて」
「え、あ、うん。あのー、おうちの人は?」
「あぁ、大丈夫、両親は働いてるから、今日は誰もいないよ」
「え?!」
「だから遠慮なく、そちらでお寛ぎください」
そういうと、葵はサッサと奥の部屋に消えていった。
通された部屋は、畳10畳ほどの広さで、畳の先には廊下があり、そのまま庭の縁側へと続いていた。
座らされたところは広い座卓とその周りに座布団が敷かれていた。
「おまたせ~」
奥の方から葵が冷たいカルピスのような飲み物を持ってきた。
「わぁ、なんか、CMに出てくる田舎の縁側でカルピスって感じ」
「あーわかる。わかる。そういうCMあるよね。あと、そうめんとか、スイカとか、夏の
「そうそう。それ。すごい、なんかホッとする」
「そっか、やっぱ都会と違うよね。私はいつもこうだから当たり前だけど」
「うん、でも、来てよかったよ。葵んち。こんな経験、旅先でも出来ないからね」
「ほんと?うれしい。よかった。喜んでもらえて」
葵は満面の笑みでそう言った。
その顔を見て宙もうれしくなり微笑んだ。
「縁側でどう?」
カルピスをお盆に乗せたまま、葵は縁側の方へ歩いていった。
「いいね」
そういうと宙も立ち上がり縁側に向った。
「ふぅ、マジ、ホッとする」
縁側に腰掛けて庭に足を投げ出しながら、並んで座ってカルピスを飲んでいると宙から自然とそういう言葉が出てきた。
「そう。よかった。どう?癒される?」
「うん、癒される。っていうか、なんか頭からっぽにできる」
「いいことかもね。頭からっぽ。なんか考えることとか多いからね」
「そうそう、おれら高校生は半分大人で、半分まだ子どもだから、大人と子どもの両方の悩みを抱えてるからね」
「確かに。うまいこというね宙。ほんと毎日そんな感じだよね。学校のこと、家のこと、友達のこと」
「彼女のこと。彼氏のこと。成績のこと。将来のこと。今のこと。昔のこと。いくらでも悩みは尽きない」
「だね。でも、それって生きてるからこそ悩めるんだよね。死にたいくらいの悩みもあるけど、生きてるから死なないで悩んでるんだよね」
「そう、死んだら悩みはなくなるかもしれないけど、生きてるからこそ悩むことも出来て、考えて、結論を出して、そして前に進んでいく。それが、人間なんだろうね」
「そうだよね。それが人間。ほんと、生きてることは辛いけど、折角生まれたんだから、精一杯生きないとね」
葵は腑に落ちたというように、庭の深い緑に視線を向けながら応えた。
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