霧の魔法

美月 純

第1話 出会い

確かこんな霧の深い夜だった。

あいつと出会ったのは……

 

「あぶない!」

「キャー!」

 キキッ!ガシャン!


「あっつ、いててて」

「ちょっと!どこ見て運転してんのよ!」


「そっちこそ急に飛び出てくんじゃねぇよ!霧で見えなかったんだからな!」

「あんたが無灯火なのがいけないんでしょ。しかもこんな霧なのに飛ばして!」


「急いでたんだよ。もうすぐ店が……あ!いけね!」

「ちょっと逃げるの!どうしてくれるのよ。このマグカップ割れてるかもしれないわ!」


「知るかよ。俺は急いでんだ。しかも転んだのは俺の方で怪我までしてるんだぞ!マグカップぐらいでがたがた言うな。治療費請求しないだけマシだと思え!」

「なんですって!いいわ、警察呼ぶから、自転車だって人を跳ねそうになったんだから、立派な事故ですからね!」

そういって絵羽えばは携帯を出し、電話しようとした。


「ちょ、ちょ待てよ!警察なんて呼んだって無駄だよ。むしろそんなことで呼び出すなって説教食らうだけだぞ!」

 絵羽はそらの言葉を無視してマグカップが割れていないか確かめた。


「ほら!やっぱり割れてた!どうしてくれるのよ!あなたがこのマグカップを弁償してくれないなら、警察に連絡します。それで、裁判にでも何でもしてやるわ!」

「無茶言うなよ。たかがマグカップで……」


「たかが?あんたにとってはたかがだけどね。あたしにとっては彼にあげる大切なプレゼントだったのよ!それを、それを……ううっ」

「おいおい、泣くことはないだろ。わかったよ。あ!あっちゃー参った。店終わっちゃったよ。また延滞だ」


「延滞?なによ……レンタルビデオ?」

「そうだよ。今日返さなかったら二日も延滞だ。もう、いいよ。店終わったから。それで、そのマグカップいくらすんだよ」


「ううっ、ひっく、五千円」

「え?五千円?!そんなにすんのマグカップに?ちょっと待って、今手持ちがないよ。ちょっと待ってくれる」


「待てっていつまでよ。彼の誕生日あさってよ。それまでに買わないと。しかもオリジナルデザインだから特注よ。出来るのに一日かかるの。だから、明日には注文しないと」

「明日?明日の何時までその店やってるの?」


「七時まで。でも、注文は六時で締め切るの」

「六時だな。わかった。えっと、あんた名前は?」


「絵羽、 一ノ瀬絵羽」

「エバ?変わった名前だな」


「ほっといてよ。あんたは?」

「俺?俺は、宙、江口 宙」


「ソラ?お空のソラ?」

「違う!宇宙の宙って書いてソラって読むんだ」


「宙?それでソラ?あんたこそ変わってるわよ」

「ほっといてくれ。じゃあ、念のため携帯教えておくから。明日五時にここでいいか?」


「いいわよ。明日五時ね。絶対よ!逃げたら承知しないんだから」

「逃げるかよ。ほんとはこっちが治療費出して欲しいくらいなのに。あっいてて」


「あ!血」

 そういうが早いか、絵羽は宙の肘から流れる血を自分のハンカチで押さえた。


「あっ!いいよ。ハンカチ……よごれちゃうから」

「いいわよ。貸しておくから、ちゃんと洗って返してよね」


「ちぇ、わかったよ。じゃあ……借りとく」

「じゃあ、明日五時ね。忘れないでね」


「わかったよ」

 そうして二人はお互いの携帯番号を交換して別れた。

 

「と、いったもののどうしよう。五千円か、バイト代はまだだし、親から貰うわけにもいかないし。困った。明日までに五千円なんて大金、どうかき集めればいいんだ……」

 途方にくれながら歩く宙。


「そうだ、確か貯金が」

 帰ってきた宙は二階に駆け上がると、押入れの戸を開け、ガラクタを引っ張り出し、奥から古い豚の陶器の貯金箱を出した。


「これだ!」

 振ってみると結構重みがある。


「よーし、でも、ずいぶん昔から貯めてたんだよな。高校に入ってからはすっかり忘れてたけど。確か小1くらいから貯めてたから結構あるかも」



 夕食後、母親が寝静まった頃、押入れからブタの貯金箱と金槌かなづちを取り出した。


「うーん、いざ割るとなると惜しいな。でも、仕方ない」

 思い切って振り下ろした金槌は豚の貯金箱を粉々にした。


「ちょっと!宙!何時だと思ってんの!いい加減に寝なさい!」

「やっべぇ、お袋起こしちまった。はいはい!寝ますよ!」

 貯金箱の中からは数枚の札と一緒に小銭が結構入っていた。


「やった。これなら五千円くらいあるかも」

 数えてみると一万ちょっとあった。


「やった。これなら、足りる。しかも、臨時収入だ。豚さんには悪いけど、助かったよ。ちゃんと葬ってあげるからね」

 そういうと宙は粉々になった豚の貯金箱をかき集め、ビニール袋に入れて、庭に出た。


 スコップで小さな穴を掘るとその中に豚の貯金箱を埋めた。


「豚さんごめんなさい。でも、おかげで助かりました。感謝します」

 そう言って手を合わせた。

 

 部屋に帰って、机の上に絵羽から借りたハンカチが置いてあった。

「絵羽……ちゃんか、いくつだろ彼女?ちょっとかわいかったな……いかん、いかん、彼氏いるって言ってたじゃないか。第一この金はその彼氏のために支払うんだから」

 そういいながら、もう一度ハンカチを手に取ると、ギュッと握り締めて、窓から空を眺めた。


「明日はこの霧が晴れるかな。」


 

 

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