第49話 たったひとつの冴えたやりかた ジェイムズとアリス


「たったひとつの冴えたやりかた」はアメリカのSF作家、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアによって書かれた傑作SF短編小説で1985年にローカス賞や星雲賞海外短編部門賞を受賞しています。


また同氏はアメリカのSFファンタジー部門で最も優秀な作品に授与される、ヒューゴー賞とネビュラ賞を2回ずつ受賞しています。特に1976年の「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」ではダブル受賞をしています。


このジェイムズと言う方は優れた作品群もさる事ながら、執筆者本人がとても劇的な生涯を送っています。ここでは、その本人についてご紹介したいと思います。


ジェイムズ氏は1968年に作家としてデビューしました。その後、骨太な作品を発表する人気作家となり「もっとも男性らしいSF作家」と評価されました。


男性と女性の性を中心とした、短編ながら深い味わいを持つ作品が多い事が特徴とされています。


ところが、このジェイムズと言う人は公の場には一切姿を見せず出版社や他のSF作家との交流も電話は全く使わず全て手紙で済ませていました。自分の書いた小説も郵送していました。そしてジェイムズ氏あての郵便物は郵便局の私書箱が送り先になっていました。つまり誰も彼と会った事は無く声も聴いた事が無い。容姿や年齢や住所は全て不明という謎の人物だったのです。


しかし、彼の母親が1976年に亡くなりました。この母も、ティプトリーと言うペンネームで作家であった為、同じ苗字のジェイムズ氏との繋がり探しが大々的に始まりました。そして遂に全てが明らかになりました。


ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアは女性だったのです。


彼女の本名はアリス・ブラッドリー・シェルドン。


今度はアリスの生涯を見て行きたいと思います。


アリスは1915年8月24日にアメリカのシカゴで生まれました。父は法律家で探検家のハーバード・ブラッドリー、母は小説や旅行記を書いていた作家のメアリー・ブラッドリー。アリスは両親に連れられて幼い頃から世界中を旅行しました。アフリカでは野生のゴリラを世界で最初に見た白人女性の1人となったそうです。


アリスは銀色の髪の美しい少女でしたが感受性が強く幼い頃から世界のありとあらゆる所を見てしまったが為に、文化の相対性に悩む早熟で孤独な少女になってしまったそうです。


アリスの思春期は強大な両親、特に母親からの影響力から自立しようとする激しい苦闘の日々だったみたいです。この母親と言う人は美しく知的でエレガントでありながら、その一方でライフルを肩にアフリカの大地を踏破し象を狩るとてつもなくタフな母親だったそうです。


アリスは12歳で自殺を試み、10代の終わりには母親が自分を社交界にデビューさせる計画を知りそれをぶち壊すために3日前に知り合った男の子と駆け落ちして結婚しました。その子とはすぐに離婚したそうですが。


それからのアリスはグラフィック・アーチストとして個展を開いたり美術評論記事などを書いて暮らしていましたが、1942年にアメリカ陸軍に入隊。女性として初めて空軍情報学校を卒業し、ペンタゴンにて写真解析士官として勤務。


1945年には敗戦したドイツに渡り、ドイツ科学の成果と科学者たちをアメリカに連れ帰るプロジェクトに参加。そして、このプロジェクトの立案者で指揮官だったハンティントン・D・シェルドン大佐と結婚。アリスは30歳でした。


その後2人は軍を離れますが、1952年に夫と共にCIAに招かれ働き始めます。しかし、アリスは3年後にCIAを辞職します。辞職後のアリスはアメリカン大学で学士号を取得し、ジョージ・ワシントン大学で実験心理学を専攻。1967年に博士号を取得しています。


アリスは大学での博士号試験中にとんでもないことをやりました。SF小説を書いてしまったのです。そして上記のように1968年にSF作家としてデビューしました。アリス・シェルドン53歳の時でした。


それからの作家としての活躍はこれも上記の通りです。自分自身のプライベートを隠して他人に成り済ます事が長年に渡って成功したのはCIAに勤務していた頃の経験が大きいと言われています。CIAは一種のスパイであり他人に成り済ます事は重要な任務ですから。


しかし、私生活では夫が重度のアルツハイマーによってほぼ寝たきりの状態になりアリスも身体に不調を感じるようになりました。


そして、1987年5月19日の未明。


アリスは弁護士に後事を託す電話をかけ、夫をショットガンで射殺。自らも同じショットガンで頭を撃ち抜き死亡しました。


この事は以前からの2人の間での取り決めでした。


これは最愛の人をこれ以上苦しめたくは無い、と言うアリスの下した「たったひとつの冴えたやりかた」だったのかも知れません。



この最後に関しては賛否両論あるとは思いますが、彼女の作品を読んでいた私はアリスの下した結論を尊重したいと思っています。


読んで頂いてありがとうございました。




参考資料 ウィキペディア

参考文献 センス・オブ・ワンダーランドのアリス 大野万紀



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る