5 天知学園高校殺人事件の解決及び内部者取引事件
明日の本番に向けて、まずはリハーサルをすることになった。
探偵役二人による、推理合戦――本人たちや
その辺にいたクラスメイト達に休憩がてらギャラリーになってもらい、蒼詩も個人的に数名、体育館まで足を運んでもらった。
正直、どんな展開を迎えるのか予想できないため人を集めることには抵抗があったものの――
「わたしになんの用でち?」
「まあまあまあ、しぐれ先生経由で
しぐれが声をかけると、2年B組の方司先生はひょいひょいついてきた。これはもしかすると本当に、
「ところで誰か、
たずねてみるも、求めていた答えは得られない。
「死んでるんだから犯人以外知る訳ないじゃん」
「お前な……」
「まあ私はもう分かってるけどね!」
……これだから――
「まあまあ陽木くん。ギャラリーはこれで全員?」
「はあ……。まあ、そうですかね……」
教師二人に、クラスメイトたち。それからペンギン。聞かせたい人物は揃った。
「……1年生いるけどいいのか? リハーサルだよな、見られちゃっていいのかな陽木くん」
と、クラスメイトで
「1年じゃないでち!」
心当たりのある2年生がいるようだが、遊浮の言っているのはそちらではなく、
「もぐもぐもぐ」
「常に何か食べてるな……。この子はいいんだ。うちの部員――」
…………。
「……ん」
何か引っかかることがあったのだが――それがなんにしろ、大事なのはこれからだ。
(部長のやろうとしてることは想像つかないけど……順当に考えると、脅迫相手の弱味を握るか、弱味そのものを潰すはず。おれと先生が無関係だとアピールする……)
先のやりとりを思い出すと――
(おれには付き合ってる相手がいる……だから先生とは関係ない――この辺が無難だよな。それを相仲さんはじめ、周囲に周知させる。問題は、それをどうするのかだけど――)
ちらりと部長の方を窺うと、
「陽木くん、キャストが足りないから誰か適当に見繕ってくれる? 犯人役と、死体役。死体役はいなくてもいいけど」
「嫌な役回りですね……。
「まあ、関係ないから」
「はあ……軽くネタバレですね」
これから始めるのは、昼に蒼詩が目撃した――互助会の部室における、群雲千月殺人事件の推理だ。一応その場に居合わせた副部長だが、名探偵役が「必要ない」と言うのなら事件には無関係なのだろう。本人もとっくに帰ってしまった。
「現場の再現とかは」
「きみの記憶が頼りだね。……ところで、嫌そうにしてる割にはいろいろ拘るね? ほんとは好きなんじゃないの、こういうの」
「出し物なんで。やるからにはちゃんとやりたい主義なんです」
個人的にも一大事なのだ。
蒼詩が軽く周囲を見回すと、仏頂面でこちらにガンを飛ばしている人物と目が合った。
「よし、犯人役な」
「……あ?」
一番それっぽい雰囲気のクラスの不良に声をかける。名前は
(そういえば
何すればいいんだ? と意外にもあっさり言うことを聞いてくれる虹上に面喰らいつつ、とりあえず出番くるまで立っといてと指示したところで、
(死体役はいなくてもいいって、部長言ってたな……? でも、犯人は
当たり前のことなのだが、何か引っかかる。
そうこうしているうちに、一応の準備が整ったと見たのか、部長がギャラリーの前に出る。
「さてお集まりのみなさんこんにちは、これから行うのは――我が部で起こった、とある事件の解決を目指す推理ショーです」
ぱちぱちぱち、と乾いた拍手。
「状況を簡単に説明しますと――こちらの陽木蒼詩くんが昼休み、部室を訪れますと……そこで群雲千月さんが血だまりの中に倒れていました」
「お腹にナイフが刺さった状態で。部室には他に誰もいなかった。ドアで繋がった隣の部屋に倉里さんがいたくらいだけど……倉里さんは犯人を見ていない」
あとで小晴から文句が出ても困るので、ディティールは細かく告げておく。
蒼詩が部室を訪れた時、そこには千月の死体(と、しておく)があり、その後の展開を考えると後輩はその時にも隣室にいた。本人の口から直接は聞いていないが、蒼詩が先輩たちを引き連れ再び部室に戻るまで、他に人の出入りはなかったはずだ。
「これもう犯人分かってるんじゃない……?」
と、ギャラリーから声が上がるが――
(まあ、落ち着いて、冷静になってみるとなぁ……。細かい点はともかく、ネタは割れてる。分からないのは動機だけど、この状況を考えると――)
昼から全て、部長の手のひらの上だったのではないか、という気がしている。
「じゃあ、どちらから推理を披露しようか。僕からやってもいいかな」
「どうぞ、お手並み拝見させていただきます」
(仮にもお金持ちのお嬢様だもんな……。というか、部長から先に行くのか。先攻は大抵かませ犬の役目だが……、こうなると後攻の小晴が気まずい思いをするなぁ。どうフォローしよう)
部長への全幅の信頼と、微かな不安のなか――静寂のなか、部長が口を開く。
「まず、人間関係を整理しよう。被害者の群雲さんは、この四月に転入してきたばかり――というのは、まあ僕よりクラスメイト諸君の方が詳しいよね。そして彼女は、我が生徒相互補助会の部員の一人でもある――」
…………。
「同じ部所属の、クラスメイト――そんな訳で、群雲さんは陽木くんと親しくしている。互助会に入ったのも陽木くんが誘ったからだ。そして、同じように――1年生の倉里さんもまた、陽木くんきっかけで互助会に入った」
「モテモテだな、陽木」
皮肉っぽい合いの手が入ったことで、思わず聞き入っていた蒼詩は遅れて気付く。
(弱味は潰せそうだけど……これ、クラスでのおれの評価悪くならないか?)
それ以前に――
「そう、陽木くんはモテモテなのです。そして、それゆえに――彼の周りでは、争いが絶えない。彼の買ってくるスイーツを巡って先に述べた二人は常にいがみあっています」
「……部長、あることないこと言うのやめてくれます?」
「『あること』だと認めるんだね?」
「……ノーコメント」
何を言ってもよけいな誤解を招く気がした。
ただ、部長の考えはなんとなく読めてきた。
「しかしある時、二人の争いに一つの決着がついたんだ。そう――陽木くんが群雲さんとの交際を始めたことによって」
「…………」
そんな事実はないのだが――相仲の様子を窺うと、案の定あ然としたように口を開けている。これで「弱味」は無効だと思ってくれればいいのだが――
「もうお分かりの通り――と、言いたいところだけど、ここで一つ問題がある。殺すことそれ自体は簡単だ。しかし、群雲さんを殺し、死体を片付け、その後なにごともなかったように振る舞うには――もう一人、協力者が必要になってくる」
「協力者……?」
と、たずねる役割が必要なのもあるが、蒼詩自身その考えはなかった。なるほど、犯人役を見繕ったのはそのためか。
しかし言われてみれば確かに、いくら同性とはいえ、一人で死体を――人間一人を
運ぶのは難しく、仮に出来たとしても、その後すぐに血だまりの処理をするには時間がかかる。一人が死体を移動させ、もう一人が血だまりをふきとるなりしないと間に合わない。
(……いやいやいや……)
一応リハーサルなので突っ込まないが、心の中では冷静に自分の考えを否定しておく。
「そこで、トリックだ。その協力者とは、何を隠そう――群雲さん本人だ」
核心を告げる声に、その場が静まり返る。こういうところが、蒼詩が部長を『名探偵』だと認める所以だ。
「倉里さんはこうそそのかした。この歓迎会の出し物として、陽木くんの好む『ミステリ』を実演しよう、そのために死体役をしてほしい――本物に見えるように。陽木くんが目撃した時、群雲さんはまだ生きていたんだ。死んだふりを……まるで本物の死体に見えるよう、熱演した」
「…………」
まあ、突っ込むまい。そうだと言われれば否定は出来ないからだ。
「その後、陽木くんが部屋を出る――出なければ、倉里さんが細工するはずだったんだろうね――陽木くんがいなくなった隙に、群雲さんは隣室に移動し、隠れる……はずだった」
と、そこでギャラリーの中から手が上がる。
「死体の周りには血だまりがあったんですよね? それはどう処理したんですか」
自研の遊浮だ。その質問に部長は、
「それは簡単だ。自由研究同好会が僕ら互助会に屋上での実験を申請した際、一緒に持ってきた試供品――『超吸水スポンジ』を使って、一瞬のうちに血だまりを……この血自体も自研製作のものだね。それをふき取ったんだ」
「自研では現在、スポンサーを募集しております」
……こいつらグルなんじゃないかな、と蒼詩は思った。
(……なんだったらその液体、スポンジで吸収しやすいヤツとかそういう詐欺なんじゃないかな……)
思うところはあったが――
「さて、話を戻そう。群雲さんは隣室に移動した。隣室にはロッカーがあって、中身をどかせば人ひとりなんとか入れるくらいの空間が出来る。群雲さんはそこに隠れ――しかし、自由に動けないその隙に、倉里さんが群雲さんを刺したんだ」
…………。
「……え? 終わり?」
「うん、終わり。次は明咲さんの番――まとめると、僕の推理はこうだ。犯人は倉里さん。狂言を装い、群雲さんを本当に殺害した。死体は部室のロッカーにある――答え合わせは、明咲さんの推理を聞いてからにしよう」
「犯人役……」
犯人(倉里)がその場にいるので虹上が所在なさげにしているが、それよりも。
(ちょっと待て……? この人、マジで言ってるの? 倉里さんが群雲さんを殺した……? 死体はロッカーにある……?)
犯人役が要る、理由――殺人事件が本当に起きたと、この人は言っているのか。
(まさか……だよな? また何か、自研とグルになってるみたいに、おれを脅かそうとして……解決と一緒にじゃじゃーんって感じに千月が出てくるんじゃ――あぁそうだ! 小晴に花を持たせようとしてるんだ――落ち着け……こんなの、ただの演技だろ)
本当にロッカーに隠れているのかもしれない。あれから部室にはいっていないし、もしかすると今ごろ部室でお茶でも飲んでいるかも。
そもそも、これは「リハーサル」だ。本番は明日。だからこれは演技で――
(でも、リハーサルを装って犯人を誘い出して――いやいやいや)
迫真の演技というやつか。いつもの調子で――さも名探偵らしく部長が語るものだから、思わず本気にしてしまった。
「じゃあ、私の番ですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます