第五十話 交渉、受けてくれるんだよな?



 ニヤニヤと笑う人相の悪い男たちの視線に晒されながら、クレインたちは砦の中心部に通された。


 金は無くとも行動力だけはあるグレアム一行だ。手下たちに木こりの真似事や大工の真似事をさせて、地形を活かした山城が築かれていた。


 現時点で2000人ほどの兵が収容できそうな空間が確保されており、外側が完成しつつあるため、徐々に内側へ防衛機構を伸ばしていっている途中だ。


 ここを拠点にして、更に勢力を拡大する考えだとは見て取れる。

 放置すればかなりの脅威となることも、容易に想像できるところだ。


「ほーん。アースガルド家の使い、ねぇ」


 攻め落とすなら相当の労力がかかると見て、護衛のランドルフとマリウスは警戒を強めていたし、ハンスはもう帰りたいと思っている。

 そんな中で、クレインはグレアムと対面した。


「で、用件は?」

「本題から言うと、君らと交渉がしたい」

「山賊を相手に交渉だあ? 子爵様は頭が沸いてんじゃねぇのか」


 この言葉にランドルフが暴走しかけたが、そこはハンスが何とか止めた。

 背中をバシバシと叩かれた悪鬼が食い止められている隙に、クレインは交渉を続ける。


「いや、それが大真面目なんだ」

「大真面目な交渉にこんな小僧を出してくるかよ。俺たちも甘く見られたもんだな」


 今のクレインは身分を隠して潜入している。

 グレアムから見れば「まだ成人したてのガキが送られてきた」くらいの印象で、どう見ても本気で説得しようという風には見えてはいなかった。


「どうかな。結構本気なんだけど」

「南からの追手かもしれねぇだろうが。子爵家の人間って証拠はあんのかよ」


 アースガルド子爵家から声が掛かる可能性などゼロに等しく、ヨトゥン伯爵家からの追手が来る確率はかなり高い。


 グレアムは頭が足りないながらに色々と考え、クレインたちが討伐軍の急先鋒くらいの推測を立てていたのだ。

 クレインもその程度の警戒は織り込み済みなので、彼に証拠を見せていく。


「あるぞ、ほら」

「……これは?」


 この状況からして、懐柔策を見せて油断を誘い、山を降りたところで討伐されるかもしれないと思っているくらいだ。

 警戒を強めた彼に向かい、クレインは装飾の付いた短剣を差し出した。


「アースガルド家代々の宝剣だよ。家紋が付いているだろ?」

「紋なんざ知らねぇよ。お貴族様の代紋なんてもの、じっくり見たこともねぇ」


 剣の柄に鷹の紋章が掘られていたし、山の裾野にいる随行兵は青地に白い糸で縫われた鷹の旗を掲げている。これがアースガルド家の家紋だ。


 見る人が見ればすぐに所属は分かるし、家宝を持ち歩いているクレインが重要人物ということも分かっただろうが。

 グレアムに貴族の流儀やトレードマークなど、分かるはずもない。


「……まあ予想の範疇だ」


 貴族のことを全く知らないグレアムを相手に、クレインが貴族だと証明することなど不可能に近い。


 グレアムも色々と考えた上で探りを入れてはいたが、結果としてそれは何の意味も持たなかった。


「高そうな剣ってことだけは分かるが、どっかのボンボンだろ。出世争いの功績稼ぎに俺たちをどうにかしに来たんだろうが――アテが外れたな」


 しかし堂々と見せてきたのだから、一旦クレインたちがアースガルド家の人間だと信じるとすれば。


 クレインはアースガルド家から折衝を任された、名家のお坊ちゃんか。

 それとも功を焦り、独断で動いたボンボンか。


 グレアムの中ではその二択となり、あり得そうなのは後者の方だ。


「そうか……。交渉のテーブルに着く気は無いのか?」

「へっ。こんなガキを送り込んでくるような奴を信用できるかよ。話がしたけりゃ子爵が直接来いやって伝えとけ」


 普通の子爵が盗賊と交渉してこいなどという命令を下すわけがない。


 盗賊を討伐するなり追い払うなりで、出世をしたいお坊ちゃんの暴走だろう。

 そんなところかと、グレアムは一人で納得している。


「はっはぁ! 一昨日来やがれってんだ!」

「うぇーい」


 親分は貴族が相手でも全く動じない。大物だ。

 それに気を良くした周囲の山賊たちが笑い声を上げる中で、もうランドルフの我慢は限界に近づきつつあった。


「おのれら、ここにいるお方をどなたと――!」

「まあ待て。確認だけど、子爵が直接来ればいいんだな?」


 身分を明かすタイミングはどこにしようかと考えていたクレインだが、よく考えれば今なのかもしれないと思い、明かす前に念のための確認を入れておく。


「おう、それなら話を聞いてやるよ。責任者を出せやコラ」

「それなら話は早い」


 言質は取れたので、あとは名乗るだけだ。

 クレインは余裕の表情を浮かべると、微笑みながらグレアムに握手を求める。


「クレイン・フォン・アースガルドだ。よろしく」

「あん? ……アースガルド?」

「うん。俺が子爵家の当主だよ」


 責任者を出せ。そのからかい文句は前世で聞いている。

 クレインはその冗談を真正面から受け止めて、至極真面目な顔で返していった。


「で、どうなんだ」

「どうって……何が」

「アースガルド子爵が直接出向いたら、交渉――受けてくれるんだよな?」

「え、あ。まあ、えーと」


 グレアムは突然の状況変化に対応が遅れ、クレインからの強引な握手を無意識で受け入れてしまった。

 会話の主導権を握れたと確信したクレインは、ここで一気に畳み掛けようと話を続ける。


「さあ、友好的なお話だ。まずはこちらの要望から伝えていこうかな」


 クレインは今までの人生で、どれだけの折衝を重ねてきただろうか。

 相手は国王、王子、宰相、南伯と言った雲上人から始まり、ジャン・ヘルメスを始めとした政財界の大物たちとも渡り合ってきた。


 アイテール男爵、メーティス男爵といった領地持ち貴族はもちろんのこと、その他小貴族や、地主や名士とも政策のための会合を何百と経験している。


「……なあ、これ、話に乗っていいやつか?」

「ええと、さあ?」


 翻って、目の前にいる面子は誰も彼も、自分の名前が書けるかすら怪しい者たちだ。

 もちろん交渉技術などまるで無い。


 手玉に取って楽な交渉になるか。

 それとも予想外の動きをされて困るか。


 説得したことが無いタイプの相手を前にしているのだから、まだクレインにも展開の予測はつかなかった。


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