第三十八話 方針らしきもの



 色々と整理した結果であるが。現状で試せる手を全て試して成果が無ければ、どこかに借りを作ってでもマリウスを確保。


 そしてアースガルド領へ来なくなった武官たちの中から、引き抜けそうな者を選びスカウトすることが目標だ。


「そうだ、何はともあれまずは情報。その最初の一歩がマリウスというだけのことだ」


 自ら来ないならば先手を打ち、クレイン側から直接交渉を始めて吊り上げる。

 これは消えた武官の全員に適用する予定でいた。


 問題はマリウスの確保だ。ひいては諜報部の設立をどうするかという入口の部分であり、そのボトルネックが解消すれば一気に計画は進む。


 そうと決まればクレインも前向きになれた。


「目標達成のためには集め方を検討する必要がある。採用までの道を整えるために、より多くの判断材料が欲しいってだけの話だな」


 問題が複雑なので、クレインはなるべく単純に考える。

 最悪の場合は人材を集めていた勢力の情報よりも、武官が集まるという事実が重要となるのだ。


「俺が人材を集め終われば、少なくとも敵方に付いた人間はいないってことになるし……まずは足元の事だけ考えよう」


 つまり現状で最優先にすべきは、武官の情報収集ただ一点となる。

 更に極論を言えば、戦力さえ整うならば周辺勢力の情報が落ちなくてもいい。


 あくまで武官の確保が優先で、情報収集は下準備に使うものだ。

 あれば嬉しいが、天秤に掛ければ実益が優先される場面となる。


 ここで先ほどまで考えていたことと照らし、仮にアレスとビクトールを頼るとするなら――その時は情報漏洩阻止のために、やり直しが前提となる。


「二人を頼る場合は、情報収集のみに努める。余計な情報が渡っても大丈夫なくらい早く動こう」


 以前に考えた敗北条件を達成してしまうかもしれないので、全力で情報を集めてすぐ次の人生へ向かうくらいの速度感が求められる。


 とまあ、確実なはずの道を選んでもリスクがあるという散々な状態ではあった。


「でも、儀式さえ行われなければそれでいいんだ。渡した情報も無かったことにできるんだから、そう怯えてばかりもいられないな」


 言ってしまえば、敢えて危険な近道を使わずともいい。しかし最後の手段がいつでも使えると思うだけで、気楽に進めることはできる。


 保険は掛けたということで、彼は思案の方向を切り替えていく。


「ということで、あの二人に頼まない場合にどうするか。変な飛び道具を使わず順当に話を付ける場合を考えよう」


 差し当たり、最終手段のことばかり考えていても仕方がない。

 現実的に最も影響が少ないやり方と言えば、やはり手近なところ――領内にいる人間を使い何とかすることだ。


「まずは聞き込みを続けることが一番か。個人レベルで解決できれば最善だからな」


 近場の街でなくとも、内政監督のために人材は領内へ散らしてある。

 聞き込みをしていない配下はまだいるので、今の段階では過度に焦ることもない。


 そう考え、クレインは己を一旦落ち着かせていく。


 アースガルド領に定着したがっている者であれば、払う対価は考課の上昇と出世の約束だけで済む。

 それが一番安上がりであり、最短経路でもあるのだ。


「多少効率は落ちるけど、一人ずつ訪ねていくのが上策だな」


 マリウスに関連する情報さえ分かれば、引き抜きを掛けられる。

 そこから先は芋づる式なのだから、初期の手間は惜しむものでもなかった。


 鉱山の監督をしている武官や、農村を回り農業政策を回している文官でもいい。

 誰でもいいから、何らかの繋がりを探すことが始まりとなるだろう。


「じゃあまだ聞いていない人間にも当たって、メーティス男爵かマリウスの知り合い探しを継続――」


 しかしクレインはここにきて、ようやく過去との違いに目を向けた。

 と言っても相手のことではなく、自分を取り巻く環境についてだ。


「いや、これ、本当にそう……うまくいくのか?」


 間を取り持ってくれそうな知り合い探しが、上手くいった場合にどうなるのか。

 冷静に展開を予想していけば、すぐにこれも茨の道だと気づいてしまった。


「全く無名のマリウスを名指しで呼んで、すぐに部門長へ抜擢か。……色々と問題はありそうだな」


 これだけ有能な人々を集めたというのに、無名の人材を無理やり引き抜いて出世させること。

 配下からその人事の理由を聞かれた時に、明確な答えは用意できない。


「ランドルフは腕っぷしが全ての世界で実力を見せつけたから、どこからも出世への反対は出なかった。でもマリウスの仕事はほとんど内勤だ」


 依怙贔屓えこひいきでの抜擢と言われても仕方がないというか、実績を知るクレイン以外にはそうとしか見えない。


 家中に不和の火種を熾すことになりかねないのだ。

 長い目で見れば、それはそれで別な問題へ発展しかねなかった。


 正面から堂々と説得して、円満に引き抜けたとしても。後々には家中不和による事件でやり直しという未来さえ見える。


「この点ではむしろ王家やビクトール先生の紹介と言えた方が、配下たちへの説得は容易い……か」


 内勤の序列を付けるなら、元々の身分が大きく考慮されるべきだし。方々から集まった人間を統率するのに一番効率のいいやり方が、爵位順にポストを割り振ることだ。


 男爵家の三男で、知名度がゼロに等しい若輩者。


 それが何の後ろ盾も無く一気に部門のトップになれば、調整が難しいところも出てくるだろうと予想は着いた。


「そうだよ。前までは全員、頭の中まで筋肉が詰まった奴らばかりだったけど。今じゃ文官も大勢いるんだ……しかも上昇志向が強そうなのが多めに」


 更に言えば、マリウスへ任せるのは最も成果の見えにくい暗部の仕事だ。

 極秘裏に奪取した情報を、大々的に発表することなどあり得ない。


 護衛に付ける気でいるのは変わらずだが、そうした場合すらマイナス材料となる。

 クレインが最も信頼する護衛の一人に、片手間で一部門を統括させるなど、不満の種にしかならない。


「わざわざ招いた門下生たちを蔑ろにもできないし。まさか出世させる名目まで、俺の方で考えないといけないのか……?」


 今は身分が高く向上心がある、有為の人材が大勢いる。

 師の誘いとは言え、何の縁も無い子爵家へ遥々やって来てくれた塾生を大量に抱えているのだ。


 大きな人事をするにはそれなりの理由が必要となる。

 しかもこれはマリウスだけでなく、グレアムや他の将にも言えることだ。


「いや、今までの人生でも、中央よりうちの方が好待遇になりそうなら鞍替えしようとしていた奴らはいたんだ。武官の中でも出世したい奴は大勢いた。これで俺に文句が届いていなかった、以前までの方がおかしいのか」


 マリウスが人手不足の折によくやっていたという面と、人手不足とは言え、よく文句の一つも出なかったなという面。


 クレインが過去の状況を思えば、二重の意味で感心してしまった。

 しかしそれは結果論として上手くいっただけの話だ。


 凄まじい数の仕官者に困り果てて、疲弊したクレインは、どんどんやって来る人材を何となく振り分けていた。


 マリウスとて最初は武官として売り込みに来たが、管理側が不足していると見て内勤に挙げたのだから、希望通りに割り振った結果でしかない。


 上手く回っていたから気にならなかったものの、クレインは己の人事の適当さに、今さら気づいてしまった。


「むしろマリウスの奴、これでよく問題無く回せたよな。大手商会長のトレックやら、あのブリュンヒルデと対等に仲良くできていたくらいだし」


 そう考えればコミュニケーション能力や交渉能力にも期待できるかもしれないが、今はとにかく彼の仕事――担当させる予定のもの――が問題となる。


 諜報や護衛はもちろんだが、クレインが最も頼りにしていたのは戦略面の相談役だ。

 今回の武官問題が無ければ、今すぐに相談したい内容もあった。


「秘密裏に各地の情報を集めて、誰も知らないところで俺の相談に乗るのがマリウスの仕事――いや、周りにどう功績をアピールしたらいいんだよこれ」


 考えてみれば、本当に内々にして内密の仕事ばかりだ。


 傍から見れば重用されている割りに大した仕事をしているようにも見えないだろうし、強引に出世させれば、やっかみは凄まじいことになる。


 しかし裏方の一切を任せる以上は他部署との調整も必要になるし、高い地位には付けなければいけない。


「……いやこれ、本当にどうしようか。何か月か動いたけど、全然糸口が見えてこない」


 ここで問題の始めを思い返すクレインだが、差し当たり、マリウスを獲得したいのは諜報組織が欲しいからだ。

 そして諜報組織が欲しいのは、各地に消えた武官たちの情報を得るためだ。


 最悪の場合、マリウス抜きで諜報組織ができるなら、彼は不在でも戦力は整う。

 だが、二十年以上も右腕にしてきたのだから、不在は精神的に痛いものがあった。


「マリウスもグレアムも、向こうからすれば二年くらいの付き合いだろうけど。俺から見れば桁が一つ増えるからな……何とか回収していきたい」


 そもそも現時点では知り合えてもいないので、向こうからすれば赤の他人状態だ。

 そこに切なさを覚えつつも、クレインは頭を回す。


 今回を情報収集のための人生と、割り切っても構わないとは思っている。

 必要であれば最終手段も遠慮なく使うつもりだ。


 しかしそもそもクレインには、問題の最終的な着地地点がまだ見えていなかった。

 すなわち、今回の落としどころをどこにするかだ。


「根本的に言えば正攻法で、全員採用できる道を探すのが一番だ。それは分かる。分からないのは道筋か」


 どう頑張っても採用できない人間を諦める妥協点を探すにしても、まずは王道から考えていくしかない。


 そして獲得に成功したところで、後々不利益が出てやり直しではどうにもならない。

 更に現状では、仕官したあとどうするか以前に、居場所すら不明の状況だ。


「そもそもと言うなら、俺が直接マリウスに手紙を出しても、仕官してくれるか分からないし」


 裏事情を確認し終わり説得の材料を整えたところで、突然の連絡にマリウスが警戒するかもしれない。

 筋を通さないやり取りに、男爵家と揉めるかもしれない。


 仕官動機が知れても来ない可能性や。マリウス本人が納得したところで、怪しい話に実家が否を突き付ける可能性まである。

 色々と悪い未来も考えられはするが――クレインはここで発想を転換してみた。


「そうか。そうなったら今度こそ、仲裁のためにアレスを使おう。それならまだ目立たない」


 王子に勢力拡大の手伝いをさせると言えば不穏だが、クレインが中央貴族に無礼を働いた後始末を頼むと言えば滑稽に映るだろう。


 そして密偵から見て、便利に使われるアレスへの警戒心は更に緩まる。

 何故なら密偵を出しているヘルメスから見て、クレインとアレスはただの愚か者という認識だからだ。


「そこまで行ければ一石二鳥だ。ゴールはその辺りかもしれないな」


 あちらを立てればこちらが立たずを繰り返し、ようやく方針らしきものは決まった。

 そしてキリのいいところで、朝の思考時間はそろそろ終わりだ。


「まあ、まだ何も分かっていないんだから、そこまで先を考えるのは無駄か? まずは聞き込みだな」


 制限時間きっかりで考えをまとめ終わったクレインは、ベッドから降りて伸びをした。

 そうすると同時に、部屋のドアがノックされる。


「おはようございまーす」

「ああ、おはようマリー」


 今日もマリーが起こしに来たが、最近のクレインはこれをタイムリミットにしていた。


 寝起きで悩むのは、彼女が起こしに来るまでの間だけ。

 クレインが自分ルールをそう定めてからは、彼自身でも決断が少し早くなったような気がしていた。


 何はともあれ方針を立て終わったクレインは、今日も一杯の水を飲んでから朝食に向かう。


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