11回目 俺たちの戦いはこれからだ!!



「予想で構わん。奴らが取り得る手段について言ってみろ」

「ふむ……」


 第一王子との協力関係を築けるか。築いたとしてどのような扱いを受けるかは、この話し合いにかかっている。


「中央から北西にかけてのエリアが、ほぼ全て北侯の影響下に入りました。新たな領地で禁製品を生産し、密輸を始める可能性がございます」


 無能がどうなるかは散々学んできた。なるべく有能なところを見せなくてはならないだろう。

 そう考えたクレインは、未来で聞いた噂をそのまま話すことにした。


「なるほど。手に入れた領地の中に、麻薬の群生地があったはずだな。食用になるからと陛下は見逃していたが……それで商いをする可能性はある」


 王国の北西部には麻薬の群生地がある。わざわざ栽培しなくとも、そこら中に生えているのだ。

 これを使わない手はないとばかりに、ラグナ侯爵家は公然と闇の商売を始めると未来・・で噂になっていた。


 違法薬物はもちろんのこと、没落貴族のご令嬢をオークションで競りにかけたり、諸外国と怪しい取引をしたりと、黒い噂の数々はクレインも聞き及んでいた。


 これらは大体1年後から噂になり始めるが、真偽のほどは定かでない。しかし噂が出るということは、何かしらやらかして・・・・・いるのだろう。


 そう考えて、彼は未来で噂になったことを残らず暴露していく。


「裏だけでなく、表からも攻めてくるかと存じます。例えば王家の御用商を買収――特にスルーズ商会辺りは、もう危ないと見ています」

「そちらから影響力を獲得するか。まあ、それもあり得そうな話だ」


 未来で真っ先に陥落した大手商会の名前を挙げると、王子は心当たりがあるような素振りを見せた。


 流行りの商会や大手商会を、武力や財力で潰して乗っ取りを企てたり、借金のカタに周辺貴族の土地を巻き上げたりという話もあったのだ。


 かなり派手な動きをしているとは伝わっていたが、その布石はこの時期から既に打たれていたのかと、発言したクレインの方が驚いていた。


「仮にそれらが現実に起きるとして、商会を落とされるのは避けたいな」

「ご禁制品よりもですか?」

「そちらは違法と決まっているのだから、調査をすれば痛手は与えられる。しかし商会は合法的に乗っ取れるからな」


 それはそうだとクレインも納得した。侯爵家のアコギなやり方に口を挟んだとしても、合法ならば手出しはできない。

 「自分の金で買収した商会のことにまで口を出す権利はない」と、突っぱねてしまえば終わりだ。


 無理矢理に接収すれば信用問題になるので、王家ですら手は出しにくい分野だった。


「この件、貴様ならどう対処する?」


 クレインが知っているのはあくまで、遠くの噂程度の話だ。実際にどういった手口で攻めるのかは知らす、防ぐ手立てなどもすぐには思いつかない。


「私ならば……」

「そうだ。仮にお前の立場でこれを防ぐとしたら、どのような手を取る」


 クレインは謀略を跳ねのけた事例を聞いたことがなく、明確な答えを持ち合わせていなかった。

 しかし少しばかり思案すると、彼の脳裏に閃きが走る。


「利権でしょうか」

「利権?」

「例えば我が領地では銀が採れますが、開発し切るほどの資金も人手もございません。なので、開発資金を複数の商会に出資させようと思います」


 クレインは献策大会の際に提唱された、領地開発のアイデアに思い至った。


「商会の体力を更に削ってどうしようと――いや、そうか。なるほど」


 そして第一王子も、すぐにクレインの意図を察した。彼がしようとしていることは、商会の金を強制的に分散投資リスクヘッジさせることだと。


「王都での商戦で消耗して、弱ったところを買収されるという流れならば、最初から王都以外の場所に商売の比重を移させればよろしいかと」


 王都圏に全資金を注ぎ込めば、王都での商売が失敗した瞬間に呑み込まれる。そのため王都は商売の場の一つと割り切らせて、逃げ道を用意すればいい。


 これの素案は「効率のいい領地開発のやり方」という題目でクレインの目に留まった提言だが、実際の目的が汚いため破却された案だった。


 要は新規開発の利権で釣った商人を雁字搦めにして、アースガルド家に依存しなければ立ちいかなくなるまで、深みに嵌まらせるのが最終目標だ。


 つまりラグナ侯爵家と大差ないやり方ではあるものの、クレインはそこまで悪辣あくらつにやるつもりはない。

 集めた商人を保護するという観点で見れば、効果はあると踏んでいた。


「よし、では任せる」

「……承りました」


 その策を実行しろ言外に命じられたクレインは、少しの間を空けてから承諾した。


 ラグナ侯爵家と正面からぶつかるリスクは高くなるが、もう彼には頷くことしかできない。今さら協力要請を断ることなどできないのだ。


 ここまで話せば王子の味方になる以外の選択肢がなく、何より王子の背後には依然として死神――例の微笑み騎士が佇んでいる。


 今さら中立に戻らせてくれなどと、言えるはずがないのだ。多少侯爵家の恨みを買うとしても、前に進むしかない状況だった。


「見返りは私が国王になった時まで待て。出世払いだ」

「承知致しました。お任せ下さい」


 何はともあれ、こうしてクレインは第一王子との密約を結ぶことになった。


 その後はアースガルド領に対する支援と、密偵を通じて連絡を取り合うことなどを約束して、話し合いを終えたクレインは無事に宰相と合流できた。


 国王と約束した出向役人の選定も無事に終わり、王都に来た目的は全て達成できたことになる。


「王家の庇護。第一王子との協力体制。そして人材の確保か」


 当初の予想以上の成果を挙げて、クレインは領地へと向かった。


 しかし帰路の車中でもまだ――彼は安心できなかった。今までのことを考えれば、どこかに落とし穴があるかもしれないからだ。


 帰り道は暗殺者を警戒しながらの強行軍になったが、しかし幸いにして何も起きずに、彼はようやく生きて帰ることに成功する。





    ◇





「皆、聞いてくれ。王家の紹介で各分野の専門家を大量に雇ってきた。だから今後のアースガルド領は、飛躍的に発展するはずだ」

「い、いつの間に、そんなご計画を……」

「すごいです! クレイン様!」


 銀鉱山の利益を半分渡す代わりに、何かあれば王家に守ってもらうこと。

 内政を回す人材を出してもらうこと。若手育成のために、教師を提供してもらうこと。

 

 それらの約束を取り付けて帰ってきたクレインに、老執事を始めとした屋敷の人間は驚愕していた。


「利益の半分ですか。また思い切りやしたねぇ、坊ちゃん」

「バルガス、坊ちゃんはよせ」


 無難に領地を治めてきた、若き当主。今日まで大きな動きを見せなかった彼が、王都で大立ち回りをして、栄達への道を拓いたというのだ。


 急にそんな成果を持ち帰って来たのだから、これには銀の採掘準備をしていたバルガスも、目を丸くしていた。


「ああ、昨年まで王家の銀山で稼働させていた設備を解体して運んでくれるのと、技師もセットで付けてくれたんだ。どんどん掘っていこう」

「そこまでしてくれるなら、あながち丸損ってわけでもありませんね」


 特に人材面での成果は素晴らしいものがあった。王都を出る前に宰相と合流し、有能そうな役人を軒並みスカウトしたのだ。

 献策大会で見た顔ぶれもちらほら見かけたので、良さそうな提案を出した者は優先で確保してある。


 これら領地運営の準備が整ったことにより、アースガルド子爵領は拡大路線を取ることが可能になった。


「商会もどんどん呼び込むぞ。出稼ぎの鉱夫だって来るんだし、宿屋と飯屋はいくらあってもいい。鉱山で使うツルハシなんかを作る、鍛冶屋も欲しいな」

「人が増えるなら雑貨屋さんとか、服屋さんも必要ですね!」


 新しいもの好きなマリーは、新店が続々と開店する未来を想像したのか目が輝いていた。


 人が増えるということは、それだけで力だ。兵力、生産力、技術力、経済力。何を取っても人口は最大の武器になる。


「生産力の差は数十倍、か」

「どうしました? 坊ちゃん」

「何でもない。あと、うん。坊ちゃんは止めてくれ。威厳が無くなるんだって」


 バルガスの言葉を受け流しながら、クレインは計画を始動させる。


 全てはこれから先の未来で、自分の命を守るために。

 そして、自分についてくる人々を救うために。


「ここからが勝負だ」


 少しでも力を付けて、暴力や謀略に負けない盤石の体制を敷く。

 そう決意したクレインは右手を振り上げて。集まった家臣たちに号令をかけた。


「さあ、行くぞ――俺たちの戦いは、ここから始まる!!」


 クレインの掛け声に応じて、家臣や使用人から気炎が上がった。

 朗報続きであるため、家臣たちの士気は非常に高い。


 かくして何をやっても即死していた状態から一歩進み、クレインの目にはようやく、滅亡回避の道に光が見え始めていた。


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