第四十六話 そういや、あいつバカだったんだ
王国歴501年1月20日。
この日クレインの執務室には、重苦しい沈黙が流れていた。
数枚の紙を何度も眺めていたクレインは、数分してからマリウスに確認する。
「なあ、ここに書いてあることは……事実なのか」
「残念ながら」
報告するマリウスは真顔ながら気まずい雰囲気を出しているし、報告を受けているクレインも引き笑いをしている。
何があったかと言えば、グレアムの消息が判明したのだ。
調査開始から一ヵ月ほどで情報を摑めたのだから、やはり商人に頼らない諜報能力は重要だと再認識しつつ。
クレインは現実逃避がてらに、窓の外を眺めていた。
「そうか。そういや、あいつバカだったんだ」
本能だけで生きていそう。
そんな揶揄をされるくらいには、知力の低い男がグレアムであった。
彼についての半年間は、一体何があればそうなるのかと、問い質したくなるほど激動なものとなっている。
「クレイン様。あの、調べは済みましたが、ここからどうなさいますか?」
マリウスは命令だから調べた。
しかし彼が提言を求められれば、「放っておけ」以外には無い。
顔色だけでそう読み取れるだけに、クレインも深いため息を吐いてから答える。
「一応、交渉……かな」
「
「両方」
さて、ここでグレアムの足跡を辿ってみよう。
彼は春先に、商人たちが大量の種芋などを北から南へ運んでいると知った。
「南にデカい動きがあるらしいな」
彼も子分も、特に技能や知識を持っているわけではない。
食うに困り山賊になるか、腕っぷしを活かして傭兵になるかくらいの選択肢しか持っていないのだ。
「だったら時代は農業か」
ここで何を思ったのか、彼は農家で一山当てようと動いた。
大金が動くなら、この波に乗ってやろうという魂胆である。
もちろんヨトゥン伯爵家としても、クレインが発注した食料を確保するために、自領を飢えさせるわけにはいかない。
備蓄は必要だし、他家からも毎年買い付けが来るのだから、その分は生産しなければならないのだ。
だから南側では大量の人手が必要となっていた。
時流を読むという面では、いい勘をしていたと言えるだろう。
「農家で一旗揚げんぞ! 付いてこい野郎ども!」
「うぃーっす」
「へい!」
周囲のゴロツキをまとめ上げ、どうにか移住を果たしたグレアムだが。南部で労働者の需要が高くなったのは彼の読み通りだ。
しかし言ってしまえば、彼らはただのチンピラである。
農業経験など無く、畑の耕し方すら分かっていない。
もっと言えば大規模な農地など、新参者の流民たちに入手できるわけがない。
「なあ、あの辺の畑くれねぇ?」
「やるわけないだろうが。欲しけりゃ見習いから始めろ!」
「うす」
勢いで南部に行ったものの、周囲は最新鋭の技術を駆使する熟練農家ばかりだ。
農業未経験の荒くれ者たちに専用の土地が与えられるわけでもなく、小作農として修業を積むところからの始まりとなった。
取り敢えず土を掘って種を植えればいいという、単純なものではない。
彼らは現地に到着してからそう気づいた。
「ま、取り敢えずやってみっか。やるぞ野郎ども!」
「おう!」
「うぃーっす」
しかし結果はもちろん失敗。
仕事にありついたはいいが、雑な仕事で畑は滅茶苦茶。
これにも地主も怒った。
「雑草くらい抜かんかバカ者! どうしてこんなに荒れ放題なんだ!」
「へ、へへ、すまねぇ」
割り振った作物を根こそぎ無駄にされたのだから、地主が怒るのも当然だろう。
貴族が進めている商売なので、予定数に足りなければかなりの不都合があるはずだ。
「ああもう、なぜ真っ直ぐに畑を作れんのだ! こうやるんだ、見ておけ!」
そこは自分にも非があると、グレアムも黙って叱られた。
そして教えを乞うた。
しかし地主の予想を遥かに超える要領の悪さで、中々改善は見られない。
彼らの面倒を見ていた、地主が出した結論。
それは、力だけはありそうだから、輸送作業を手伝わせようというものだ。
「……体力には、自信があるんだろうな」
「おう、腕っぷしなら任せとけや」
アースガルド子爵領へ出荷する量が莫大に増えているので、どこも手は足りない。
そこで、荷運びの手伝いでなら使えるという判断がされた。
だから予定を変更し、グレアムたちは人足として運送作業に従事することとなる。
「そんじゃあ運ぶぞ、野郎ども!」
「うーっす」
「うぇーい」
だが、ここで不幸が起きる。
生産を請け負ったのは名門、ヨトゥン伯爵家なのだ。
「こんな奴らに輸送を任せられるか! 当家の沽券に関わるわ!」
各地の進捗を確認しようと、家臣の一人が視察団を率いて調べにくれば。
みすぼらしい恰好をした、人相の悪い男たちが荷車を引いているところに遭遇してしまった。
監督として派遣された男は準男爵の家系であり、末席に近いとは言え貴族だ。
「ボロいと言っても、服なんざこれ一着だしな」
「洗濯すらしていないのか!? くっ、汚らわしい、寄るな!」
彼はグレアムたちの貧乏そうなところを見て大層怒った。
彼らを道端に整列させて、十数分に渡り怒鳴り続けたのだ。
そして、ここでグレアムは思う。
農家の件は自分たちに非がある。
そんな甘い世界ではなかったし、仕事に失敗したのだから落とし前は当然だ。
地主が失った金銭を考えれば、弁償しろと言われないだけ有情な方だろう。
「まったく、こんな流民に仕事を振るほど人が足りないのか」
「へへ、いや、すいませんねどうも」
むしろ人足の仕事を紹介してもらって食い繋げているのだから、文無しで出てきた彼らにとって地主は恩人である。
一応、地主の顔を潰さないように耐えてはみた。
「ええい品の無い奴らめ、これだから底辺は嫌なんだ!」
しかしよくよく考えれば、荷運びに関しては何らの落ち度も無い。
地主に損害を出した分、熱心に働いていたくらいだ。
その場の勢いで移民して。
その場の勢いで慣れない仕事に就いて。
失敗して。
心機一転頑張ろうとしたところに、何やら偉そうな奴がいちゃもんをつけてきた。
「貴様らのような薄汚れた奴らを派遣できるか! 責任者はどこだ、そいつにも責任を取らせろ!」
ストレスが溜まっていたところへの理不尽な叱責だ。何やら恩人に罰を与えるという話も出ている。
こんな展開になれば、元我慢の限界など早々に訪れた。
「おい、野郎ども」
「へい」
「うーす」
この状況を前にして彼らが何をしたか。
それは語るまでも無い。
「な、何だ。貴様ら、何のつもりだ!」
道中の護身用に渡された粗末な武具を掲げて、グレアムは何のためらいも無く号令を下した。
このムカつくお偉いさんをぶっ飛ばせと。
「やっちまえ!!」
「なめんじゃねぇぞダボがぁ!」
「目にモノ見せてやんよ!」
ちょうど金を持っていそうな男が目の前にいる。
そうだ、一旗揚げるならこちらの方が性に合っている。
そう判断した彼らの行動は早かった。
「おう、身ぐるみ全部剥いじまえ!」
「オラ大人しくしろやコラ!」
グレアムの子分は誰も彼も命知らずであり、戦闘力だけを見ればピカイチだ。
それに対してヨトゥン伯爵家の兵は弱兵ばかりである。
装備品の差があっても、突然のストリートファイトには全く対応できなかった。
「足持ってろ! 胸当てから脱がすぞ!」
「うぇーい」
「ちょ、やめ……ぬ、ぬわぁぁああ!?」
というわけで視察団を蹴散らし、身ぐるみを剥いで武具を拝借したついでに路銀を確保。
そして準男爵家の次男を人質として誘拐し、そのまま山へ逃走した。
その後は周辺のならず者や小規模盗賊団をまとめて併合し、今やヨトゥン伯爵領とアースガルド子爵領の中間で、最大規模となる盗賊団を組織しつつある。
マリウスからの報告書にはそう書かれていた。
何度読んでも事実は変わらない。
山賊のような見た目の男は、本当に山賊になってしまっていたのだ。
「で、付いた二つ名が白狼か……」
「自称のようです」
「そうか」
グレアムの髪は白というよりも灰色だ。
どこを切り取って白狼なのか。
「どうせ呼ぶなら、灰狼よりは白狼の方がカッコいい。とか?」
そんなどうしようも無い理由で付けたのだろうとクレインは推測したし、実際にもその通りだった。
しかし状況は彼の予想を遥かに飛び越えて、最悪と言える。
「グレアムには投降を勧めて、南伯には……どうしようかな」
「そこまでは、私にも」
そもそも何故グレアムを雇用しようとしているのか。それを知らないマリウスからすれば、どう着地させればいいのかが分からない問題だ。
彼を召し抱えて、下手に南と揉めるくらいなら放っておくのがベスト。
それ以上の対策は当然思いつかない。
「なあ、マリウス。出世したがっている奴は、うちにも結構いるよな」
「各部署に野心家はおりますが……あの、まさか」
「うん。外交部の長を設定したら、誰か何とかしてくれるかな?」
交渉や話術に長けた者を送り込み、どうにかグレアムを確保しつつ南側勢力を納得させられないか。
そんな希望を見つけようとしたクレインではあるが、それはあっさりとマリウスの口から否定される。
「この状況で手を挙げる者は……少数派かと。事情を隠して任命すれば不信に繋がる可能性が高いですし、何より成功する未来が見えません」
「だよなぁ」
名門伯爵家を宥めつつ、山賊の親分を説得して配下に引き抜いてこい。
初仕事がそれではあんまりだ。
どちらに行っても、相手の気分次第で使者は斬られるだろう。
こんな無茶な命令をすれば、命じられた者の忠誠心が確実に下がる。
誰かに押し付けることができない問題だが、それでも放置することはできない。
何故ならグレアムたちが襲うのは主にヨトゥン伯爵領からの荷馬車であり、それを輸入しているのはクレインだ。
味方に数えられるはずだった戦力から、略奪を受けてはたまらない。
「何とかは、しなくちゃいけないんだが……」
制圧して降らせるなり、懐柔するなり、何らかの選択はしなければならない。
それは分かり切っているが、これは何をどうしたらいいのか。
クレインは頭が痛いと言わんばかりの態度のまま、俯き加減になって言う。
「……分かった。一旦、保留で」
「畏まりました」
やり直すしかないと決めたはいいものの、武官の情報はまだ集まりきっていない。
武官の平民組についてはエメットの捜査が及ばず、まだ調べている最中なのだ。
どうせなら一度で済まそうと決めたクレインは、一度この問題を忘れることにした。
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