第十三話 俺たちの戦いはこれからだ!



「よし、読んでみるか」


 痣だらけの王子を見て宰相がヒートアップしたが、それはそれだ。

 王子を盾にして宰相の追及を逃れたクレインは、役人の募集を成功させた。


 その後王都を出発して、少しした頃。

 帰りの馬車でアレス王子からの手紙と渡された小箱を取り出し、彼は中身をあらためていく。


 長々とした挨拶のような部分を読み飛ばして本題の部分から読み始めるが、そこに書かれた内容は確かに、クレインの弱点を埋めるものだった。


「時渡りの弱点とは、死ねない状況を作り上げられた時に詰むことだ。監禁された場合や、自害する道具を奪われた場合には発動できない」


 王子はクレインが自害を試みる様子を見ていたが、それはナイフで首筋を斬るという手順で行われようとしていた。


 武器の携帯を許されない場所で捕えられたり。

 猿ぐつわをされて閉じ込められたりされれば、術は即座に発動できない。


 最悪の場合は毒を用いて、植物人間状態にして生かし続ける手法もある。

 王子の手紙には、そんなことが書かれていた。


「怪しい動きがあった場合、どのような状況でも即座に戻れること。その助けとなるものを入れておいた」


 手紙には、もっと確実な方法が必要だとも記されていた。

 助けとなるもの、具体的には小箱の中身だが。


「王家が管理する毒薬の中から、いくつか選んで渡す……か」


 アレスが自ら選んだという毒はどれも即効性があり、ナイフで自害するよりも苦しまずに死ねるはずだと書いてある。


 慣れたとは言え、痛いものは痛いのだ。

 だからクレインも自らリスタートを選ぶ際に、楽に進めるようになるのは嬉しい。

 それは間違い無いのだが。


「奥歯に仕込める丸薬とか、使えるかな……」


 口の中に毒薬を突っ込んでおくというのは遠慮したいクレインだが、そもそもそんな手練れの暗殺者のような仕込みができるかは怪しい。


 毒を塗った針を袖口に縫い付け、こっそりと自害を図る方法なら取れそうだが、何にせよ毒の種類はそこそこ豊富だ。

 後ほど試すと決めて、クレインは更に先を読んでいく。


「今までと違う動きをすれば、領地の管理に手間取るだろう。統治のやり方は少し工夫をすることだ」


 自害の方法について、これも新しい手段かと思い納得すれば。

 次は内政面での技が書いてあった。


「手記を持ち歩き、行った行動の全てを早い段階で書き記せ。私に見せた技を政務でも使うといい」


 政策の候補を最初の段階でリストアップし、細かい失敗点を全て記入しておく。

 手記に書いたよりも前の日時に戻らない限り、文字はいつまでも残る。


 これならやり直しをした際の確認作業が――次回は何を改善するべきかが、すぐに分かる。


 もちろん時渡りについて書くなとは釘を刺されているものの、ただのアイデアノート風に書けば、万が一間者に盗み見られても影響は少ない。

 書いてあること自体はもっともだ。


「……最初から、これくらい頭を回してくれればな」


 苦痛なく死ねて、再開の動きをスムーズにするアイデアが書き記されている。

 クレインもこれは有効だと思うが、一方で少し疲れた様子も見せていた。


 もっと早くに思考能力が復活していれば、そもそもアクリュースから出し抜かれることも無かったのでは。

 そんなことも思いながら、彼は手紙を畳んだ。


「いや、そこは考えるだけ無駄か」


 過去へ戻れる限界が王国歴500年の4月1日だ。

 できる限り最速で王子に歯止めがかかったので、これは最上の結果だと思い直す。


「なるほどね。まずは奥歯に毒を仕込む練習……やってみるか」

「クレイン様ー! そろそろ次の村ですよ!」


 練習の過程で何度か死ぬだろうなと予想しつつ、御者の横に座るマリーが前方を指して休憩を告げる。


 何はともあれここからだ。


 彼が不在の間に、領地がどれだけ発展の用意を終わらせているか。

 そこは配下たちの腕次第だなと思いながら、彼らは一路子爵領を目指す。





    ◇






「お待ちしておりましたクレイン様」

「待ってたぜ……坊ちゃん」

「待ってましたよ、ええ、本当に……」


 クレインを屋敷で迎えたクラウス、バルガス、ハンスの三名だが、彼らは疲れ切った顔をしていた。

 そんな家臣たちを前にして、クレインは早速報告を求めていく。


「クラウスも長旅ご苦労様。南伯の様子はどうだった?」

「戸惑ってはおられましたが、承諾されました。既に種イモなどは運んでおります」

「それは重畳」


 クラウスはクレインの命令を受けて、南伯、ヨトゥン伯爵家との交渉をしていた。

 ヨトゥン家が抱える畑と農家。

 それを根こそぎ貸してもらい、冷害に強い品種を育てる試みは成功している。


 目標だけ伝えられて放り出された彼は、心なしかげっそりとしていたが。同時に少し安心した顔をしていた。

 今年は例年よりも涼しいというのは肌で感じているので、飢饉に対する先手が打てたこと自体は安心材料だからだ。


 激務には違いないが、やっておくべきことだったとは既に理解している。

 先読みに成功して策が成りそうだというのが、唯一の救いだっただろうか。


「他に問題は?」

「人が増えたので細々とした問題はございますが……特筆するほどのことはございません」

「なら良し、次はバルガスの報告を聞かせてくれ」


 増えた人は主に、募集を掛けておいた鉱山での働き手だ。

 そこに農具開発、増産の職人が入っているが、いずれにせよバルガスの担当になる。


「上下関係の叩き込みに苦労しましたがね。一応、問題無く回ってますよ」

「そうか。住まいは足りているか?」

「ああ、そりゃハンスが死ぬ気で頑張ってくれたんで、余ってるくらいには」


 そう言ってバルガスが横目でハンスを見れば、最も疲れた顔をした男は口を開く。


「親方仕事は、大変でした」

「そ、そうか。ハンスもお疲れ」


 急に職場が解体されて、大工のリーダーに任命された衛兵隊長。

 職権が上でも経験や技術が無いので、職人たちからは相当絞られていた。

 他の衛兵たちも似たようなものだったが。


「技術力だけは、いっぱしになりましたよ。全員。ついでに、大工が治安維持に協力してくれました」

「ああ、うん。これから紹介された人材がたくさん来るから、少しは楽できるぞ」

「……そうなることを、願います」


 多少でも人が増えたのだから、街中でのトラブルは増えた。

 しかし警察組織は大幅に縮小して、大工がメインの仕事になっている。


 大工をやりながらの治安維持の仕事は結構な激務だったらしく、楽になると聞いたハンスは希望と疑いが半々くらいの目をしている。


「でだ。王宮からの支援を取り付けたから、銀鉱山を本格的に増やしていこうと思うんだ」

「……左様で」


 ほら見たことか、また始まった。


 そう言わんばかりの顔をしているハンスから、少し気まずそうに目を逸らし。

 クレインは今後の動きを伝えていく。


「北の街で管理側の人間を雇い、中央からも助力が得られたんだ。部下の育成が終われば本格的に楽ができるから、な?」

「……分かりましたよ。ただ、衛兵の増員は検討してください」


 大手商会も続々と参入してくる予定なので、ここから先は急拡大だ。


 この二か月ほどで労働者や職人を呼んだ分の住居は既に完成しており、増えていく人を受け入れる器は完成しつつあった。


 ハンスたちが慣れれば、建築の速さも上がるだろうと思い。

 そこを込みにした計画を立てることになる。


「最低目標は、今年度中に人口を今の倍にすることだ」

「そうすると五万ほど、ですか。それは流石に……」

「大丈夫だ。食料問題は南で生産する分だけで回るだろうし、念のために買い付けも入れていこう」


 予め住宅問題に着手して、食料事情の改善策も打っておいた。

 発展の速さは、今までを軽く超えていくだろう。


 その後は細かな報告会になったものの、特に問題は無い。

 領内の開拓を進めるための、新型農具開発政策なども順調に進んでいる。


 今のところは順調だ。

 そう思いながら、重臣との会議を終えたクレインは屋敷の人間を集めた。


 十数分して全員が集まったが、彼らにはマリーの口からあらましが伝わっていたようで、誰もが熱を帯びたような顔をしている。


「今回の旅で得た成果を発表していこうと思うんだが……。皆、もう知ってるのか」

「ええ、帰りの馬車で聞いたこと、全部伝えておきました」

「それなら改めて言う必要も無いな」


 既に一大政策のことは伝わっているようなので、細かいことは抜きにして号令をかけるだけだ。


「……何はともあれ、ここからが勝負だ」

「左様でございますな」


 北での人材登用や、王宮での殴り合いなど。賭けがいくつかあったが、無謀な綱渡りは成功している。

 基盤は完成しつつあるので、あとはひたすらに進むだけとなった。


「ああ、いっちょやってやるかい」

「ここまでくれば、もうどうにでもなれ……」


 過去最大の早さで勢力を伸ばし、過去最大の速さで発展する。


 その計画が大きく前進したことを実感しながら、クレインは集まった家臣や使用人たちを前に、気炎の声を上げた。


「さあ、行くぞ。俺たちの戦いは、ここから始まる!」


 緩やかに衰退していた子爵領。

 徐々に貧乏になっていく、斜陽の領地。


 それが若き当主の下、日の出の勢いで大きくなっていく。


 新しい時代の到来を感じ取った家臣たちは、クレインが今までの人生で聞いたことがないほど、覇気がある声で応えた。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 言葉は同じでも、言う側や受け取る側の感覚は異なります。

 今までの人生でそれなりの勢力を統率してきたので、クレインの指導力にも上昇が見られるようになりました。


 第六章はこれにて終了。閑話を挟んで七章に入ります。

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