55回目 落ち目の商会
「ここまで賊には会わんかったか。こりゃあ幸先がいい」
その後二回ほど盗賊と遭遇したが、クレインはやり直しの力を有効活用した。
道を変えたり、早めに休憩して時間を潰してみたり。
まあ、盗賊を回避する手段は色々とある。
「自分が死ぬのが、特に辛いことだと思わないようになっているんだもんなぁ。末期だぞこれは」
しかし精神面で負担がかかることは当分の間避けようと思ったクレインだが、避けたいことの範囲から自害という項目が抜けていることに気づき、彼はげんなりとしていた。
「また何かブツブツ言ってますね」
「ん? 考えることが多くてね」
ちなみに盗賊へ通行料を支払えば一応、護衛紛いのことはしてくれる。
積み荷を渡すと彼らが道中の山賊と話を付けるため、一度みかじめ料を支払えば、しばらくは安全に進めるのだ。
あくまで押し売りの護衛契約であり、違法ではない。
万が一の時にはそう強弁して死罪を免れることもある。
隣の縄張りにいる盗賊とも、そうやって棲み分けができていた。
そんな盗賊のビジネスモデルを学びつつ、彼らは王都の北東に位置する、とある街まで辿り着く。
「トム爺は行商をするんだよな?」
「付き合いのある店に顔を出してくっかなぁ。そのあとは、どこかで仕入れだ」
トムがどこから品物を手に入れるかはその時々で変わる。
だがここは王都も近く、大抵の商会が店を出しているエリアだ。選択肢ならいくらでもあるので、こういう場合は馴染みの店から品物を仕入れるのが常だった。
「どうせだから、仕入れにもスルーズ商会を使ってくれないか?」
「構わんけども。どうしてまた」
「最近はあの商会を応援しているんだ。まあ、特に意味はないよ」
クレインもトムも、取り立てて付き合いの無い商会だ。しかし領地のことを考えれば、この外遊中にどこかの大手商会と縁を結んでおくのも悪くない。
クレインの狙いがそんなところかと思いつつ、トムは渋い顔をしている。
「いや、でもなぁ坊ちゃん。あそこも最近は景気が悪いみたいなんだ」
何故ならスルーズ商会は落ち目だ。最近では閉店する店も増えて、上り調子とは言い難い。
トムからすれば全く魅力的な相手に映らないが、しかしクレインは平然と言う。
「落ち目でもなければ、話すら聞いてもらえないんじゃないか?」
「ああ。そりゃまあ、あそこも大手だからねぇ」
大商会との繋がりを持とうとしても、中小の貴族にかまけているくらいなら大貴族を相手に手広くやった方が儲けられるだろう。
それは当たり前なので、没落気味の方が自分たちにとっては都合がいい。
軽い口調でそう言うクレインの言葉にも一理ある。
そう思えたトムは一度得意先へ寄り、その後数十分して、空の荷馬車をスルーズ商会の支店へ向けて進んでいった。
◇
「いらっしゃいませー!」
「本日はセール中です!」
スルーズ商会の前に差し掛かれば、今日は安売り中のようだった。
しかし客足はそれほど多くなく、街に入ってから見かけたヘルメス商会に比べれば活気は少ない。
「ようこそお越しくださいました。何かご入り用ですか?」
店に入れば早速店員が付き、それを見たトムもにこやかに話しかけて、商談はすぐに始まった。
「北へ行く予定なんですがね。届け物とか、何かおススメの商品があれば」
「行商ですね。今は……送るものは特にございません。売却予定でしたら麻布辺りが人気です」
そこから先は彼の仕事なので、クレインはマリーと一緒に店を見ていたのだが、彼女は品揃えを見て少し残念そうな顔をしていた。
「うーん……」
「どうした、マリー?」
「いえ、流行が終わったものとか、型落ちみたいなものが多くて」
流行りものが好きな彼女にとっては、この店が少し流行から遅れているように見えていた。
「そういうものか」
「ええ、少し。センスが微妙かなと」
田舎の方から来たマリーですらそう思うのだから、王都の近くであれば余計にそうなのだろうと思いつつ。
しばらくそうして時間を潰していれば、店の奥から見知った顔が出てくる。
「厳しいですね」
「この支店が大事というのは分かるんですが……」
「店や取引先を大事にするのが、ウチのやり方ですよ。アコギなところはマネしないでいいんですって」
数名の部下を連れたトレックだ。
普段は王都に居るはずなのだが、今日は支店の視察に来ていたらしい。
「取引先からの仕入れ値を、もっと下げては?」
「いや、今でも頑張ってもらっているから、これ以上はなぁ……」
彼が商会長を任されてから数年という時期だが、先代の頃から既に斜陽企業となりつつあったのだ。
他の大手商会のように、大量に発注する代わりに買い叩くという方法を取ればまだ何とかはなるかもしれないが。
「……生産者にも、生活がありますからね」
商売人の仁義を重視するトレックは仕入先への値下げをせず、同時に品物の値上げもしていないので、利益は先細りになっていた。
「伝統を守るなら、何か考えなければ」
「そうですね、何がいいか」
部下たちがそう話をしているが、これにはクレインも苦笑する。
いくら切羽詰まっているからといって、客の前で景気の悪いことを言ってはダメだろうと。
「新規開拓で、販売先を増やしていくしかないですね」
決して明るくはない顔でそう言うトレックだが、ここでクレインは考える。
もしもこのまま何も起こらず北候配下の一貴族家としてやっていくことになれば、その先は普通に生活をしていくことになる。
平和で
斜陽の領地を少し盛り上げる必要はあるかもしれない。
「それなら、やっぱり声は掛けておくか」
「クレイン様?」
何をするのだろうと不思議そうなマリーを連れて、彼らの前に移動したクレインは、片手を上げて話しかけた。
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